勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    2024年08月

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    習近平国家主席は、消費刺激策に対して「浪費」という感覚で捉えている。こういうときこそ「耐乏生活」を送るべきとしているのだ。この経済感覚では、今年の経済成長目標「5%前後」は絶望的である。習氏は、成長率目標に拘らず、財政赤字増大をどれだけ減らすかに力点を置いている様子だ。

     

    『ブルームバーグ』(8月29日付)は、「中国経済、5%前後の成長達成は困難か UBS見通し引き下げ」と題する記事を掲載した。

     

    中国政府が5%前後に設定した2024年の国内総生産(GDP)成長率目標を巡り、エコノミストらは達成がますます難しくなっているとみている。個人消費が伸び悩み、習近平指導部は大型の刺激策を見送る中、スイスのUBSグループも中国の24年と25年のGDP成長率予想を下方修正した。

     

    (1)「UBSは、不動産不況や引き締め気味の財政政策スタンスを受け、中国経済がなお勢いを欠いていると分析し、今年のGDP成長率を4.6%と予想。従来の4.9%から引き下げた。来年の成長率見通しは4%と、前回の4.6%から下方修正した。消費に関連する大手数社が今月発表した決算は振るわず、5%前後のGDP成長率目標は達成できないのではないかという懸念が改めて浮上。不動産不況が内需や信頼感を強く圧迫している。中国は22年にも年間の成長率目標を達成できず、当時は厳格な新型コロナウイルス対策や突然の政策変更が足かせとなった」

     

    UBSの中国経済予測は、IMF(国際通貨基金)が4月に予測した最初の見通しに近くなっている。ただ、IMFは、1~3月期GDPが予想外によかったことに引きずられ上方修正する「ミス」を冒している。中国政府の「5%前後」という目標は、もともと過大であった。政策的な裏付けがないのだ。

     

    (2)「UBSのエコノミスト、汪濤氏らは28日付けのリポートで、「家計消費を含め、不動産活動の低迷による経済全般への圧迫は従来予想よりも大きくなるとわれわれは見込んでいる」と説明した。4-6月(第2四半期)の中国経済は、5四半期ぶりの低成長にとどまり、GDP成長率見通しを引き下げる動きも増えている。成長目標の達成に懐疑的な金融機関には、同じく4.6%と予測するJPモルガン・チェースや、さらに低い..5%と見込む野村ホールディングスなどがある」

     

    今年の成長率予測が4.6%としているのは、UBSのほかにJPモルガン・チェースや、さらに低い4.5%予測の野村などが控えている。当初のIMF予測は、この線にあった。

     

    (3)「中国当局は、22年末以降、住宅ローン金利の引き下げや頭金要件緩和、住宅購入制限縮小など、不動産市場に対する支援策を講じてきたが、UBSによれば、こうした施策の実施は遅れ気味で、効果は限定的だ。汪氏らは、「中国の不動産需給のファンダメンタルズは近年変化し、家計所得が伸び悩む中で市場の信頼感は低く、在庫水準が高い一方で在庫調整の実施は遅れている」と分析。中国不動産セクターの見通しを引き下げ、新築住宅着工が底を打つのは26年半ばになると見込んだ」

     

    IMFの最新予測(2024年2月)では、2034年までに住宅投資は22年比30~60%の減少を見込んでいる。新築住宅着工が、26年半ごろに底を打つという予測は実現しないであろう。

     

    (4)「アルパイン・マクロのストラテジストで、中国出張から最近戻ったワン・ヤン氏は5%前後の成長目標について、達成は「ほぼ不可能」との見方を示す。課題への取り組みには明確で一貫した戦略が必要だが、政策立案者はこの点を欠いていると指摘。需要の問題への対応で実施されている「バラバラの対策」ですら、場当たり的で二の足を踏んだものになっていると分析した」

     

    5%前後の成長目標達成は、「ほぼ不可能」という見方も出てきた。中国経済は、どこまでも「住宅依存」から抜け出られないのだ。

     

    次の記事もご参考に。

    2024-08-29

    メルマガ597号 中国、本格的「建設不況」 栄華極めた鉄鋼業「奈落の底」 日本の過去と同じ道

     

     

     

     

