勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    2022年10月

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    ロシアが9月30日、国際法を無視して勝手にウクライナ4州のロシア領編入を決めた。中国は、主権国家のウクライナの主権を侵すこの犯罪行為に対して沈黙するほかない。今さら中ロ枢軸を壊す勇気もないのだ。中国は、困った相手と手を組んだものである。

     

    中国は、ロシアとの間に長距離の国境線を持つ。毛沢東時代の中ソ対立が、どれだけ中国に負担になったことか。こういう過去の歴史を考えれば、「付かず離れず」の立場しか取れないのだ。こうして、ロシアが暴走すればするほど、中国の立場も苦しくなるという関係に陥っている。

     


    『日本経済新聞』(10月1日付)は、「中国、ロシア見捨てられず」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙のコラムニスト秋田浩之氏である。

     

    ロシアはウクライナ東・南部4州を強引に併合しようとするなど、暴挙を重ねている。こうしたなか、中国がロシアと距離を置き始めたとの観測が広がっている。

     

    (1)「根拠のひとつが915日、ウズベキスタンで開かれた中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席とロシアのプーチン大統領の会談だ。冒頭、プーチン氏が「(ウクライナ問題で)中国の疑問や懸念を理解している」と語ったことから、中国がロシアに不安を伝えていたことが明らかになった。これに先立つ9月上旬、中国からは全国人民代表大会の栗戦書(リー・ジャンシュー)常務委員長がモスクワを訪れた。訪問中の栗氏発言について、ロシア側の発表が世界に波紋を広げた。栗氏がロシア側に対し、ウクライナ侵略に至ったロシアの立場に理解と支持を表明した、という内容だったからだ。中国側はこの発言を一切、公表していない。栗氏は表に出さないオフレコを前提に内々の「理解と支持」を伝えたにもかかわらず、ロシア側が一方的に公表してしまったとみられる」

     


    中国は、ロシアに対して表と裏の対応している。裏では、リップサービスして「支援」するが、表では西側に配慮した「振り」もしなければ、より一層の孤立を招く危険性があるからだ。だが、西側はこういう中国の「裏技」こそ本音と見ている。対中警戒姿勢を強めている理由である。いずれにしても「ならず者国家」と誼を通じている中国の損失は莫大である。

     

    (2)「中国は今後、どこまでロシアと距離を置くのか。9月上旬、旧ソ連圏のジョージア・トビリシで開かれた国際会議でも、中ロの行方が焦点になった。そこで出た分析は、主に2つに分かれる。一つは、中ロは長期戦略が異なるため、結束は長続きしないとの見方だ。ロシアは現秩序を破壊することで、自国の生存空間を確保しようとしている。一方、中国は現秩序を壊すのではなく、国際機関などへの影響力を強め、中国色に染めようとしている。この点で、両国の長期戦略には大きな溝が内在しているというわけだ」

     

    国際会議では、中ロ関係の今後に関心が集まっている。一つは、関係性は薄まると言うものだ。この立場の根拠は、中国が世界のリーダーになるべく努力しており、ロシアの振る舞いが邪魔になるとしている。

     


    (3)「もう片方の分析は、中ロは米国に対抗し米勢力圏を切り崩す目標を共有しており、結束を弱めることはないという見立てだ。少なくとも短・中期的には、中国はロシアと決別しないという後者の分析が正しいだろう。第1の理由は、中国と旧ソ連圏が長い国境を接していることだ。今でこそ中ロは蜜月だが、1960年代には敵対し、69年に国境紛争も起きた。
    もしウクライナ問題で中国がロシアを見捨てれば、ロシアは数十年にわたって恨みを抱き、中ロは極めて険悪な関係になりかねない。中国からみれば、太平洋側に米国、北側にロシアという火種を抱えることになる。このような事態を防ぐためにも、中国はロシアを見限ることができないのだ

     

    下線部のような理由で、中国はロシアと手を切れない関係としている。ただ、中ロは習近平とプーチン二人の独裁者が「意気投合」し、互いの政治生命を保障し合う「個人同盟」という側面がある。これを見落としてはならない。習氏が、自らの政治生命を長期に維持する上で「プーチン装置」は不可欠である。自分の存在をプーチン氏によって補強している面もあるのだ。

     


