勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    2024年02月

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    11月の米大統領選に向けた共和党候補指名争いで、24日の南部サウスカロライナ州での予備選結果は、トランプ氏が6割、ヘイリー氏は4割の得票率であった。日本では、「もしトラ」が「ほぼトラ」へとシフトするなど「トランプ大統領復活論」が力を得ている。サウスカロライナ州での予備選をめぐる日本の報道(テレビ朝日)では、本選でもトランプ有利というニュアンスを滲ませているほどだ。

     

    こういう見方は、米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』や英紙『フィナンシャル・タイム』の分析からは異色の報道に見える。米保守党の本流支持者の「本心」を分析していないからだ。


    『毎日新聞』(2月25日付)は、「共和の非トランプ”なお4割、『トランプ氏の懸念』払拭されず」と題する記事を掲載した。

     

    米大統領選に向けた共和党候補指名争いで、ドナルド・トランプ前大統領(77)がニッキー・ヘイリー元国連大使(52)を破り、南部サウスカロライナ州予備選も制した。11月の本選は民主党のジョー・バイデン大統領(81)との対決になりそうだ。笹川平和財団の渡部恒雄上席研究員は、「まだ『ほぼトラ』だとは言えない状況だ」と指摘する。

     

    (1)「保守的で共和党が強いとされるサウスカロライナ州で、敗れたとはいえヘイリー元国連大使がトランプ前大統領を相手に4割もの得票を得たというのは重要な意味を持つ。トランプ氏や、ライバルの民主党は「共和党は『トランプ党』になった」と宣伝するが、「トランプ党」ではない人たちが4割もいることを示したからだ。トランプ氏が必ずしも幅広い層に浸透しているわけではないことが改めて浮き彫りとなった」

     

    トランプ支持層は、一般の労働者とされる。高学歴・高所得層はトランプ氏から一歩も二歩も距離を置いている。その現れは、トランプ氏への寄付金が前回よりも少ないことに現れている。この寄付金も大半は自らが抱える4つの裁判で弁護士費用に充てている状態だ。

     

    トランプ氏が今後、一つの裁判でも有罪になれば、支持しないという共和党員が多いことは不気味だ。トランプ氏が、選挙戦に出ている目的は裁判費用の調達目的という辛辣な批判も出ているほどである。トランプ氏が、盤石の候補でなく「満身創痍」であることに気づくべきだろう。

     

    (2)「民主党のバイデン大統領との再戦になる可能性がある11月の本選では、無党派層の票の取り合いを制した方が勝つ。ヘイリー氏の支持者の中にはトランプ氏を嫌っている人もいれば、「トランプ氏は予備選で強くても、本選では無党派層の票が取れない」という人もいる。トランプ氏は、こうした人たちの懸念をサウスカロライナ州でも拭うことはできなかった。ヘイリー氏も得票率が、2割を切るような惨敗なら周囲からの撤退圧力が強まっただろう。だが、この結果なら計16州・地域の予備選・党員集会が集中する3月5日の「スーパーチューズデー」まで選挙戦を続けるだろう。すると次の注目は、このスーパーチューズデーでヘイリー氏がどれくらい票を取るのか、言い換えるとトランプ氏が票を取れないかに集まる。この結果は、本選を占う上で非常に重要なカギを握るだろう」

     

    次の注目点は、トランプ氏が3月5日の「スーパーチューズデー」でどれだけの得票率になるかだ。ヘイリー氏支持者は、本選でトランプ氏へ投票しない可能性がある。「反トランプ」を明確にしているからだ。郊外に住む高学歴・高所得の共和党員は、反トランプ的色彩が極めて強い。ヘイリー氏が、予備選を続けている背景には、これら「高所得郊外党員」の根強い支持があるのだろう。

     

