勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    2024年05月

    テイカカズラ
       

    中国国家統計局は31日、5月の製造業購買担当者景気指数(PMI)を発表した。49.5と前月より0.9ポイントも低く、3カ月ぶりに好調・不調の境目である50を下回った。受注が振るわず全体を押し下げた。PMIは、製造業3200社を対象に調べる。新規受注や生産、従業員数など項目ごとに調査する。50を上回れば前月より拡大、下回れば縮小を示す。

     

    5月の製造業PMIは、前月比0.9ポイントもの低下である。事前予想は、50.5であった。まさに「予想外」の落込みである。IMF(国際通貨基金)は、1~3月期のGDPが5%を上回ったことや最近の住宅政策を評価して、24年のGDP予測を5.0%へ上方修正したばかりであった。5月の製造業PMIの急低下に驚いているであろう。

     

    『ブルームバーグ』(5月31日付9は、「中国の製造業活動 5月は予想外の縮小ー成長期待に冷や水」と題する記事を掲載した。

     

    中国の製造業活動が5月に予想外の縮小を示した。中国経済のけん引役として、政府が最も期待を寄せる製造業から警告サインが発せられた。

     

    (1)「国家統計局が31日発表した5月の製造業購買担当者指数(PMI)は49.5と、4月の50.4から低下。建設業とサービス業を対象とする非製造業PMIは51.1。4月は51.2、エコノミスト予想は51.5だった。2カ月連続で活動の拡大を示していた製造業が再び縮小に転じたことで、5%前後という今年の国内総生産(GDP)成長率目標の達成が脅かされる可能性がある。不動産不況によって消費がなお圧迫されており、目標達成には輸出産業が重要な役割を果たすことが期待されている」

     

    内訳をみると、柱である新規受注は前月を1.5ポイント下回って49.6となった。3ヶ月ぶりに50を下回った。海外からの新規受注を示す指数は、48.3でこれも3カ月ぶりに50を下回った。新規受注の50割れは、先行きの不透明さを浮き彫りにしている。企業は、受注が増えれば材料・設備・求人などで前向きに対処する。逆に受注が減れば消極的になる。特に、輸出受注が落込んでいるのが先行き見通しを暗くしている。

     

    「三種の神器」(EV・電池・ソーラーパネル)の輸出が、壁にぶつかっている。EV

    (電気自動車)は、世界に広がる保護主義の壁に阻まれつつある。ソーラーパネルは値下がりしている。世界生産の78割を占める中国メーカーの過剰供給により、直近1年で世界の価格は半値に急落した。欧州ではパネルメーカーが経営危機から工場を止め、業界団体が欧州連合(EU)に緊急支援を求める事態だ。

     

    (2)「貿易相手国との緊張が高まる中、中国製造業にはさらなるリスクが待ち受けている。主要輸出先である米国と欧州連合(EU)は、国家補助金を通じた中国の過剰生産能力を非難しており、電気自動車(EV)など主要製品の販売を抑制する新たな貿易障壁を設けつつあるほか、追加措置が講じられる恐れもある。オーストラリア・ニュージーランド銀行(ANZ)の大中華圏担当チーフエコノミスト、楊宇霆氏は「製造業主導の景気回復はなお脆弱だ」と指摘。「今後数カ月は保護貿易主義の台頭が大きな逆風となるだろう」と述べた。バイデン米政権は今月、中国製EVなどへの関税引き上げを発表。また、EUは数週間内にEV関税を発表する方向で、他の分野でも中国の補助金を調査している」

     

    習近平氏は、製造業主導の景気回復策を目指しているが大きな壁にぶつかっている。「過剰生産・過小消費」という矛盾した構図が改まらないかぎり、中国へ安定した景気回復が訪れる可能性は小さい。中国経済は、正念場を迎えている。

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    政府が支援する半導体企業ラピダスは25年に、最先端半導体「2ナノ」試作品を発表する。27年から量産化というスケジュールで進んでいる。この間の資金繰りは、政府の債務保証で乗切ることが分った。国を挙げての半導体事業であることが明白になったのである。