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    韓国は、日本以上の少子高齢化が進んでいる。だが、年金財政の改革は、国会審議が進まず宙に浮いたままだ。今年7月、与野党は現在9%の保険料率(所得ベースの納付額の料率)を13%に引き上げることで合意した。所得代替率(年金受給額が現役世代の平均手取り収入の何%に相当するかを示す指標)も44%とすることで妥協した。だが、肝心の法案化が進まないのだ。 

    年金改革が遅々として進まず、これまで蓄積した年金基金を取りくずしている間に、年金を取り巻く状況は急激に悪化している。韓国の65歳以上の人口は、25年に初めて1000万人を突破する。韓国が、超高齢社会に入ることを意味するのだ。一方、出生率は世界最低水準にまで低下している。今年の年間合計特殊出生率は0.6台に低下する可能性が出ている。年金改革は、一刻も猶予がならない事態になっている。

     

    『日本経済新聞 電子版』(8月29日付)は、「韓国の年金『30年後に積立金枯渇』、尹大統領が改革表明」と題する記事を掲載した。 

    韓国の尹錫悦大統領は8月29日の記者会見で、公的年金制度を抜本的に改革すると表明した。韓国政府は急速な少子高齢化のあおりで30年後の2055年に年金の積立金が枯渇すると推計する。年金制度を将来にわたり維持できる方策を整え「国民年金への信頼を取り戻す」と強調した。 

    (1)「尹氏は、法改正を伴う年金制度の改革に意欲を示した。「国が支給を保障すると法に明文化してこそ、若者に『私たちももらえる』という確信を持たせることができる」。危機感を訴えたのは、足元の少子高齢化のスピードが深刻で、年金制度が崩壊しかねないと考えるためだ。保健福祉省は23年、国民年金の単年度収支が41年に赤字に転じ、積立金の取り崩しが始まると推測した。積立金は40年の1755兆ウォン(190兆円程度)をピークに急減し、わずか15年後の55年に消失すると予測する」 

    現行の年金制度では、40年に積立金はピークを迎え55年にゼロになる計算である。制度改革をしなければ、56年以降は全て財政負担になる。これは、絶対に避けなければならない。

     

    (2)「人口構成の変化は日本よりも急だ。例えば今の54歳が生まれた1970年の合計特殊出生率は4.53だった。44歳が生まれた80年は2.82、34歳が生まれた90年には1.56へと急落する。足元の2023年は0.72で世界最低となった。韓国政府が描くのは積立金が枯渇する時期を数年延ばす小手先の改正ではなく、根本的な制度の見直しだ」 

    韓国の年金財政が、大きな曲がり角に立つ最大の原因は、少子高齢化によって年金保険料の支払者が急減することである。現行制度を維持するには、年金保険料の引上げしかない。 

    (3)「尹氏は「自動安定装置」の導入に言及した。物価上昇率や保険加入者数などの状況に応じて自動的に支給額を増減させる仕組みが念頭にある。日本は給付額を物価や賃金の伸びよりも抑制するマクロ経済スライドを04年の改革で導入した。例えばフィンランドは平均寿命の長さに応じて年金支給額を調整する。医療の進歩により平均寿命が延びると、係数をかけて自動的に支給額を減らす。尹氏は「年金先進国ではすべて導入されている」と話し、理解を求めた」 

    尹大統領は、物価上昇率や保険加入者数などの状況に応じて、自動的に支給額を増減させる仕組みを考えている。

     

    (4)「韓国の国民年金は18歳以上、60歳未満の全国民が加入できる。10年以上の加入歴があれば、62歳から老齢年金の支給を受けられる。23年時点で国民年金の加入者数は2199万人、老齢年金の受給者は527万人で、現役世代4人で1人を支えている計算になる。政府推計では加入者数は足元でピークアウトする。出生率が4を超えていた1960〜70年代生まれが支給対象になり、受給者は急増する。2050年は加入者が1534万人、受給者が1467万人となり、1人で1人を支える形になる」 

    現在は、4人の現役が1人の年金を負担している計算である。2050年には、1人で1人を支える形になる。現実に、これは不可能であろう。 

    (5)「韓国の国民年金は「2階部分」にあたり、日本の厚生年金に相当する。日本の国民年金にあたる「1階部分」は基礎年金と呼び、税金が原資になる。所得や財産が少ない貧困層のセーフティーネットに位置づけられる。22年時点で12階部分をあわせた月平均の受給金額は65万ウォン(7万円程度)。日本は厚生年金受給者の平均が14万円台で、韓国は日本の半分の水準だ。保険料率で比べても韓国の国民年金は9%で、日本の厚生年金の18.%より低い。負担は少ないが、支給額も見劣りする制度といえる