    (4)「中ロが友好関係を謳歌し始めた90年代半ば、中国政府高官は筆者の取材に対し次のように語った。「太平洋で隔てられた米国と異なり、ロシアとは長い陸上国境を接する。ロシアが将来、自国の勢力圏を広げようとし、中ロが緊張することもあり得る。中国にとっては、今後もロシアが最大の火種であり続ける」。当時はエリツィン大統領の時代だった。この観点に立てば、核の脅迫を繰り返し、凶暴に振る舞う現在のプーチン政権は、中国の目により危険に映るに違いない」

     

    ロシアの通常軍事力は、ウクライナ侵攻で白日の下に曝け出されている。もはや、旧ソ連軍の力を失ったのだ。今後は、さらにこの傾向を強める。ロシアは、張り子の虎になった。

     


    (5)「中ロが決別しない第2の理由が、すでにふれた対米戦略上の思惑だ。中国は2050年までに、米国に並ぶ超大国になる目標を掲げる。ロシアは米国に対抗していくうえで、ただ一つの大国仲間だ。ロシアがウクライナで決定的に敗北し、国家崩壊の危機にひんするようなことになれば、中国は独りで西側陣営に対抗しなければならなくなる。1991年12月にソ連が解体し、中国がただ一つの社会主義大国になった構図に逆戻りするようなものだ。
    この筋書きが現実にならないよう、中国はロシアへの軍事支援を控えつつ、プーチン政権を外交、経済的に支えていくだろう

     

    中国は2050年までに、米国に並ぶ超大国になる目標を掲げるが、もはやその夢は不可能である。人口動態統計一つを見ても、それを裏づけている。さらに、「中ロ枢軸」というレッテルを貼られたマイナス要因がどれだけ大きいか。西側の「中国封じ込め」戦略の発動を見れば分る。下線部のような振る舞いが、中国を一段と警戒させるのだ。愚かな夢を見たものである。

     

     

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    ロシアは、9月30日にウクライナ4州のロシア領土編入を宣言した。これは、プーチン大統領とロシアにとって、決して「朗報」とならず、「葬送曲」の前奏になる事態だ。領土拡張が、最大の価値であるという「国家主義」は、現代においていかに危険であるかを自ら示すことになるだろう。同時に、中国への警告にもなる。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(9月30日付)は、「強行プーチン氏、『行き過ぎ』リスク高まる」と題する記事を掲載した。

     

    ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナでの支配地域で強行した「住民投票」の結果を根拠に、近く正式に「編入」を宣言する。ウクライナから一方的にクリミア半島を併合した8年前と同じく、盛大な祝賀行事が行われる予定だ。クリミア半島の制圧は迅速かつほぼ無血で完了し、ロシアではプーチン氏の支持率が過去最高に跳ね上がった。ところが、今回の新たな編入と、ロシア全体を戦争に引きずり込む一連の不人気な措置により、戦況好転を目指すプーチン氏が「行き過ぎ」に陥るリスクが高まっている。政治専門家はこう分析している。

     


    (1)「併合を強行すれば、ロシアが劣勢に立たされているウクライナとの戦争はさらに激しさを増す。そうなれば、プーチン氏にとって出口の選択肢は危険なほど狭まりかねないとみられている。ロシアは占領地の併合に踏み切ることで、一部しか制圧できておらず、ウクライナ軍が前進している州を自国の領土と宣言することになる。部分動員令で急きょ招集した兵士30万人を投入しても流れを変えられなければ、プーチン氏は兵役年齢の男性をさらに幅広く動員せざるを得なくなり、国内でかなり不人気な道を選ぶことになりかねない」

     

    30万人動員令は、9月21日に掛けられた。その直後に「新兵」が、ウクライナ戦線から脱走して、ウクライナ軍に投降している。その兵士によると、何ら訓練も受けずに即、前線へ送り込まれたという。ロシア軍の兵站部門が、いかに疲弊しているかを物語っている。旧ソ連軍では、100万単位で賄える兵站部門が健在であった。現在は、軍事改革で整理されてしまい、全くその余裕を失っている。新兵は、軍服と兵器を渡されただけで、個人で医薬品を常備するよう命じられている。世界で、こんな酷い軍隊はロシアだけだろう。それだけ、予算的にも深刻な事態に置かれている。

     


