習近平氏は「皇帝」になった以上、あらゆる政策の決定権を握っている。経済政策については、自分の経験から割り出した「耐乏主義」が国家を強くすると思い込んでいるのだ。これが、現在の経済的混乱を招いている最大の理由である。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(8月31日付)は、「中国経済再生を阻むイデオロギー」と題する記事を掲載した。
中国の経済政策を動かすのは今やイデオロギーとなった。約50年前に西側に門戸を開いて以降、その傾向は最も強まっており、指導部は混迷する経済に活を入れるための有効な手を打てずにいる。エコノミストや投資家らは、国内総生産(GDP)を押し上げるもっと大胆な取り組みを中国政府に求めている。特に個人消費の喚起策を、必要なら新型コロナウイルス下で米国が導入した現金給付を実施すべきだという。
(1)「中国が米国に近い消費者主導型の経済への移行を加速させれば、成長が長期的に持続可能となる、とエコノミストらは指摘する。だが最高指導者である習近平国家主席は、欧米流の消費主導による経済成長に対し、哲学的で根深い反対論を抱いている。政府の意思決定をよく知る複数の関係者はそう話す。習氏はそのような成長は浪費が多く、中国を世界有数の産業・技術大国に育てるという自身の目標とは相いれないと考えているという」
習氏は、欧米流の消費主導の経済成長に反対している。これは、自らが成長した時期が貧しかったことを懐かしむアナクロニズム(時代錯誤)である。こうした習氏の「迷妄」が、若者の高い失業率を生んでいる理由だ。
(2)「習氏は、中国の財政規律を守るべきだとの信念を持つ。同国が抱える重い債務を考えればなおさらだ。そのため米国や欧州のような景気刺激策や福祉政策を導入することは考えにくい、と先の関係者は言う。市場志向を強め、数年かけて中央集権化を進めた経済を逆回転させることも、同様に考えにくい。中国は消費者向けインターネット企業などの民間企業への締め付け――この締め付けが民間投資の弱体化につながった――を最近緩和しているが、これらの企業を無秩序に拡大させることには依然として懐疑的だ」
習氏は、財政規律を守るべきという信念を持っている。これは正しいことだが、不動産税(固定資産税)も相続税も存在しないことで財政規律を保てるのか。だから、地方政府は不動産バブルに依存した土地売却収入で財源をつくってきたのだ。きれいごとばかり並べないで、政策の一貫性が重要である。
(3)「習氏は共産党中央委員会機関紙「求是」に掲載された8月16日付の演説で、欧米流の景気刺激策を避ける政府の意向を明らかにした。「忍耐」を促し、欧米の成長モデルに追随することは避けるべきだと強調した。党中央党校の機関紙『学習時報』も消費者に現金を配ることに明確に反対する記事を掲載した。「このような措置は消費をある程度刺激する効果があるものの、その代償はあまりにも大きく、中国の場合は絶対に実行不可能だ」と述べられている。学習時報の8月16日付記事には「投資は目先の需要を生むだけでなく、成長の真の原動力となる」と書かれ、長期的な投資主導モデルの利点を強調している。」
このパラグラフは、衰退する中国を予告する経済政策の基本方針を示している。個人消費でなく、インフラ投資主導の経済成長が正しいと信じ込んでいるからだ。国連の人口推計によれば、2100年の中国人口は8億人を割っている。中国全土に張り巡らした高速鉄道は利用者が減って、ぺんぺん草が生えるだろう。過剰なインフラ投資には、莫大な維持費がかかる。中国は、これだけでひっくりかえるのだ。
(4)「習氏は演説や著作の中で、中国は外国への依存を減らすことに注力すべきだと説き、消費促進のために政府が家計を過剰に支えることはリスクが高いと警告してきた。22年に『求是』に掲載された記事では、地方政府が「行き過ぎた保証」をすれば、中国は「福祉主義」に陥りかねないと警告した。UBSによると、中国の家計は昨年、可処分所得の33.5%を貯蓄に回しており、19年の29.9%から上昇した。中国の家計貯蓄率は一貫して世界有数の水準にある。シンガポール国立大学東アジア研究所のバート・ホフマン所長によると、中国の家計が社会保障制度から受け取る給付金はGDPの7%に過ぎず、米国や欧州連合(EU)の約3分の1にとどまる」
下線部は、経済活動の本質が何かという原点についての認識を問う問題である。習氏は、個人よりも国防重視という視点である。台湾侵攻のためには、個人消費など吹き飛ぶ問題であろう。福祉主義を排撃している。恐ろしい人物が、国家主席になったものだ。
(5)「香港大学の陳志武教授(金融論)によると、中国の政策立案者たちは長年、国有企業に資源を振り向ける方が、国民への現金配布よりも迅速かつ確実に成長を生み出せると考えてきた。消費者は国有企業よりも気まぐれで制御が難しく、たとえ現金を受け取っても支出を増やすかどうか定かでない、というのが彼らの見方だという。また中国当局者は国際機関の担当者に対し、文化大革命の時代に習氏自身が乗り越えた数々の苦難――当時は洞窟で暮らしていた――が、緊縮から繁栄が生まれるという思想の形成に役立ったと話していた。「中国人からのメッセージは、欧米流の社会的支援は怠惰を助長するだけ、ということだ」。国際機関の会合でのやり取りを知る関係者はこう語った」
習氏が、中国共産主義青年団(共青団)出身幹部を一掃したのは、彼らが欧米経済学に共鳴していたからだ。ここでも、習氏は民族主義を貫いて「富国強兵」を目指している。習氏がいる限り、中国の不幸は続く。