     

    日韓の年金を比較すると、韓国は「軽負担・軽支給」である。保険料率(厚生年金レベル)は、韓国は9%で、日本が18.%である。この差が、支給額になっている。韓国(7万円程度)、日本(14万円程度)である。韓国は、制度改革案では、保険料率が13%になるが、日本の7割程度である。

     

    (6)「韓国の高齢者の貧困は深刻だ。所得が集団の中央値の半分に届かない人の割合を示す「貧困率」は、経済協力開発機構(OECD)の23年の報告書によると40.%に達する。加盟国37カ国中で最も高く、全体平均の14.%を大きく上回る。尹氏の改革案は議論を呼びそうだ。韓国中央大の金淵明(キム・ヨンミョン)教授は、年金の自動安定策について「結局は年金を削ることになる」と反対する。「保険料率を上げて、多く払って多く受け取る改革案が原則だ」と主張する」 

    韓国は、年金制度の改革を遅らせると、高齢者へさらにしわ寄せが行く。韓国の「貧困率」は、OECDでワースト・ワンである。この汚名を早くそそぐ必要があろう。

     

     

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    米国大統領選は、11月の本番を前に民主党ハリス氏と共和党トランプ氏の「死闘」が始まる。ハリス氏は、バイデン氏に代わっての出馬だ。これまで、優勢が伝えられてきたトランプ氏は、ハリス氏の登場で逆転される事態を迎えている。ただ、米国大統領選は、激戦7州の支持率が勝敗を左右するとされている。全国世論調査結果が、そのまま勝敗に結びつかない特殊事情を抱えている。この結果、全国世論調査でも5ポイント以上の差がつかなければ、勝利の安全圏にはならない。 

    『フィナンシャル・タイムズ』(8月24日付)は、「政治家のまれな資質持つハリス候補」と題する記事を掲載した。 

    米国の政治がいかに激しく、しかも驚くべきスピードで変化を遂げたのかを象徴するような瞬間がこのほどあった。トランプ氏は、ほんの5週間前、すでに大統領選に勝ったかのような言動をしていた。彼は圧勝するだろうとの声さえあった。だが、突然、一瞬にして代わりばえのしない話ばかりを繰り返す老人となってしまった。

     

    (1)「トランプ氏が、苦労しているのも無理はない。ハリス氏にそうさせる要因があるからだ。中西部イリノイ州シカゴで開催された民主党全国大会では、様々なレベルで従来の党の常識がいくつも覆された。最も感嘆すべきは、ハリス氏の下、民主党が結束したことだった。壇上には1992年に大統領に選出されたビル・クリントン氏から、7月まで大統領を2期全うする意欲満々だったバイデン氏まで、過去30年の間に繰り広げられた民主党の政治ドラマの主人公が軒並み顔をそろえた」 

    民主党は、これまでイデオロギーの違いからなかなか「一枚岩」になれなかった。それが、「強敵」トランプ氏を前に結束している。目立った造反者はいないのだ。 

    (2)「ハリス氏が、さえない副大統領からかつてのオバマ氏のような熱狂を巻き起こす候補に変身するとは、ほぼ誰もが予想していなかったことだ。ハリス氏にそんな才能があったとは誰も知らなかった。格言を借りれば、「困難な時が来れば、女性はそれにふさわしく成長する」ということだろう。ふたを開けてみれば、ハリス氏はまれにみる生まれながらの政治家であることが判明したことだ。彼女は2016年の大統領選で敗北したヒラリー・クリントン氏が犯した過ちからも学んでいる」 

    党大会でのハリス氏の演説は、短く要領を得たものだった。自らの生い立ちを語り、中間層出身であることをアピールした。トランプ氏と対比したのだ。

     

