米国が今、大きく変わろうとしている。国内が「分断」されたと指摘されるが、具体的には「中間層」と呼ばれる人々の怒りや失望が危険な現実となっていることを意味している。この中間層に焦点を絞った政策が、バイデン政権の下で始まっていることだ。40年も前のレーガノミクスからの転換である。レーガノミクスは、富裕層や企業への減税が需要と供給を増やす政策として定着した。バイデン氏は、ここからの脱却を意図している。
バイデン氏が6月28日の演説で、「米中間層を何十年も見捨ててきた(大企業から中小企業、家計に恩恵が伝わるとする)トリクルダウン経済学(つまりレーガノミクス)からの根本的な脱却」を宣言した。これは、バイデン政権の政策転換に止まらず、今後の米国の政策に長く反映されると見られる。
『フィナンシャル・タイムズ』(6月30日付)は、「『バイデノミクス』は時代の潮流」と題する記事を掲載した。
バイデン氏が6月28日の演説で、注目すべき発言を行った。具体的には、「トップから先に恩恵を受けるのではなく、中間層と低所得層の底上げにより成長を生み出す経済」を築くため、産業政策や市場に対する政府の監督を新たに重視する「米国へのスマートな投資」を打ち出した。一部の投資家はこうした言い方に顔をしかめるはずだ。金融エリートはバイデン氏が否定しようとしているレーガン時代の制度の恩恵を受けてきたからだ。「中間層からの」経済成長などというフレーズはいらだつほど漠然としているか、ただの政治的な口上に聞こえがちだ。バイデン氏の28日の演説には、投資家が理解しておくべき5つのポイントがある」
(1)「第1に、バイデン氏の政策は大統領選が実施される24年までの短期の景気浮揚が主な狙いではなく、長期的な経済構造の転換を目指している。米大統領経済諮問委員会(CEA)のメンバーであるヘザー・バウシー氏が今週筆者に語ったように「多くの雇用をいま生み出すのではなく、将来に向けた道をつくる」のが狙いなのだ」
バイデン演説は、短期的な雇用増でなく長期的な米国の発展を目指している。
(2)「第2に、このレーガノミクスの否定は、いわば現実的な政策の寄せ集めだ。脱炭素技術の開発支援、インフラ投資、企業独占の抑制、労働者の再訓練、「米国第一」主義に基づく通商政策による重要なサプライチェーン(供給網)の強化などが盛り込まれている」
バイデン氏は現在、バラバラに行われている政策に整合性を与えようとしている。
(3)「第3に、バイデノミクスは西側諸国における時代の潮流の変化の原因であるとともに、結果の一つでもある。構想の多くは過去10年のESG(環境・社会・企業統治)の推進で主張されてきた内容だ。そもそも、「米国第一」主義に基づく通商政策と、国家安全保障を理由にした政府のサプライチェーンへの介入に乗り出したのはトランプ前米政権だ。レーガノミクスを共和党が支持し続けてきたことを考えると、これは奇妙に思えるかもしれない。だが歴史をひもとくと、共和党出身のアイゼンハワー元米大統領も第2次世界大戦後、産業政策を採用していたのだ。実際、元通貨監察官のジーン・ルドウィッグ氏はバイデノミクスについて「企業や市場と政府との間に絆があった」アイゼンハワー時代を反映した「バック・トゥー・ザ・フューチャー(未来への回帰)」だとみている」
政策を一つ一つ取り上げると、党派を超えていることが分る。民主党が、共和党の政策を支持しているからだ。これは、過去にもあったことで「超党派」での米国経済回復策である。
(4)「第4に、バイデノミクスは世界に広がりつつある。特に英最大野党・労働党の幹部らはこの政策を研究し、自らのマニフェスト(政策公約)の青写真になり得ると考えている。第5に、バイデノミクスの明確な輪郭はまだ定まっていないが、この政策転換は既に経済で予想外の展開を生み出している。こうした展開は今後さらに増えるだろう。22年の歳出・歳入法(インフレ抑制法)が予想外に施行にこぎ着け、製造業への投資が(同じほど予想外なことに)この2年でほぼ倍増したことを考えてほしい」
下線部は、重要な変化である。バイデン氏の半導体やEV(電気自動車)・電池への補助金政策が、米国での設備投資を増やしている。これが、雇用増をもたらし「中間層」の生活を安定させる大きな要因になる。大都市のサービス業だけでなく、地方の製造業で働く人々にも安定した雇用を確保する必要がある。
(5)「もちろん、振り子が振れたこの状態が続く保証はない。例えば、米有権者の3分の2はバイデン氏のこれまでの経済手腕を支持していない(これはバイデノミクスの未来とは必ずしも関係ない理由だが)。民主党が24年の選挙で勝利したとしても、特に公的債務が増えているのにさらなる歳出を伴う場合、バイデン氏の構想がさらに拡大すれば、債券市場はおびえるかもしれない。工業の再活性化と保護主義はインフレを招きやすいという(もっともな)懸念もある」
下線部のような懸念はあるが、40年間も吹き荒れたレーガノミクスで所得格差は拡大し、中間層が没落した。米国には、新たな「癒やしの時期」が求められているのかも知れない。これが、世界最大の経済力を維持する上に必要であるのだ。
(6)「ヘーゲルも指摘したように、歴史において振り子がいったん振れると、すぐに戻ることはめったにない。「バイデノミクス」というフレーズは時代の潮流になり、バイデン氏の政治生命よりも長く続く可能性がある。古くて新しい、米国の産業政策の世界が到来したのだ。これを無視する投資家は、墓穴を掘ることになる」
米国に産業政策時代が到来する。産業政策は、日本の戦後経済が生み出した独特の政策である。本家の日本も、これを復活させ半導体で経済再興を期す。時代の巡り合わせだ。