     

    ラピダスは、22年に創業し慌ただしいスケジュールで進んでいる。これまで、「品質・資金・需要」の3点が高い壁と指摘されてきた。だが、品質は内外の研究機関の支援や米国IBMからの技術移転が順調に進んでいる。年内に延べ約200人がIBMで現場実習を受ける予定である。品質面では、前工程の難関部分が解決したという。

     

    ユーザー獲得も、最近のAI(人口知能)の波に乗って順調である。オープンAIの幹部が来日した際、ラピダスの小池社長が面会し「協業方針」を話し合った。NTTが開発中の「光半導体」の生産もラピダスと話し合う方向である。こうして、幸先の良い出だしが期待できる状況になっている。

     

    『日本経済新聞 電子版』(5月30日付)は、「ラピダス向け融資に政府保証、最先端半導体の量産支援」と題する記事を掲載した。

     

    経済産業省は、ラピダス向けの融資に政府保証を付ける方針だ。2027年からの最先端半導体の量産には5兆円が必要とされる。民間金融機関の融資実績がないラピダスは資金調達が課題だった。経産省は政府保証で融資の決断がしやすくなるとみている。

     

    (1)「経産省が、31日の検討会でラピダスの政府保証の根拠となる法案をつくる計画を提示する。新法か既存の法律の改正かは今後詰める。早ければ24年中の法案審議を目指す。経産省は、研究開発を支援する法律に基づき、ラピダスに最大9200億円の補助金を決めていた。金融機関の融資はなく、トヨタ自動車やソフトバンクなど73億円の出資にとどまっている」

     

    自民党の半導体戦略推進議員連盟(会長・甘利明前幹事長)は5月13日、政府が6月にもまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に向け、半導体産業へ「異次元の支援」の継続を求める決議を採択した。補助金の支給や税制優遇、人材育成を通じて半導体産業の競争力を高める。決議では、国内で最先端半導体の量産を目指すラピダスへの支援継続、半導体の「先端後工程」分野などの拠点整備を進める必要があるとした。支援の手法として補助金だけでなく、税制優遇といった策も視野に入れる。

     

    決議文では、海外で本格的な産業支援が始まったことを受け、日本も政策の手綱を緩めるべきでないとした。そのうえで「各国の支援規模に遜色ない規模の支援パッケージの創設を目指すべきだ」と明記した。こうした与党の強い支援方針に基づいて、ラピダス育成計画が打ち出された。

     

    (2)「27年から量産を始めるには、25年までに必要な製造装置を注文する必要がある。ラピダスは回路線幅2ナノ(ナノは10億分の1)メートル以下の日本にない最先端品の量産を目指している。銀行は事業リスクの高さからラピダス向けの融資に躊躇していた。個別の企業に政府保証を付ける制度は異例だ。法案の成立に向けては反対の声も予想される。

     

    ラピダス支援計画は、自民党がバックにあるだけに反対論を説得できるであろう。それは、次のような裏付けができたからだ。

     

    オープンAIは、アジアで初めて拠点を設けたが、その際に来日したブラッド・ライトキャップ最高執行責任者(COOはラピダス小池社長と面会した。これについて、小池氏は次のように語った。「オープンAIと協業はあり得ると思います。彼らも多分チップをつくるでしょうから、当然、様々な方法を検討しているはずです。メーカーと組む選択肢もあるでしょう。彼らは、ソフトウエアからハードウエアに参入しようとしている。我々は、ハードウエアからソフトウエアを考えられる。最終的な製品についてのゴールが共有できれば、良い組み合わせになると思います」(『Nikkei Tech Foresight』5月29日付)

     

    オープンAIは、世界中でAI半導体生産を急増させる意向を強めている。ソフトバンクG会長の孫正義氏とは、密接な連絡をしている「仲」でもある。ソフトバンクGは、半導体製造計画(ファブレス方式=委託生産)を持っているので、委託先は不明だがラピダスとの関係も浮上しよう。