    (3)「ハリス氏は当選すれば米国初の女性大統領(しかも白人ではない)となる。だが、この点を選挙戦の中心には据えていない。16年の大統領選でクリントン陣営は「私は女性であるヒラリー氏を支持する」をスローガンに掲げ、候補者とこれから成し遂げられるであろう歴史的な偉業を前面に押し出した。これに対し、ハリス陣営が打ち出しているのは「ハリス氏はあなたと共にある候補です」というメッセージだ。このメッセージには、トランプ氏がこの大統領選を人種や性の違いを際立たせる醜いアイデンティティー政治の闘いにしたければ勝手にそうすればよい、という意味合いも込められている。ハリス氏は中間層を自分は大事にしていると訴え続けるだけだ」 

    ヒラリー氏は選挙運動中、「女性」であることをアッピールしすぎた。この失敗の教訓から、ハリス氏は、「あなたと共にある」を強調している。違和感を取り除いているのだ。 

    (4)ハリス氏は、愛国主義を大事にするキャンペーンでも成功している。この民主党大会で大観衆が星条旗を振りながら「USA、USA」と連呼するなか、ハリス氏が登壇した際の様子は信じがたいものだった。それは通常、共和党大会で展開される光景だからだ。オバマ氏は08年の選挙戦で米国旗のバッジを着用していないとして批判されたが、ハリス氏は毎回、必ず身につけている」 

    ハリス氏は、愛国主義を訴えている。「USAコール」が、共和党を凌ぐほどの盛り上がりを見せて会場を沸き立たせた。移民の子弟が、愛国心に訴えている構図をつくり上げた。

     

    (5)「ハリス氏の受諾演説は、中西部ウィスコンシン州ミルウォーキーで7月に開催された共和党全国大会でのトランプ氏の受諾演説の半分以下に過ぎなかったが、それはハリス氏が分断している米国を統一しつつあるという盛り上がりを象徴するような短いスピーチだった。検察官らしい直接的な物言いで、米国は「この一瞬を逃したら民主主義を守れない。だからみんな、がんばろう」と訴えた。トランプ氏は不真面目な人物だが、彼が再選されたら極めて深刻な事態になるとも説いた。その主張はあくまでも中道だった。「全ての国民にメディケア(高齢者向け公的医療保険)を」にも、開かれた国境や警察への批判、幅広い増税などにも一切言及しなかった」 

    トランプ氏は、米国を作り替えるような発言をしている。これが、広く民主主義の危機と受け取られている。左右両派を超えて「米国民主主義を守れ」に結集しているのだ。共和党支持者が、ハリス支持を訴えるというかつてない動きを呼んでいる。 

    (6)「とはいえ民主党が勝利を確信するのはあまりにも時期尚早で危険だ。確かにハリス氏は支持率でトランプ氏がバイデン氏に約5ポイントの差をつけていた状況をひっくり返し、今ではほとんどの世論調査で23ポイントほどリードするまでになっている。しかし、まだ十分とは言えない。ハリス氏が確実に勝利するには、世論調査でトランプ氏に5ポイントほどの差をつけなければならない。米国はまだ共和党支持と民主党支持が拮抗している」 

    ハリス氏が、勝利を確実にするには全土の世論調査で5ポイント以上の差を付けることだ。そこまで差がつかなければ、勝敗の予測は困難であろう。

     

     

    テイカカズラ
       

    韓国は、金融引き締め下において債務が増加するという「逆走」状態にある。韓国銀行(中央銀行)は、利下げしたくても利下げをすればさらに債務が増えると状態にある。韓国政府は、気楽に「利下げできず遺憾」と発言している。これにカチンときた韓国銀行は、「なぜ利下げできないか省察が足りない」とチクリ。政府へ説教した形だ。

     

    『東亜日報』(8月29日付)は、「借金に包囲された韓国経済 楽な道を選んだら苦痛が長引く」と題する社説を掲載した。

     

    韓国は、対GDP比における家計・企業・政府の負債割合が、昨年末で251.3%となった。これは、コロナ禍だった2020年末より8.6ポイント増である。一方、世界の平均負債の割合は同期間、285.4%から245.1%へと40.3ポイントも改善している。

     

    (1)「世界各国が金利高の時代を経て、過度な負債を削減する正攻法を使う時、韓国だけが「一人で負債逆走行」の道を選び、デレバレッジング(負債削減)のゴールデンタイムを逃したという評価が出ている。韓国の家計・企業・政府などの経済主体は、同時に借金の泥沼に陥っている。物価高と景気低迷の中で、家計と自営業者・小規模自営業者の融資依存は引き続き高まっている。徴収額が少なく税金より支出が多い政府は、国債を発行して借金を増やす。問題は、ベルトを締めなければならない時、借金を増やす楽な道を選んだ結果が、苦痛を長期化する効果につながることだ」

