中国政府は、国債相場に対して他国にみられない行動をみせている。国債価格の急騰に危機感を募らせているからだ。国債は、国家が信用保証する「最強の債券」である。他国では、国債価格が上がれば利回りが低くなるので、長期金利低下によって投資を増やす効果を生むのだ。中国では、こういう理屈が通らない別個の事情を抱えている。国債価格が急落した場合、国債を多数保有する地方の金融機関が倒産する危機に陥るのだ。
『ウォールストリートジャーナル』(8月26日付)は、「中国国債の強気相場、政府が気に入らないのはなぜ」と題する記事を掲載した。
中国には強気な市場が一つある。だが政府はそれが気に入らないようだ。中国の株式市場や住宅市場が低迷する中で、ある資産が際立っている。それは国債だ。10年債の利回りは1年前の2.6%前後から2.15%近辺(22日時点)まで低下(価格は上昇)している。
(1)「大抵の国――特に中国のように警戒すべき景気減速に見舞われた場合――では、この状況は歓迎されるだろう。だが中国当局は、国債の価格急騰を食い止めようと並々ならぬ努力をしてきた。それが奏功し始めている。国有銀行が大量の国債売りに転じたとの見方を背景に、中国国債利回りはここ1週間ほどで実際に上昇している(20日時点)。また強気相場を抑える一環として、中国人民銀行(中央銀行)は先月、「数千億元」の国債を借り入れる契約をブローカーと結んだと発表(1000億元は約2兆円)。規制当局も債券市場で活発な動きを見せる銀行に対する監視を強化している」
全ての価格が値下がりしている中国で、国債価格だけが高騰する。これは、政府として警戒するのだろう。国債価格の暴落が起これば、その波及先が大被害を受けるからだ。
(2)「各国中銀が債券市場に介入するのはよくあることだが、利回りを上昇させるための介入は珍しい。人民銀は先月、短期金利を引き下げたばかりだ。国債利回りを逆方向に動かそうとする強引な取り組みは、中国経済に関する新たな懸念材料だ。もし債券価格上昇が急に反転した場合、銀行が巨額の損失を被りかねないためだと公式には説明されており、例として米国のシリコンバレー銀行(SVB)を挙げている。SVBは昨年、大量の預金流出に見舞われて経営破綻した。米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げを始める前に購入した米国債の含み損を心配した預金者の取り付け騒ぎが起きたためだ」
中国の国債価格が暴落する事態になれば、米国で昨年起こったシリコンバレー銀行(SVB)のように、預金取付けが起こりかねない。中国が、神経を使っている理由だ。
(3)「確かに中国国債には、投機熱が高まる兆しがあった。出来高は急増し、一部の相場の動きは理性を欠いていた。例えば、5月に売り出された30年物国債は初日に価格が25%上昇した。国債市場で通常予想されるような変動幅ではない。だが一方で、投資家が低利回りだが基本的にリスクのない資産に殺到しているのには、非常に強い根本的な理由がある。第一に、中国経済は住宅市場の崩壊が足かせとなり、今も低迷している。米国や西欧を悩ませるインフレへの懸念ではなく、物価下落圧力が問題になっている。7月の中国消費者物価指数(CPI)の食品とエネルギーを除いたコア指数は、前年同月比0.4%上昇にとどまり、6月の0.6%上昇から減速した」
中国で国債人気が急増しているのは、他に安心して投資できる対象がないからだ。中国経済が総崩れしている結果である。
(4)「さらに、投資先の有望な選択肢がない。上海と深圳に上場する主要銘柄で構成されるCSI300指数は年初来2%安(22日時点)で、昨年まで3年連続で下落している。不動産市場はかつて中国の世帯に最も人気の投資先だったが、深刻な不況の中にある。7月の主要70都市の新築住宅価格は前年同月比で5.3%下落した」
かつては、不動産市場が最も人気の投資先だった。それが、現在の不動産不況で投資対象でなくなった。消去法で行けば、最後に残ったのが国債となる。
(5)「中国政府が最も懸念するのは、債券利回り低下ではない。それが、中国経済について何を物語るかということかもしれない。銀行は資金を貸し出すよりも、かつてない低利回りの国債を喜んで保有するということだ。この国では、ニュースメディアやインターネットで流れる経済悲観論のような不快なニュースを削除するのは簡単だが、検閲できない債券利回りは問題の兆候とみなされる」
うがった見方をすれば、中国政府にとって国債利回りの急低下が中国経済の悲観論になることを恐れているのであろう。
(6)「政府が厳密に管理する金融システムでは、政府の誘導が少なくとも短期的には効果を生むかもしれない。だが債券利回りの持続的上昇に向け、中国政府は対症療法だけではなく、経済を曇らせている原因に対処する必要がある。すなわち住宅市場を立て直し、消費を喚起し、投資への信頼回復に努めることだ。それははるかに難路となるだろう」
下線部分は、真っ当な指摘である。結果(国債利回り急低下)を恐れる前に、原因(経済不振)を解決すべきとしている。