    (2)「プーチン氏は9月30日にウクライナ4州を編入する式典に出席し、来週にはロシア議会上院が正式承認する運びとなる。祝賀ムードはクリミア半島を一方的に併合した8年前の春を想起させるが、今回は厳しい流血の冬が待っている。2014年に瞬く間に制圧したクリミア半島とは異なり、ロシアは2月のウクライナ侵攻開始以降、少なくとも8万人の死傷者を出しているとされる。ロシアはウクライナの進軍を抑え、足元の形勢逆転で奪還された領土を取り戻すことを目指しており、今後も死傷者が増える可能性が高い」

     

    早くも10月からは、秋雨による「泥沼」が始まる。ウクライナ軍は、これに備え北東部で鉄道の要街地リマンを完全包囲し事実上、鉄道輸送で物資を補給する戦術に成功した。ロシア軍は、「泥沼」の中で防衛を迫られる苦しい戦いだ。ウクライナ軍は、ロシア軍の補給路を断ち、12月以降の「冬将軍」を利用した戦いを展開するものと専門家は読む。

     


    (3)「カーネギー国際平和財団のアンドレ・コレスニコフ上級研究員は、編入に伴う祝賀行事によって、うわべでは平静を装うことができるかもしれないと話す。だが、水面下ではプーチン氏の目指す方向を巡り、懸念が高まっているという。「かつてのような喜びはない。前回は純粋に愛国主義的な歓喜にあふれていた。全く攻撃を加えることなく、文化的にも歴史的にも重要な場所であるクリミアを手に入れたからだ」とコレスニコフ氏。「だが今回は血の海だ。プーチンはロシアの男性に対して戦争の責任を共に負うよう強制している」。世論調査によると、国民は動員令に強く反対している。とはいえ、戦場での損失があまりに大きいため、プーチン氏には他に選択肢がほとんど残っていない

     

    動員令が出た以降、約10万人のロシア人が脱出したとされる。いずれも専門技能者である。手薄なロシアの技術部門は、一段と人手不足に見舞われている。今後、増え続けるロシア兵の犠牲者を補うべく動員令を拡大すれば、ロシア国内は反対論で収拾がつかなくなる。この時、プーチン氏はどうするのか。さらに、動員兵を拡大して強行突破するのか。その先の勝利の見通しがあるのか。ここに、完全な行き詰りとなろう。ここで戦術核を投下しても、NATO軍からの報復を招くだけで、さらに勝利から遠ざかるだけだ。「敗戦」という二字が、否応なくプーチン氏へ迫ってくる局面だ。

     

    プーチン氏の性格から、自ら「敗戦」を受入れることはあるまい。ロシア国内は国論を二分した対立を招くはずである。プーチンの間違った歴史観が蒔いた種だ。

     


    (4)「米外交評議会(CFR)のフェローであるトーマス・グラム氏は、ロシア(国民)の戦争への取り組みが熱意に欠けることで、(戦争は)阻害されるとグラム氏はみている。
    「歴史を振り返ると、ロシア人は自国領土の防衛では強じんさを発揮してきた」と指摘し、こう述べた。「国外で戦うことは事情が異なる。それに何のために死ぬのか? 多くのロシア国民は、ウクライナがロシアの一部だったとの歴史的な概念など気にしていない」と指摘する」

     

    ウクライナ戦争に送り込まれたロシア兵は、士気が極めて低いとされる。自国領土を守る戦争でないからだ。その点で、ウクライナ兵は自国防衛で意気軒昂である。それに、西側諸国が全面支援している。ロシアに、勝ち目のない戦争となった。

     

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    ドイツは、西ドイツ時代に高成長を遂げた。東西ドイツ後は、統一負担が大きく低成長を余儀なくされた。だがその後、EU(欧州連合)誕生で共通通貨がユーロとなり、ドイツ経済は割安な通貨で得をしてEUの経済大国として復活した。さらに、ロシアからの安いエネルギーに依存して、競争力は抜群となって、日本経済との差を詰めてきたのである。

     

    だが、「好事魔多し」のとおり、ロシアのウクライナ侵攻によって、ロシアからの安いエネルギー依存が、すべて裏目になった。ドイツ製造業は、エネルギー高コストによって、破綻の際に立たされている。米国は、かねてからドイツのエネルギー政策が、「ロシア依存・脱原子力」でその危うさを指摘し続けてきた。米国の「予言」が的中した形だ。

     


    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(9月30日付)は、「ドイツ産業、エネルギー高騰で崖っぷち」と題する記事を掲載した。

     