     

    世界の常識では、高金利になれば債務を減らして返済するものだ。韓国は、これが逆になっている。家計が、高金利にもかかわらず住宅購入を急いでいるからだ。また、自営業者が資金繰り難で借入れに依存している面もある。こうした特有の事情で、家計債務を軸に韓国全体の債務が増えている。

     

    (2)「逆走の後遺症は、すでに本格化し始めている。政府財政は今年上半期、103兆4000億ウォンの赤字を出した。赤字は大きいが、年間予算の66%を上半期にまとめて使ったため、下半期は内需萎縮に対応する実弾が足りない状況だ。低金利政策融資の拡大、融資規制の導入延期など、「借金を勧める」政策が重なり、家計向け融資は急増している。不安定な住宅価格や家計向け融資のため、韓国銀行は先週、基準金利を下げられず、1年7ヵ月間据え置かなければならなかった。コロナ禍後、玉石見分けを行わずに延ばされた自営業者・小規模自営業者向け融資の元利金の返済は、多くのゾンビ企業を産んだ」

     

    財政赤字の一時的増大は、景気刺激で必要である。だが、家計の債務増加は首を捻る事態だ。韓国では、会社勤めを辞めて安易に自営業者になる風習が強い。会社の役職で後輩に抜かれると、「メンツが立たない」と退職して自営業を始めるケースが圧倒的である。学歴社会で年功序列の強い社会ゆえに、後輩の抜擢には耐えられないというのだ。企業の立場から言えば、効率を上げるには官僚社会でない以上、抜擢人事はやむを得ないことだ。それ故、耐えるほかない。サラリーマンが、すぐに自営業を始めても経験不足で立ちゆかなくなる。そこで、債務に依存するのである。韓国の家計債務増加の裏には、こういう事情が潜んでいる。

     

    (3)「もはや劇薬処方に近い措置なしに、負債の罠から脱出することは難しくなった。金融当局は今年、当初の計画より多くの家計向け融資を行った銀行の来年の新規融資の規模を縮小する「融資総量制」を施行するという。官治の失敗で増えた融資を統制するため、より強い官治を動員することになる。全面的な融資統制で、住宅投機とは関係のない融資実需要者の被害が避けられなくなった」

     

    来年は、家計向け融資を抑制するという。韓国の家計債務は、対GDP比で100%を超えている。80%以上になると個人消費が落込むので、韓国経済を蝕む結果になる。家計向け融資の抑制は、長い目で見て景気対策になるという妙な方程式ができあがっている。

     

    (4)「李昌鏞(イ・チャンヨン)韓国銀行総裁は、負債急増の責任を負わなければならない政府が、「金利据え置きは残念だ」としたことに対して、「なぜ利下げに躊躇しなければならないほど、構造的問題に陥ったのか省察が足りない」と厳しい忠告をした。今の家計負債の状況は、「金融危機を招きかねない水準だ」と話した。もはやすべての経済主体が苦痛を分担しなければ、過度な借金による危機を乗り越えることは難しそうだ」

     

    韓国銀行の李総裁は、物事をハッキリと言う性格だ。元ソウル大教授でIMFではアジア局長を務めた金融のエキスパートである。それだけに、韓国経済の脆弱ぶりに落胆している様子が、外部からも分るのだ。李総裁の辣腕に期待するほかない。

     

     

     

     

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    不況が住宅から鉄鋼へ

    中国鉄鋼3割が倒産も

    日本は迅速な構造改革

    中国住宅投資6割減も

     

    中国経済は、飛行機の「ダッチロール(蛇行)」現象と同じ混迷状態にある。習近平国家主席は、「三種の神器」(EV・電池・ソーラーパネル)の生産増強によって、国内はもとより海外市場も独占する狙いであった。この狙いは、国内外で完全にはずれた形になっている。国内は過剰生産で価格が暴落。海外市場は、ダンピング輸出として警戒され、高関税で遮断されている。となると、中国経済のダッチロール化は不可避であろう。

     

    中国経済が、このような混迷状態へ突入した最大の理由は、政府として不動産バブルの後処理を完全に行わない点にある。住宅の過剰供給がもたらして弊害は、企業や地方政府の問題として処理できる範疇を超えている。その端的な例を、次に示したい。