     

    NTTは、世界初の「光半導体」の製造計画(ファブレス方式=委託生産)を持っている。NTTは23年6月には、子会社だったNTTエレクトロニクスを吸収合併し新たに半導体メーカーとしてNTTイノベーティブデバイスを設立した。これは、自らも半導体企業を持とうという意思の表れである

     

    最近では、ラピダスとの協業も視野に入れている。「量産技術の開発やコスト競争力の確保が重要だ。そのためには設計や製造委託先などと強固な供給網を築く必要がある。『ラピダスとの連携は視野に入っている』『台湾勢とも組まないと』。NTT幹部の言葉からも、半導体製造受託大手と連携して量産を目指す考えがうかがえる」(『日本経済新聞』(1月31日付)。こうして、ラピダスを取巻く環境は好転している。

     

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    5月30日の東京市場は、円相場が157円台の円安になり、日経平均が一時900円を超えて下落(終値は3万8054円)し、長期金利が1.1%まで上昇した。円建て資産のトリプル安で悲観論も出ている。日銀は、こうした脆弱な市場の動きをみながら、今後の利上げの舵をどのように切っていくのか関心を集めている。 

    東京市場に大きな影響を与えた29日のNY市場は、米金利の上昇が原動力となり米株下落、ドル上昇につながった。米利下げ時期の先送り観測が、米連邦準備理事会(FRB)高官発言で盛り上がり、金融政策の影響を受けやすい2年米国債利回りは一時5%まで上昇。長期金利も4.6%台まで上がった。この影響が、東京市場を直撃したのだ。 

    『ブルームバーグ』(5月30日付)は、「日銀の利上げ、年内2回で0.5%もあり得るー伊藤コロンビア大教授」と題する記事を掲載した。 

    米コロンビア大学の伊藤隆敏教授は、正常化に踏み出した日本銀行の金融政策運営について、2%程度のインフレ目標実現までは慎重に行うべきだとしつつ、政策金利は年内に2回、0.5%までの利上げがあり得るとの見解を示した。

     

    (1)「伊藤氏は30日のインタビューで、ゼロ%付近で均衡していたインフレ率とインフレ期待、賃金上昇率が、2%の均衡に移行する過程にあると指摘。日銀の金融政策運営は「早過ぎもせず、遅過ぎもしない金利引き上げ局面に入っている」とし、0~0.1%程度に誘導する無担保コール翌日物金利は「今年中に0.25%とその後の0.5%はあり得る」と2回の利上げも想定している」 

    銀行は、すでに長期金利の引上げに向い準備中である。市場は、長期金利が1.1%になったとして驚いているが、正常化に向って「金利のある世界」が始まっているのだ。30日の市場での「トリプル安」を過大視することは過剰反応とも言える。 

    (2)「日銀は3月に17年ぶりの利上げ(マイナス金利廃止)に踏み切ったが、物価上昇圧力の継続や外国為替市場での円安傾向を背景に、市場では早期の追加利上げや国債買い入れの減額に対する思惑が強まっている。植田和男総裁は27日の国際会議でのあいさつで、2%の物価安定目標の実現に向けて「注意深く進んでいくつもりだ」と発言した。伊藤氏の指摘は、市場が現在想定している利上げペースよりもややタカ派的と言える」 

    企業の高収益ぶりからみて、利上げ抵抗力が弱いとは考えられない。中小・零細企業の価格転嫁率も上がっている。公取委が、下請法で大企業の行動を監視している効果が出ているからだ。

     

    (3)「日銀が2%均衡の実現を目指している中で、足元で鈍化傾向にある実際のインフレ率が2%を明確に割り込む前に、インフレ期待が2%に上がっていくことが重要だと主張。現在はまだ下振れリスクの方が大きいとし、2%均衡が根付くまでは利上げペースを含めて金融政策運営は「慎重であるべきだ」としている」 