    ドイツは9月29日、広範なエネルギー価格高騰への対応策を発表した。全土に経営破綻の波が押し寄せ、ドイツ最大の産業部門を支えるサプライチェーン(供給網)が断絶しかねないという懸念が企業の間で高まっていることを受けた措置だ。独政府は、ロシアのウクライナ攻撃後のエネルギー価格高騰から企業や消費者を保護する第4弾の措置として、電気と天然ガスの価格に上限を設ける方針を明らかにした。この背景には、長年ドイツ産業のエンジンを駆動し続けてきた豊富なロシア産エネルギーが枯渇し、企業が生産縮小や投資中止に乗り出したことがある。企業や消費者の信頼感は急落し、2008年の世界金融危機時に記録した最低水準に近づいている。

     


    (1)「ドイツは長年、欧州の成長をけん引し、製造業の中枢を担ってきたが、今や欧州で最も脆弱な経済の一つとなっている。ドイツ銀行のエコノミストは、個人消費や投資、純輸出の縮小により、来年の経済成長率はマイナス3.5%になると予測している。ドイツの4大シンクタンクは、エネルギー危機を理由に同国の経済成長予測を下方修正した。連邦政府に提出された年2回の報告書によると、春の時点では来年の成長予測は3.1%だったが、現在の予測はマイナス0.4%となっている。ガス不足はいずれ幾分解消されるだろうが、価格は危機前をはるかに上回る水準で推移する可能性があると報告書は警告している。「これはドイツにとって繁栄の永続的な喪失を意味する

     

    ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格高騰が、ドイツ経済の首を締めることになった。脱原子力発電を進め、ロシアエネルギーへ大きく依存してきた裏目が、ドイツ経済を苦しめている。

     


    (2)「業界団体「ドイツ自動車工業会」が今月実施した調査によると、独自動車会社の10社に1社はエネルギーコスト高騰の結果、生産を減らしたと回答し、さらに3分の1がそれを検討していると回答した。同団体によると、半数以上の企業が予定していた投資を中止または延期し、4分の1近くが投資を国外にシフトしようとしている。ドイツ銀行のアナリストによると、ドイツの製造業界の生産高は今年が2.5%、来年は約5%減少する見込みだ。同国の近年の繁栄の基礎となってきた輸出は、インフレ調整後でコロナ前の水準を下回っている」

     

    ドイツの主要産業である自動車が、エネルギー高コストで国内生産が不利になった。国内投資を延期して海外へシフトせざるを得なくさせている。これは、国内経済を冷やす要因だ。

     


    (3)「エネルギー価格は構造的に高止まりする公算が大きいため、コスト高で市場から締め出されたドイツの生産設備のうち復活するのは一部に限られそうだとアナリストはみている。これは、労働人口の高齢化で既に圧迫されているドイツの長期的な成長力を低下させる可能性がある。
    S&Pグローバル ・マーケット・インテリジェンスのエコノミスト、ティモ・クライン氏は「現在のエネルギーコストとそれに伴うインフレ危機は、単なる循環的な現象ではなく、大きな構造的要素をはらんでおり、ドイツの経済見通しに対する深刻な中長期的ダメージを防ぐためには、政府の大幅な介入が必要だ」と述べた。

     

    エネルギー価格の構造的高止まりによって、ドイツ産業が長期的に大きな痛手を受けることは必至な情勢である。

     


    (4)「中国はドイツ最大の貿易相手国であり、多くの独企業にとって最大の単一市場だ。こうした中国への経済的な依存は、中国がロシアと対西側で結束を固めた場合、経済に一段と大きな衝撃をもたらすことになりかねない。政府当局者は今、それを懸念している」

     

    ドイツ企業は、多くが中国へ進出している。中ロ枢軸で両国が結束を固めれば、ドイツへの影響が懸念される。ドイツにとって、国際情勢の急変が企業経営へ大きな影響を与える局面になった。

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    中国の為替相場は、先進国では普通である「自由変動相場制」ではない。未だに、「管理型変動相場制」である。為替相場の変動を政府が管理しているもの。人民元が、IMF(国際通貨基金)のSDR(特別引出権)に昇格する時(2016年)、自由変動相場制と資本自由化を約束したがそのまま反古にしている。約束を紙切れにしている国だ。それだけ、人民元相場の変動に耐えられない脆弱性を抱えている通貨であることの証明である。

     