     

    碧桂園は、中国不動産開発最大手であったが、今は倒産危機に見舞われている。その23年中間決算では、借入金が1500億元余り(約3兆円)と債務総額の比べて意外に少ないのだ。負債総額に占めるシェアは12%である。だが、過半は前受金(44%)と買掛金(33%)と非金融機関が占めている。この負債状況から、銀行債務が少ないという間違った判断が生まれている。恒大集団も似たような負債構成である。

     

    碧桂園は、前受金と買掛金が債務総額の77%も占めている点に注目していただきたい。前受金は、住宅購入者が予約と同時に住宅ローンを支払い始めており、未だに竣工住宅を受け取っていないことを示している。買掛金は、資材買付けでの未払い分である。碧桂園は、銀行への直接債務が少なくてよかったという判断にならないのだ。住宅購入者と資材納入業者が、債務総額の約8割の負担を背負わされている。この実態から、不動産バブル崩壊の後遺症は社会全体へ広く拡散されているのだ。

     

    不況が住宅から鉄鋼へ

    こういう視点で、今回の不動産バブル崩壊を見つめ直すと、習近平氏のように「三種の神器」推進で、中国は「新しい質の経済」へ移行できるなどと言えない状況に置かれている。社会全体が、不動産バブル崩壊の被害を広く被っていると判断すべきである。それは、住宅建設と裏腹の関係にある鉄鋼産業に「赤信号」が出てきたことにもみられる。

     

    中国鉄鋼業は、世界の粗鋼生産で57%の生産シェア(2020年)を占める。中国名目GDPの世界シェアは、17.8%(2022年)であるから、ざっとその3.2倍もの粗鋼生産である。

     

    こうした巨大化した中国鉄鋼業が、これから「無傷」であり続けられるはずがない。大愁嘆場を迎えるのは不可避であろう。過去の日本鉄鋼業も、高度経済成長を牽引した主役だ。八幡・富士・日本鋼管・住金・川鉄の5社体制であった。それが現在は、八幡・富士・住金は日本製鉄へ統合し、鋼管・川鉄はJFEへ衣替えした。日本鉄鋼業は、2社体制に集約化されたのだ。この例から分るように、中国鉄鋼業が再編成へ向かうのは不可避となった。中国の時代が、終焉を迎える象徴的な事例は鉄鋼業に現れるはずだ。

     

    中国鉄鋼業の生みの親は、日本鉄鋼業である。トウ小平が初訪日(1978年)の際に新日鉄(当時)の君津製鉄所を見学し、「中国にもこういう最新鋭製鉄所がほしい」との発言がきっかけになった。これは、有名な逸話として残っている。中国は、こうして世界最新鋭製鉄技術を入手して、その後は破竹の勢いで増産体制を築いた。

     

    2005年以降の中国粗鋼生産の世界シェアは、次のような推移をたどった。

    2005~08年 30%台

    2009~12年 40%台

    2013~17年 50%前後

    2018~21年 50%台  ピークは2020年の57%

     

    この推移をみると、習氏が国家主席に就任した2012年(実質は13年)以降に中国粗鋼生産の世界シェアが急増していくことが分る。とりわけ、2018年以降の世界シェアが50%台を超えたことだ。こうした状態が、「異常」であるとして警戒しなかったことは、中国としてその後の傷跡を深める事態になった。「山高ければ谷深し」である。これは、あらゆる経済現象において真実である。中国は、「噴火口」で狂喜乱舞していたことになる。中国もついに否応なく、景気循環という経済の鉄則に従う事態を迎えたのだ。

     

    中国鉄鋼3割が倒産も

    世界最大手の鉄鋼企業、中国宝武鋼鉄集団を率いる胡望明董事長は8月14日、つぎのように鉄鋼悲観論を述べた。「鉄鋼業界の『冬』、つまり危機は『予想以上に長く、寒く、厳しい』ものになる可能性が高い」と発言した。背景には、中国不動産市場が、21年から不況に見舞われていることだ。世界の鉄鋼業界は、2008年と15年に壊滅的な不況に直面し、中国は乱立していた鉄鋼メーカーの統合につながった。宝武自体も16年に宝山鋼鉄と武漢鋼鉄が合併して誕生した経緯がある。(つづく)

     

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