    伊藤氏は、インフレ率2%が確実に達成されるまで見届けた上で、利上げするべきという慎重論である。 

    (4)「先行きの利上げペースは、中立金利(注:インフレでもデフレでもない状態の金利)やターミナルレート(利上げの最終到達点)をあらかじめ想定するのは現状では無理だとし、「手探りで進んでいくしかない」と指摘。長期化したデフレとゼロ%付近の金利水準を経て、30年近く経験のない世界を目指す局面に入っていることに加え、少子高齢化の影響に関する見解も収斂していない中では、「中立金利がどこにあるか、やってみなければ分からない」という 

    日本の中立金利がどの当たりか。あらかじめ設定は難しいという立場だ。専門家の間では、1.5%が上限であろうとしている。 

    (5)「根強い円安傾向を転換するため利上げが必要との声に対しては、「日銀は為替レートを目標にしておらず、説明がつかない」と反論。利上げをするとしても、例えば1ドル=135円くらいにしたいのであれば「1%では無理だ。2%くらいに上げるなら有意に効くと思うが、国内経済に大きなインパクトを与えるだろう」と語った」 

    日銀の利上げで円高へ持ち込む可能性は低いとしている。円相場が135円にまで戻るには、2%の金利が必要という立場だ。

     

    (6)30日の債券市場では、米長期金利の上昇や日銀による国債買い入れ減額の思惑などを背景に、長期金利が一時1.1%と2011年7月以来の水準に上昇した。日銀は現在、3月の政策変更前とおおむね同程度の月間約6兆円の買い入れを継続しているが、伊藤氏はいわゆる量的引き締め(QT)をわざわざ宣言してやる必要はなく、市場の状況を見ながら少しずつ減額していけばいいと指摘。長期金利が1.5%程度まで緩やかに上がっていくのであれば、経済に大きな問題はないとみている」 

    長期金利が1.5%程度まで緩やかに上がるのであれば、経済に大きな問題はないとみている。そうなると、短期金利は1%程度か。これが、日本経済の実力という判断だ。市場での長期金利が1.1%になったからと言って騒ぎ立てることはないという見立てである。 

    (8)「伊藤氏は、国際金融やマクロ経済に精通し、日銀が21日に開いた金融政策の多角的レビューに関する第2回ワークショップのパネルディスカッションにも参加した。黒田東彦前日銀総裁の財務官時代に副財務官を務め、黒田氏にインフレ目標政策を指南したとされる。昨年の日銀総裁人事では、候補者の一人として名前が挙がった」 

    政府は2008年3月、伊藤氏を日本銀行副総裁に起用する人事案を国会に提出したが、野党が反対して実現しなかった。野党による政府への思惑が理由であり、伊藤氏個人にまつわることではなかった。学識からみても申し分のない「副総裁」であり、実務論にも詳しく説得力を持っている。

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    中国政府は、電気自動車(EV)に搭載する次世代電池「全固体電池」などの開発に約60億元(約1300億円)を投じる。中国政府系の英字紙『チャイナ・デーリー』が29日に報じた。

     

    中国電池業界は、日本の全固体電池開発の実状についての理解が不十分である。中国は現在、車載電池で世界一の生産量であるが、次世代電池の全固体電池開発では日本に立遅れている。この認識が極めて薄く、中国トップの電池メーカー寧徳時代新能源科技(CATL)も、「トヨタ自動車は、簡単に全固体電池を開発できないだろう」と高をくくっているほどだ。中には、半固体電池を「全固体電池」と宣伝する企業も現れるなど、バラブラの状態だ。

     

    中国政府は、こうした混乱する電池業界を一本化して全固体電池開発へ約1300億円の開発支援をすることになった。中国電池業に刺激を与えるためだろう。国軒高科(ゴーション・ハイテク、安徽省合肥市)李縝(リ・シン)董事長は、日本の電池開発について次のようにみている。「日本の技術水準は世界トップレベルで、電子工学の開発力やイノベーションでは最先端を走っています。現在進行中のエネルギー革命においても、日本は全固体電池や水素の領域などで先頭集団となるでしょう」(『日経ビジネス』3月15日号)。国軒は、筑波に研究所を設けており日本の研究水準の高さを理解している。