    その人民元が、1ドル=7.2元と安値場面だ。急速なドル高=人民元安になっている。米ドル以外の通貨も、ことごとく安値を追う展開であり、中国人民元特有の現象ではない。ただ、中国的なやり方でドル高へ対応していることは事実だ。政府が、手心を加えて調整しているもの。

     


    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(9月30日付)は、「中国もドル高に逆らえず『元安抑制』に軸足」と題する記事を掲載した。

     

    ドル高に歯止めがかからない中、中国人民銀行(中央銀行)は元安の阻止ではなく抑制に取り組んでおり、ドル高を進行させる世界経済の強い流れに逆らうことの難しさを浮き彫りにしている。この戦略は、「元相場の管理」と「経済成長の支援」という厄介な政策上のトレードオフに中国当局が直面していることの表れでもある。

     

    (1)「元の対ドル相場は年初来で11%下落している。28日にはオフショア元が1ドル=7.2元台に突入し、10余年前にオフショア元市場が誕生して以来の安値を更新した。人民銀は、元相場を長年厳重に管理する中で磨き上げた多様な政策手段を駆使して元安に対応している。人民銀は8月以降、日々公表する元の基準値を、前日終値よりも元高水準に設定していた。9月には、市中銀行の外貨預金準備率を引き下げ、元売り取引にかかるコストを押し上げた。人民銀は28日に口先介入も行い、元売りを続ければ「敗北」することになると言明した」

     

    人民元が、1ドル=7.2元台へ突入したのは、10余年前にオフショア元市場が誕生して以来である。中国が、人民元相場の動向に敏感なのは、3兆ドルを超す外貨準備高の中身が「脆弱」である結果だ。海外からの借入金1兆ドルが入っていると指摘されている。 

     


    (3)「エコノミストらによると、人民銀が矢継ぎ早に対策を講じているのは、元安・ドル高時の元の下落ペースを緩やかで一定の水準に保つためだ。秩序なき元安はインフレ圧力を高める恐れがあり、中国経済が苦境にある中で家計と企業を動揺させかねないという。 ムーディーズ ・アナリティックスのエコノミスト、ヘロン・リム氏は人民銀について、「緩やかな元安は意に介していない」とし、「元安のペース自体を警戒している」と述べた」

     

    中国は、人民元下落のスピードに関心を持っている。国内物価にはね返るからだ。時間を置いて、徐々に下落するのであれば受入れとしている。

     


    (4)「元安の加速を防ぐために人民銀の裁量で使える手段はまだある。外貨取引のコストをさらに高めて元売りを抑えたり、日々の基準値算出で、元安圧力を事実上緩和する仕組み「逆周期因子(カウンターシクリカルファクター、CCF)」を再導入したりすることが可能だ。中国政府が同国に出入りする資金を一段と規制することも考えられる。中国の輸出業者が外貨利益の元転換を命じられ、元に上昇圧力をもたらす可能性もある

     

    中国は、人民元売りが暴落に繋がることを最も恐れている。秩序だった下落であれば、為替投機の付け入る余地を少なくできると踏んでいるからだ。外貨取引コストを高めて、売り方に損をさせるという戦法である。下線部は、ロシアがウクライナ侵攻後、輸出業者に米ドルを100%売却させた先例を利用している。中国も同じことをやろうとしているのだ。

     


    (5)「中国の元安との闘いにおいて最も強力な武器は3兆ドル(約434兆円)の外貨準備だ。外貨売り・元買いを行えば元相場は上昇する。中国の外貨準備高は2021年末以降に約2000億ドル減った。だがエコノミストらによると、これはドル高によって他通貨建て資産のドル換算額が減少した結果であり、中国が外貨準備を大量に投じている兆候ではない。ドル高の背景には、米連邦準備制度理事会(FRB)のインフレ退治に向けた利上げ攻勢がある。その結果、より高いリターンを求める資金が世界中から吸収され、ドル以外の通貨は下落している。他の多くの中銀は自国通貨の押し上げやインフレ抑制のために、FRB以上に急激な利上げを余儀なくされている」

     

    下線部は、外貨準備高3兆ドルを過大評価している。中国が、未だに「自由変動相場制」と資本自由化へ移行できない理由は、外貨準備高に不安を抱えているからだ。資本自由化できないがゆえに、貯蓄を国内に引き留め、結果として不動産バブルを引き起こし、中国経済の寿命を縮めることになった。経済は、成長段階でそれに応じた通貨政策を行なわないと、こういう事態になって「落日」を早める見本である。

     

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