「歴史決議」という後ろ盾
硬直性を増す政治経済体質
中ロは武器の「弱者連合」
高いコロナと規制のリスク
中国では、習近平中国国家主席を巡る評価が揺れている。これまで、コロナのパンデミックの影響をいち早く脱したこと。対米外交では、ロシアと「共闘」して成果を上げてきたことなどが、中国人の「中華復興の夢」を満足させてきた。ところが、事態は急変した。
今年に入ってからは、前記の二点がことごとく裏返しになった。上海のロックダウン(都市封鎖)によって、「ゼロコロナ」が時代遅れの象徴になった。対米外交でロシアと共闘してきたことは、ロシアのウクライナ侵攻によって大きな外交的な負担に変わった。ロシアが世界の孤児になりそうな事態の中で、中国へも厳しい目が向けられているのだ。
「歴史決議」という後ろ盾
習氏は、ゼロコロナやロシア蜜月関係が、習氏の「イデオロギー」になっている以上、簡単に変えられないという問題を抱えている。習氏は、中国共産党結党以来三度目の「歴史決議」を成立させている。換言すれは、「神格化」された存在になってしまったのだ。習氏の判断が最も正しいという位置づけである。習氏が存命中は、習路線を歩まざるを得ないという大きな矛楯を背負うことになった。
一人の思想が、一国の発展方向を決める。民主主義社会では、あり得ない事態である。そのあり得ないことが、人口14億人の中国社会で起こっている点に、中国の悲劇性を強く感じざるを得ない。中国に見られる制度や政策の硬直性は、すでに中国の株価や人民元相場の急落に現れている。
具体的に言えば、市場の不安が高まっているのだ。4月25日、人民元相場が対ドルで6.55元と約1年ぶりの安値を付けた。また、上海総合株価指数が急落して、心理的節目とされる3000を下回った。上海株の終値は、約1年10カ月ぶりの安値水準である。この背景には、コロナが上海市から北京市へ拡大したのでないかという懸念が生んだ結果である。上海市が、すでに1ヶ月ロックダウンしても、防疫成果の上がらないことへの不安が増幅されたものである。
上海市は、中国の誇る最大の経済都市である。この上海を軸とした長江デルタ地帯は、中国GDPの2割をも占めている経済圏だ。上海港からの輸出業務もストップしており、上海を巡るロックダウンは、中国経済を左右するほどの影響力を持っている。この経済圏が活動麻痺に陥っている以上、株価も元相場も急落して当然である。
人民元相場の急落に対し当局は、金融機関の外貨預金準備率を1ポイント引き下げ8%にすると発表した。引き下げ実施は5月15日である。準備率の引き下げにより、ドルなど外貨の供給が増え、元安が和らぐと見込んだものである。
株式市場については、3月中旬に高値から75%も下落していた。機関投資家は、それでも中国株を完全に見限っていた。その理由は、次の3点にある。
1)中国とロシアとの緊密な関係(地政学的リスク)
2)新型コロナウイルス感染拡大抑制のための極端な「ゼロコロナ」措置(ゼロコロナ・リスク)
3)規制当局の締め付けがいつまで続くか不透明(規制リスク)
すでに、中国とロシアの親密な関係とゼロコロナ政策の失敗は、習近平氏の功績とされてきたことが逆転していることで明らかである。習氏がますます規制を強めることのマイナス面は、「共同富裕論」をきっかけにして急浮上した。こうした3つのリスクが、中国の経済に重くのしかかっている。これが、中国の将来を一段と暗くさせる要因である。中国は、次に述べる三回目の「歴史決議」を出すことによって柔軟性を失い、激動する世界情勢を上手く乗りきれず、衰退過程へ飛び込むことは疑いない。
硬直性を増す政治経済体質
共産党は2021年11月に開いた重要会議「6中全会」で、党の歴史上3度目となる「歴史決議」を採択した。歴史決議とは、党の政治体制や基本政策を方向付ける重要な決定である。これを主導した習氏は、党内での権威を大幅に高めることになった。この段階では、コロナのさらなる感染拡大や、ロシアのウクライナ侵攻を予想もしていなかった。
3度目の歴史決議では、鄧小平が主導した第2の歴史決議(第1の歴史決議は毛沢東主導)の核心部分を骨抜きにした。つまり、個人崇拝の禁止、集団指導の堅持、終身制の禁止の3点が引き継がれなかったのだ。鄧小平の外交路線である「韜光養晦(とうこうようかい)」(才能を隠して内に力を蓄える)路線から、強国路線への転換を鮮明にした。党内では「習氏が毛沢東のように独裁的な終身制に道を開くのではないか」との噂を広げるきっかけになった。
習近平氏は、こうした「歴史決議」を背景にして、絶対的な権力を振るえるお墨付きを得たのである。習氏の考え一つで、中国全体を動かせるという、極めて危険な政治体制を構築したことになる。この硬直した政治体制が早速、ロシアのウクライナ侵攻と上海のコロナ感染拡大で試された。(つづく)