     

    『日本経済新聞 電子版』(5月30日付)は、「中国政府 次世代電池に1300億円支援 中国紙報道」と題する記事を掲載した。

     

    中国政府は電気自動車(EV)に搭載する次世代電池「全固体電池」などの開発に約60億元(約1300億円)を投じる。中国政府系の英字紙『チャイナ・デーリー』が29日に報じた。車載電池やEV大手を支援し、世界で先行している中国のEV産業の競争力の強化をめざす。

     

    (1)「全固体電池などの先端技術の研究開発のプロジェクトに資金を投じる。車載電池最大手、寧徳時代新能源科技(CATL)、車載電池やEVの大手、比亜迪(BYD)、国有の中国第一汽車集団、上海汽車集団、北京衛藍新能源科技、浙江吉利控股集団がプロジェクトに参加して支援対象となる見通し。中国はEVの生産販売台数で世界1位。政府系シンクタンクで政府と企業が協同でEVの産業政策を検討する組織「中国電動汽車百人会」の陳清泰理事長は「中国のEVが世界でリードしてきたのは電池技術でリードしていたからだ」と分析する」

     

    中国EVが、急速に頭角を現した背景には、電池技術の進歩がある。これには「裏」があって、安い原料のリンや鉄を使った結果だ。つまり、レアメタルを使わないリン酸鉄リチウム(LFP)電池を使用している。リンや鉄は、レアメタルと比べて自然界に広く存在しており、埋蔵量も豊富な物質である。レアメタルを使う電池はNMC(ニッケル・マンガン・コバルト:三元)で高価だ。日本は、この方式を採用している。全固体電池はNMCが基盤になるようだ。

     

    (2)「全固体電池は既存の電池に比べてエネルギー密度が高く、走行距離を大きく伸ばせる。燃えにくいほか、同じエネルギー容量なら電池を小さくできる利点がある。中国政府は全固体電池がEVの業界の勢力図を書き換える可能性があるとして、全固体電池の開発支援を決めたとみられる。1月にはCATLやBYDなどの有力企業、清華大学などの大学、投資ファンドなどが一体となって全固体電池の産業化を進める横断的組織が立ち上がった。国有の広州汽車集団が26年の量産を発表するなど中国勢が注力している」

     

    中国は、LFP電池である。次世代電池が全固体電池に移行すれば、LFP電池では歯が立たなくなる。全固体電池開発で先鞭を付けているトヨタ自動車は、全固体電池の特許数で世界断トツである。中国とは大きな格差がついている。それだけに、中国は業界丸がかりで取組むのであろう。中国は、日本の全固体電池開発の動きに全く無関心であった。今になって慌てているのだ。

     

     

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    米国は、安全保障上の観点から中国企業の国内活動に焦点を合わせている。すでに多くの中国企業が、ブラックリストに上げられて販売を禁止されている。その中の1社が、別社名で法人登録して再び禁止処分となった。その企業は、レーザー測距技術「LiDAR(ライダー)」を手掛ける禾賽科技(ヘサイ・グループ)である。 

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(5月30日付)は、「ブラックリストの中国企業、米企業を装い規制回避」と題する記事を掲載した。 

    昨年12月、米ミシガン州でアメリカン・ライダーという新会社が登記を行った。設立を予定する本拠地は米大手自動車メーカーの拠点から車で簡単に行ける距離にあった。登記記録はアメリカン・ライダーの背後に存在する中国企業に触れていない。この企業はレーザー測距技術「LiDAR(ライダー)」を手掛ける禾賽科技(ヘサイ・グループ)で、米政府は国家安全保障上の脅威として懸念する。規制やブランドイメージを巡る問題を抱える企業が別の名称を使って子会社や関連会社を設立するのは常とう手段といえる。

     