    (3)「それでもトランプ氏が党候補指名争いと本選を勝ち抜いて大統領になる可能性は十分にあり、「もしトラ(もしトランプ氏が大統領に返り咲いたら)」という議論は成り立つ。だが、ヘイリー氏の健闘ぶりや、トランプ氏が起訴されている刑事事件の公判が不確定要素として控えている中では、まだまだ本選でバイデン氏に間違いなく勝てる「ほぼトラ」だとは言えない状況だ」

     

    結局、現状の判断で「ほぼトラ」と言い切るのは極めて危険であろう。4つの裁判がどのような判決になるのか。それが、カギを握っているからだ。

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    日本は、23年の名目GDPがドイツに抜かれて4位へ転落したことで、外紙のフランス人記者が激辛批評をしている。低成長下で賃金格差が開き、日本は数十年のうちに不満が爆発するかもしれないと言うのだ。

     

    この「感情的発言」は、理論的根拠が極めて薄弱である。日本がGDP4位へ転落したのは、賃金引上げが不十分で消費者物価上昇率が低かったこと。ドル高円安の影響で、ドル表示の名目GDP成長率がマイナスになったことだ。つまり、名目GDPの伸び率が低かったことが主因である。ここを改善すれば、再び成長力を取り戻せる。

     

    『毎日新聞』(2月25日付)は、「GDP世界4位に転落した日本、賃金格差はやがて社会を脅かす」と題する記事を掲載した。フランス人記者フィリップ・メスメール氏の日本論である。2002年に来日し、仏紙『ルモンド』のほか、仏誌『レクスプレス』の東京特派員として活動する。好きな街は東京・神保町。昭和の薫りのするカフェと、最近は数が減りつつある古書店を愛する。

     

    日本はもはや世界第3位の経済大国ではない。2月15日に内閣府が発表した2023年の名目国内総生産(GDP)の速報値によると、日本はドイツに抜かれ、順位は世界3位から4位に転落した。もっともこれはドル換算での数値なので、円がドルに対し、この2年で20%も下落したことの影響を考慮に入れる必要がある。それに日本経済は、対中貿易の減少などで19年以降不振が続くドイツに比べ、好調だ。

     

    (1)「それでもこのニュースは、象徴的なインパクトがあった。日本がゆっくりだが着実に、1990年代のバブル崩壊以来、世界経済の舞台で後退してきていることを決定的にしたからだ。かつてGDPランキング2位だった日本は2010年に中国に抜かれ、早晩インドにも抜かれそうだ。後退の印象は、他の統計にも表れている。賃金だ。厚生労働省が26日に発表した毎月勤労統計調査によると、23年12月の日本人の実質賃金は前年比1.9%減となった。減少は21カ月連続だ。この傾向は続くとみられ、24年度に実質賃金が上向くと予想していた専門家も、今や25年になると考えている。大手企業が発表した賃上げは物価上昇と相殺されている。そもそも大企業の賃上げは正社員しか対象となっていないのが実態だ」

     

    今年の賃上げ率は、企業の意識変化と労働力不足が重なって、「5%以上」が一つの目標になっている。帝国データバンクの調査では、大企業・中小・零細企業をひっくるめて、6割の企業が賃上げし平均4.16%と昨年のほぼ2倍の引上げ予定だ。この背景には、労働力不足という深刻な事態が起こっている。こういう局面を迎えたのは23年からで、今後ますます労働力不足に陥る懸念が深まっている。こうなると、積極的な賃上げが企業存続の条件になるという、従来になかった局面を迎える。

     

    賃上げ余力は、販売価格の価格転嫁力でもある。公正取引委員会は、発注主が零細企業に対して価格転嫁を認めるように書式整備まで行っている。それでも、価格転嫁を認めないケースでは、会社名を公表するという強硬手段まで準備している。政府上げての賃上げ促進体制である。

     

