今回の総選挙は、憲法改正時期をめぐって重大な決定をする契機になりそうだ。日本維新の会が、41名の議席を得てことで、衆院での発議権が生まれることである。
日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は、11月2日の定例記者会見で、国会で来夏の参院選までに憲法改正原案をまとめて改正を発議し、国民投票を参院選の投票と同じ日に実施するべきだとの考えを示した。『朝日新聞 電子版』(11月2日付)が報じた。
事務的な話だが、憲法改正では国会で衆参両院において、それぞれ3分の2以上の賛成がなければ,国民投票に付せられない決まりである。そこで、両院の最新勢力分布を見ると次のようになっている。
衆院定数は465名である。うち、自民党261名、維新の会41名、公明32名で合計334名。これが、衆院の71.8%を占める。
参院定数は242名である。うち、自民党111名、公明党28名、維新の会15名で合計154名。これが、参院の63.6%である。
憲法の規定では、両院でそれぞれ3分の2以上(66%)の賛成が得られれば、国民投票にかけられることになっている。この規定によれば、参院で自・公・維のほかに7名の賛成者が出れば、憲法改正案が国民へ提案される規定である。
ここでは、憲法論を広く取り上げるのでなく、安全保障の面から見ておきたい。それは、自衛隊を明記するか、どうかが論争点になっているからだ。自衛隊は、法的に軍隊でない。発足時が、「警察予備隊」であったからだ。朝鮮動乱後、日本国内で不穏な動きが発生しないようにという目的で警察「予備隊」であった。この位置づけは、現在も変わらないのだ。
私の高校時代に防衛大学校が設立(1952年)された。当時の高校生の間では、全く無関心の一言であった。ただ、九州出身者が入学している,程度の関心は持っていた。それほど、戦後の雰囲気は「平和憲法・永世中立」といったもので、戦争放棄した日本に自衛隊が必要かという議論が支配的であった。
革新政党が、国会で自民党と議席を争える勢力を維持できた背景は、「戦争放棄論」の支えであろう。アジアで、日本の安全保障を脅かす国が存在しなかったのが理由だ。米ソ対立と言っても、欧州が舞台であった。欧州ではNATO(北大西洋条約機構)を結成して、旧ソ連軍と対峙していた。
この状況下で、日本の再軍備論は荒唐無稽なものとして退けられたのである。防衛費は、対GDP比1%という枠がはめられて、「専守防衛」が目的とされてきた。ただ、こういう制約が課されたので、自衛隊の装備が高度化したことは事実だ。日本の高い工業技術力を背景に、軍事力として世界5位にランクされている。有り体に言えば、金をかけないで高度の防衛力を備えているのが自衛隊である。
現在のアジア軍事情勢は、様変りしている。中国の軍事的台頭によって、中国がアジアの覇権国を目指し,公表している倍の軍事費を使って膨張を進めている。具体的には、南シナ海の島嶼を占領して軍事基地化し、自国領海と嘯(うそぶ)く事態を迎えている。余勢を駆って台湾と尖閣諸島の同時侵攻を模索するという、10年前には想像もできない状況になっている。
日本の革新勢力は、こうした中国の軍事的台頭に対して、有効な手立てができなかったのでる。これが、革新勢力の位置を相対的に低下させた原因となった。かつて日本社会党(現・社民党)は、自民党と対抗する議席を誇った。鈴木茂三郎は1951年、日本社会党委員長に就任した際の党大会で、「青年よ、再び銃を取るな」と名演説をして若者に反戦を訴えた。以後、この言葉が日本の平和運動の象徴的な存在となった。
こういう歴史から、革新政党は脱皮できなかった。日本共産党は別として、他の革新政党は安全保障面で現実に対応する政策を持つべきであった。中国の軍拡にどのように対応するのか、国民の不安に対して具体的に応えるべきだったのだ。「安倍首相の時は憲法改正させない」と妙な力み方をして、憲法の本筋論に踏込まなかったのは、政党として「義務放棄」であろう。
今回の総選挙は、安全保障=憲法改正に対する国民の意思が示されたと見るべきだろう。立憲民主党が、想像もできないような議席減に見舞われた理由は、日本共産党との共闘である。自衛権は、国家存立の基本権である。その自衛権の象徴である自衛隊を、明確に否定している共産党と手を結んだことは、立憲民主党として致命的な誤りであった。
立憲民主党はただ、小選挙区で議席を伸したいという選挙戦略での共闘であると主張していた。共産党の位置づけを「閣外協力」としてきたが、国民はそう受取らなかったのである。政権を委ねるかどうか、立民党への根本的な疑問を持ったのだ。それは、今回の総選挙の結果にはっきりと現れている。
自民党が公示前勢力から15議席減にとどめ、単独で絶対安定多数の261議席を確保した。全289小選挙区の65%にあたる189選挙区で勝利を得たのだ。重複立候補者を含む比例代表の当選者を含めると、候補者の4分の3が議席を得た計算である。
小選挙区の投票総数に占める自民候補への票は48.41%。5割に満たない得票率で65%の小選挙区をおさえたことになる。小選挙区の特性を生かし、効率よく議席を確保したといえるのだ。裏返していえば、立民党と共産党の候補者一本化の効果がなかったことを意味する。立民党の選挙戦略が失敗であった証拠であろう。
小沢一郎氏は、過去の小選挙区の党派別得票数を分析して、野党候補が一本化すれば自民党を倒せると豪語してきた。実際にやって見たら、逆の結果が出てしまったのだ。選挙の大ベテランである小沢氏さえ見誤ったのは、国民の安全保障への懸念を完全に見落としていた結果であろう。
自民党が、結果的に議席減を最小限に抑えられたのは、安全保障への取り組みである。コロナ問題も、ワクチンを入手しながら厚生官僚による権威主義で、国内での臨床試験を行い、2ヶ月の時間を無駄にした。アジアでも臨床試験を済ませた欧米ワクチンが、日本の僅かなサンプル数で厚生官僚の権威付に利用され、その蔭で多くの犠牲者が出たのだ。こういうミスはあったが、安全保障問題を考えれば自民党支持にならざるを得なかった。これが、真相であろう。
立民党は、オウンゴールの形で敗北を喫したのである。安全保障政策で逃げ腰の政党が、政権を獲れるはずがない。もっと、大人になるべきだ。責任政党とは、こういうものだろう。