    (1)「バイデン政権は米国内での中国企業の事業取引を制限しようと「ブラックリスト」を拡大している。一方、対中規制を迂回しようとする中国企業はブランド名を変更したり、米国内に登記する会社を設立したりしていると政策立案者や国家安全保障の専門家は指摘する。対中規制はまた、米消費者との結びつきが強い中国企業との取引に意欲的な米国の起業家にビジネスチャンスをもたらしている。米連邦議会の米中経済・安全保障調査委員会(USCC)の元委員、デレク・シザーズ氏は「中国企業は打撃を受けても事業戦略を修正し、別の方向に進むことができる」と話す。 

    中国企業は、ブラックリストで打撃を受けてもすぐに事業戦略を修正する。転んでもただでは起きない執着をみせている。それだけ、米国市場は魅力が大きいということだ。 

    (2)「生産拠点の移管や米法人としてのブランド再構築、新たな名称での子会社設立といった中国企業の動きは合法だと弁護士らは指摘する。ただ、背後にある企業の存在が明確でなければ規制当局は法執行が困難になるため反発を招いている。米国内の中国企業を調査する米議会下院スタッフは「米政府が問題のある中国企業を特定し規制を課す手段としてブラックリストを利用する中で『いかさま』は加速するだろう」と語る」 

    米国議会のスタッフは、中国企業の執念深さを「いかさま」と呼んでいる。違法を隠しているという意味だ。

     

    (3)「中国のバイオテクノロジー企業、華大基因(BGIグループ)のマサチューセッツ州の関連会社は最近、ブランド再構築の一環として社名から「BGI」を削除した。世界最大のドローン(無人機)メーカー、中国のSZ・DJIテクノロジー(DJI)は米国でドローンを販売するため、米政府が規制を課す前に米国のスタートアップ企業と契約を交わした。数年前には中国の通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)が米国の制裁に先回りする形で、米子会社のフューチャーウェイを設立した」 

    ブラックリストに載った中国企業は、「危機脱出」策として種々の対応をしている。社名から中国企業と分る名前を削除したり、米国のスタートアップ企業と契約を交わしたりしている。 

    (4)「テクノロジー分野における米中貿易戦争では、ライダーを手掛ける禾賽も標的となった。同社のセンサーは米自動車産業や米軍にとって大きな役割を担っており、米国内の重要データの収集に使われる可能性があると疑われたためだ。ライダーは車などに搭載して周辺環境を認識するために使用されており、車線維持や自動ブレーキといった機能に活用されている。禾賽が製造拠点としてアメリカン・ライダーを設立して1カ月後、米国内で活動する中国軍関連組織を指定する米国防総省のリストに禾賽は追加された。リスト発表の翌日に禾賽の株価は30%下落し、それ以来株価は回復していない。米国からの売り上げは同社の売上高全体の約2割を占める」 

    ライダーを手掛ける禾賽の製品は、車などに搭載して周辺環境を認識するために使用されている。米国テスラが、中国の重要地域の走行を禁じられているのは、この情報収集機能を封じるためだ。米国が、これを認めるはずがない。認識が甘いと言うほかない。

     

    (5)「禾賽が国防総省のリストに掲載されたことで、米軍は同社製品の調達が禁止される。自動車メーカーなどの民間企業は購入することができる。禾賽は同社のライダーについて、画像を保存したり無線で送信したりできないため、脅威にはならないとしている。禾賽の広報担当者は、アメリカン・ライダーという社名は代替名だが、同社製品が米国で製造・販売されることを明確にする意図があったと述べた。禾賽はアメリカン・ライダーについての計画を棚上げした。中国軍の関連組織とみなされたことによる影響だとしている。禾賽は今月、国防総省を提訴した。同社は軍との関連は一切なく中国政府にも管理されていないとし、リストから除外されるべきだと主張している 

    中国ファーウェイの5Gが自由世界で禁止されたのは、その裏にある隠された送受信機能であった。しかし、潜在的リスクがあれば販売承認は困難であろう。

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