    (2)「後退により最初に苦しめられているのは、パートタイム労働者や契約社員、有期雇用者だろう。総務省が24年1月に発表した統計によれば、不安定な非正規労働者層は、日本の雇用者の37%を占める。多くの企業がこうした不安定な雇用を採用している。厚労省の19年の調査によれば、非正規雇用を取り入れている企業の48.3%が、その理由を賃金または賃金以外のコストの節約のためと答えている。実際、非正規雇用は正規雇用に比べればコストがかからない。同じ内容の労働でも、正規に比べてずっと少ない賃金しか支払われない。解雇も簡単だ。社内の労働組合にも守られていない場合が少なくない。非正規の雇用管理を子会社に任せている会社もある。不安定な雇用者が直面する困難を、いわば親会社が無視できるというわけだ。手厚く守られている正規雇用者に比べ、彼らはほんの少しの権利しか持たない」

     

    賃上げしなければ、労働力が集まらない時代になったのだ。従来のように低賃金で非正規雇用を雇える環境でなくなってきた。このパラグラフで指摘されているのは、過去のケースである。この状態が、今後も続くわけでない。(つづく)

     

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    中国政府が、経済に対してどのような認識を持っているか。それを一目瞭然にしたのが低落する株式市場へのてこ入れ策である。「国家隊」と称されるように国家資金で株式を買い支えている。主要機関投資家に対しては、株式市場の取引開始直後と終了直前に株式を売り越すことがないよう指示しているのだ。

     

    こういう「真空相場」によって、株価は上昇に転じている。だが、このテコ入れはいつまでも続くものでない。中国経済の実態が回復しないかぎり、元の木阿弥となろう。

     

    『ブルームバーグ』(2月24日付)は、「中国株式市場 見事な反転ー上昇まだ続くと慎重ながら楽観的な見方も」と題する記事を掲載した。

     

    中国株式市場が世界最低から最高のパフォーマンスへと見事な反転を示したことで、市場にとってプラス方向の政策が取られる限り上昇は続くと、投資家の間で慎重ながら楽観的な見方が広がりつつある。

     

    (1)「今年に入り、中国当局が株式市場や自国経済を刺激するための新たな策を打ち出さない週はめったにない状況だ。そうした中で、2月は中国本土銘柄から成るハンセン中国企業株(H株)指数がこれまでに10%強上昇し、世界の主要株価指数で値上がり率トップ。中国本土株のCSI300指数は9営業日続伸し、2018年以来最長の上昇局面となっている」

     

    9営業日連続の上昇になっている。これは、当局の仕掛けた「お膳」が効を奏しているだけの話だ。実態を反映してはいない。こういうテコ入れは、日本の経験からみても「一時の気休め」に過ぎない。だから、日本も株価が回復するまで34年もかかったのだ。

     

    (2)「中国経済が依然逆風にさらされる中、「国家隊」と呼ばれる政府系ファンドが買い支えていると見られ、株価の上昇局面は短い期間となるかもしれない。ただ、バリュエーションが低迷していることに加え、グローバル・マネーマネジャーと地元マネーマネジャーのポジショニングからも、投資家はこのような状況の市場からリターンを上げるまたとないチャンスを見いだしている。BCAリサーチの新興国市場担当チーフストラテジスト、アーサー・ブダギャン氏は、「当局の痛みは限界点に達した。売られ過ぎの状態にきており、政策対応はより一層積極的になっている。従って、現行水準からのさらなる戦術的な上昇を期待したい」と語る」

     

    中国当局は、国内投資家相手で巧くいっても制限付きである。取引開始直後と取引終了直前の「売越し」を禁じているので、臨機応変の対応が不可能だ。要するに、当局の命じるままに株を購入するしかできない「歪な構造」になっている。海外からみれば、隔離された市場だ。

     

    株価指数算出の米MSCIが2月14日、代表的な全世界株指数「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス(ACWI)」から中国株66銘柄(8%)を除外することを決め、実行は2月29日取引終了直後となっている。中国株からインド株へ資金が流れるであろうと推測される事態だ。中国は、自分で自分の首を絞める事態を招いている。

     

    (3)「H株指数が世界で最低のパフォーマンスとなった1月から、現在の市場のムードは急速に変化している。信用取引のマージンコール(追加証拠金請求、追い証)などが脅威となり、懸念が弱気心理を強め、CSI300指数は2日には5年ぶりの安値に沈んでいた。その後、着々と支援策が打ち出され、政府当局がこうした混乱に終止符を打つ決意を示したことで、暗い雰囲気は徐々に薄らいできている。国家隊は株式の買い入れを増やし、その対象を小型株にまで広げたようだ。ブルームバーグが報じたところによると、新たに呉清氏が主席に就いた中国証券監督管理委員会(証監会)は、主要機関投資家に対し株式市場の取引開始直後と終了直前に株式を売り越すことがないよう指示した

     

    中国は、目先の利益を求めて右往左往している。抜本的な解決策からほど遠いことに力を入れているからだ。株価対策にみられるこうした「近視眼的」政策は、消費財購入対策にも現れている。

     

    中国当局は、自動車や家電製品など従来型の消費財について、販売押し上げを図るよう指示した。習近平氏は、23日に開催された共産党中央財経委員会で「製品のリニューアルと刷新を加速させることは、質の高い発展を促進するための重要な措置だ」と発言。「大規模な製品アップグレード、および古い消費財の新しい消費財への交換に関する新たな取り組みを奨励、指導しなければならない」と述べた。中国中央テレビ局(CCTV)が、23日伝えた。

     

    この発言は、耐久消費財にリニューアルを行えば消費が増えるという短絡的思考を表している。購買力増=所得増があって初めて、モノは売れるという根本的な点を理解していないのだ。株価対策と全く同じ視点であることを窺わせている。

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    台湾半導体企業TSMCは2月24日、熊本第一工場の開所式を行った。これは、日本半導体再建の「ゴング」であるだけでなく、世界の半導体「安定供給基地」への名乗り上げでもある。

     

    半導体を巡っても地政学リスクが存在する。中国は、先端半導体で実力発揮を諦めて「成熟半導体」で支配力を目指している。近年は、世界生産能力の23割を握るとされるほどに成長した。台湾調査会社トレンドフォースによると、自動車向けなどの需要が多い28ナノ以前の成熟品で、中国は23年に世界生産能力の29%を占めた。トップの台湾(49%)に次ぐ位置で、増産を経て27年に33%まで高まる見込みという。

     

    これは、西側諸国にとって経済安全保障上、大いに危険なことである。そこで、日本が台湾との協力で成熟半導体の安定供給基地になれば、こうしたリスクを回避できることから、日台の半導体協力が現実問題として浮上している。日本にとってはまたとないチャンスの到来である。

     

    『日本経済新聞 電子版』(2月24日付)は、「半導体供給網、東アジアで再編 中国台頭を日台でけん制」と題する記事を掲載した。

     

    台湾積体電路製造(TSMC)熊本工場の開所は、東アジアをまたぐ半導体サプライチェーン(供給網)再編の足がかりとなる。2024年中に量産を予定する成熟世代の半導体は中国が世界生産能力の3割ほどを握る。日台の連携で中国の影響力拡大をけん制し、供給網の安定性を高める。

     

    (1)「熊本でまず量産する成熟品は最新スマートフォンなどに搭載される先端品に比べ世代は古いものの、自動車や産業機器などに幅広く搭載され、経済安全保障上の戦略物資といえる。東アジア各国・地域は世界の半導体供給網の要を担ってきた。台湾は先端半導体の生産、韓国はメモリー、日本は材料・製造装置に強い。近年は中国が成熟品の生産で台頭し、世界生産能力の23割を握るとされる」

     

    自動車や産業機器などに幅広く搭載される半導体は、先端半導体ではなく成熟半導体とされる。中国は、この分野のシェア拡大を求めて大攻勢を掛けている。これは、西側諸国にとって危険なことであり、供給を止められるリスクが高まるのだ。

     

    (2)「米国は半導体強国を志向する中国の台頭を懸念し、20年に中芯国際集成電路製造(SMIC)などの中国の半導体企業に輸出規制をかけた。規制そのものは先端品が対象だったが、米欧などの顧客企業は成熟品を含めた供給途絶リスクを意識し、台湾企業などに一斉に注文を振り替えた。その結果、半導体の生産ラインは逼迫し、半導体調達に苦戦した日米欧の自動車メーカーをはじめ、家電や産業機器などの生産が滞った。米国は中国に先端半導体の輸出規制を課す一方、成熟品については日米欧の製造装置メーカーなどが中国企業と取引するのを容認してきた」

     

    すでに、米欧などの顧客企業は成熟品を含めた供給途絶リスクを意識し、台湾企業などに一斉に注文を振り替えている。TSMCの熊本進出には、こうした地政学リスク回避という大きな狙いが込められている。TSMCは今後、九州で第4工場まで建設すると報じられている。日台連携によって、中国半導体進出リスクへ共同対処する目的である。

     

    (3)「中国勢はその成熟品に的を絞って装置を大量に調達し、集中投資を進める。国際半導体製造装置材料協会(SEMI)によると、中国への半導体製造装置の出荷額は、23年に過去最高の300億ドルを超え、台湾や韓国を抑えて首位だ。このまま中国が成熟品の生産で存在感を高めれば、半導体が経済安保上の「カード」にされるリスクも想定される。熊本工場を端緒に日本が台湾や中国に続く成熟品の供給拠点となれば、中国をけん制する形で供給網の安定性を高められる」

     

    中国の成熟半導体の生産額は、既に過去最高の300億ドルを超えている。これは、中国へ切り札を与えることにもなるので、日本での増産体制確立が急務になっている。

     

    (4)「台湾・工業技術研究院(ITRI)傘下のシンクタンク、産業科技国際策略発展所の楊瑞臨・研究総監は熊本工場について「(日米欧などの)顧客が求める供給網の強化に対応するうえで重要な拠点となる」と指摘する。5月に就任する台湾の頼清徳・次期総統は現任の蔡英文氏の路線を引き継ぎ、半導体分野でも日米欧との連携を重視するとみられる。TSMCが進出する日米欧拠点の中で最も早く量産を始める熊本は、その戦略の試金石ともなる。東アジアの供給網を巡り、メモリー技術で先行する韓国もAI向けの開発強化や装置・材料の国産化に動く。経済安保を左右する戦略物資を巡る新たな競争が幕を開ける」

     

    TSMCが、日米欧へ生産拠点をつくる決断をして、最初に稼働するのが熊本である。TSMCは、日本側が全面協力したことから、工事開始20ヶ月という最短期間で工場竣工へ漕ぎつけたことを高く評価している。これは、日台半導体の協業へ向けて大きな「号砲」となった。日本半導体は、確実に再建過程へ入った。

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    EV(電気自動車)狂想曲は、今や見る影もないほどだ。EVメーカーは、一斉に増産計画を取り止め、HV(ハイブリッド車)増産へ乗換えている。このEV騒ぎは何であったのか。

     

    環境運動家が、EV推進に大きな力を発揮した。トヨタ自動車は、リチウムイオン電池の限界をいち早く気づき、EV普及が時期尚早という立場であった。世界の環境運動家は、トヨタ自動車の豊田社長(当時)を株主総会で役員再任しないように、運動する騒ぎまで引き起したのだ。結果は不発に終わったが、環境運動家は今やすっかり姿を隠している。

     

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(2月21日付)は、「EV革命頓挫、6カ月で何が起こったのか」と題する記事を掲載した。

     

    米フォード・モーターの電動ピックアップトラック「F150ライトニング」を生産するミシガン州の工場は、かつて熱気に包まれていた。2021年にはジョー・バイデン大統領が来訪し、驚異的なスピードを誇る同車に試乗した。22年春に第1号車が完成する前から、フォードは同工場を拡張して生産可能台数を4倍にすると発表した。

     

    (1)「そうした熱気は急速に失われつつある。フォードは同工場の生産台数を半減し、従業員は他の工場に異動している。その多くはガソリンエンジンのピックアップトラックやスポーツタイプ多目的車(SUV)を生産している工場だ。デトロイト郊外のフォード工場でピックアップトラックの検査を担当しているマシュー・シュルテさんは、突然の変化に「少し驚いた」と話す。「現実が見えてきた」。ほんの1年前まで、自動車メーカーは電気自動車(EV)需要の高まりに対応するのに苦労していた。ところが、数カ月の間に状況は一変し、多くの自動車メーカーが全速力で推し進めてきたEVシフトにブレーキがかかった」

     

    「アーリーアダプター」は、新製品が登場するとすぐに買い求める人たちだ。こうして、新製品は爆発的な売行きをみせるが、大衆購買層は慎重である。新製品の「一次ブーム」は、簡単に終わるのだ。この小休止は、マーケッティングで「キャズム」(深い溝)と言われる。数年の「小休止」を経て、やがて本格的な普及期を迎える。EVの現状は、この「キャズム」現象で説明がつく。ただ、リチウムイオン電池に代わって、全固体電池の登場が条件になる。トヨタは、まさにこれに合わせた販売戦術を取っている。

     

    (2)EVシフトを推進する動きは、消費者という重要な層を見落としていた。昨年夏には販売業者が、EVの売れ残りが駐車場にあふれていると警鐘を鳴らし始めた。フォード、米ゼネラル・モーターズ(GM)、独フォルクスワーゲン(VW)などは、EVへの猛烈な投資から、一部プロジェクトの延期や縮小へと転じた。EVの出荷を早めるよう自動車メーカーに懇願していた販売業者は、今はEVの入荷を拒んでいるテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)ですら、同社の2024年の納車台数の伸びが「著しく低下する」との見通しを示している」

     

    下線部は、「キャズム」の存在を言い当てている。消費者が、EVは良い製品であると確信しないかぎり、ブームは再び来ないのだ。

     

    (3)「フォードのジム・ファーリーCEOは2月上旬の決算説明会で、「これは昨年後半の6カ月間に起きた劇的な変化であり、自動車業界の勝者と敗者が急速に選別されるだろう」と述べた。EVの販売台数は伸び続けており、自動車メーカーの幹部からもEVを推進する方針に変わりはないとの声が上がる。しかし、その多くは計画を見直しつつある。フォードはEVへの投資を先送りした。また、一部車両の発売を延期する一方、ガソリンと電気の両方で走るハイブリッド車(HV)の生産を増やす方針だ。同社は昨年、バッテリー駆動車事業で47億ドルという多額の損失を出した。今年はさらに損失が拡大し、50億~55億ドル程度になると見込んでいる」

     

    フォードのCEOは、下線のように自動車業界はEVの勝者と敗者が明確に別れると指摘している。EV戦線をうまく撤収できた企業が生き残れるというのだ。この点、トヨタは高見の見物である。リチウムイオン電池EVへ全力投球していなかった結果である。

     

    (4)「今のところは、この大誤算によって業界は窮地に立たされている。EVが大量に出回り、工場が半分空になる可能性がある一方で、世界的に厳しくなる環境規制をクリアしなければならないのだ。「最終的には顧客に従う」。GMのメアリー・バーラCEOは今月のアナリスト会見でそう語った。バーラ氏は業界内でEVシフトの重要性を当初から強く訴えていた一人だった。GMは2035年までにほぼ全てのガソリン車を廃止するという目標を掲げていた。同氏は2023年1月の決算説明会で「今年は飛躍の年だ」と語っていた」

     

    リチウムイオン電池EVは、脱炭素の切り札でないのだ。リチウムの採掘・精錬の現場で膨大な二酸化炭素を排出している。こういうEVに比べてHVは、はるかに優れた「脱炭素車」である。リチウムイオン電池EVは、環境運動家がつくり挙げた狂想曲であった。

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