勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    2024年09月

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    中国国家統計局が30日発表した9月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.8だった。前月より0.7ポイント高かったが、5カ月連続で好調・不調の境目である50を下回った。受注が振るわなかったのが響いたもの。海外からの新規受注を示す指数は、1.2ポイント低下して47.5で、5ヶ月連続で50を割り込んでいる。

     

    中国の李強首相は29日、国務院会議で演説し、当局者は新しい漸進的経済政策を「適時」検討するとともに、コンセンサスと信頼構築に向けあらゆる方面の意見に耳を傾けると表明した。中国国営の中央テレビ(CCTV)が報じた。このように、中国は「臨戦態勢」である。

     

    『ブルームバーグ』(9月30日付)は、「中国の製造業活動、5カ月連続で縮小ー早急な刺激策の必要性示唆」と題する記事を掲載した。

     

    中国の製造業活動が9月に5カ月連続の縮小を示した。景気低迷を示唆しており、中国当局による早急な刺激策の必要性が浮き彫りとなっている。

     

    (1)「国家統計局が30日発表した9月の製造業購買担当者指数(PMI)は49.8。経済活動拡大・縮小の境目は50となっており、2023年4月以降で拡大を示したのはわずか3カ月にとどまっている。8月は49.1だった。建設業とサービス業を対象とする非製造業PMIは50。8月は50.3だった」

     

    企業の規模別でみると、大企業は前月から0.2ポイント上昇して50.6となり、引き続き50を超えた。中堅企業や民間企業が多い中小零細企業は50を下回った。海外からの新規受注を示す指数は1.2ポイント低下して47.5で、5ヶ月連続で50を割り込んだ。内需不足を輸出でカバーしているが、その受注が不振である。こうして、ますますダンピング輸出へ迫力がかかっている。

     

    (2)「国家統計局の趙慶河氏は発表文で、「有効需要の不足で製造業の市場価格の全体的な水準は引き続き下落したが、マイナス幅は縮小した」と説明した。一方、同日発表された財新製造業PMIは9月に49.3と、50を割り込んだ。8月は50.4だった。また、財新サービス業PMIも50.3と、8月の51.6から鈍化。1年ぶりの低水準にとどまった」

     

    中国のPMI調査は、2種類ある。国家統計局調査と民間調査の財新(経済新聞)である。政府調査は大企業にウエイトがかかり、民間調査は中小企業のウエイトが高いという特性を持っている。

     

    財新PMIでは、9月の製造業とサービス業がいずれも悪化している。これは、政府調査のPMIと合せてみると、中国経済全体の地盤沈下が進んでいることを示している。

     

    『ブルームバーグ』(9月30日付)は、「中国、新しい漸進的経済政策を『適時』検討へー李首相が演説」と題する記事を掲載した。

     

    中国の李強首相は29日、国務院会議で演説し、当局者は新しい漸進的経済政策を「適時」検討するとともに、コンセンサスと信頼構築に向けあらゆる方面の意見に耳を傾けると表明した。中国国営の中央テレビ(CCTV)が報じた。

     

    (3)「李首相は、年間目標の達成を目指す政府機関が、既に決定している政策の実施ペースを加速し、経済運営の重要課題に対処していくと述べた。会議では、政府の5カ年計画に盛り込まれた主要プロジェクト102件の実行を加速するための方策も協議された。その中で、責任の統合や部門間の連携強化なども取り上げられた」

     

    相変わらず、インフラ投資依存から抜けきれずにいる。5カ年計画に盛り込まれた主要プロジェクト102件の実行を加速するというのだ。経済悪化の本質を把握していない証拠であろう。

     

    (4)「政府は、「あらゆる方面の意見に耳を傾け、政策手段を絶えず最適化・改善していく必要がある」と李首相は訴えた。これとは別に中国人民銀行(中央銀行)が同日に声明を発表し、「穏健な金融政策を正確かつ効果的に実施するとともに、景気循環調整に一段と配慮する必要がある」と指摘した。また、既存の住宅ローン金利を引き下げ、不動産市場の「安定的かつ健全な発展」を促進するための計画にあらためて言及した

     

    下線部は、対症療法である。住宅ローン金利を引下げれば、それで景気浮揚が実現できるのではない。国民の「不安心理」解消が根本策である。

     

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    地方行脚で実態を把握

    石破氏は円安被害熟知

    金融正常化を妨害せず

    円キャリ9割余未精算

     

    次期自民党総裁は、石破茂元幹事長に決まった。決選投票にもつれ込み、高市早苗経済安全保障相との決選投票を21票差で制した。石破・高市の両氏は、政策が対照的であった。石破氏は、岸田首相の政策を継承するとした。高市氏は、安倍元首相のアベノミクスを復活させると主張した。総裁選の「最大勝利者」は、岸田首相との説があるほどだ。 

    最大野党の立憲民主党代表は、元首相の野田佳彦氏が就任し「保守的革新派」とも称されている。それだけに、タカ派的色彩の濃い高市氏では総選挙が不利という判断も働いたのであろう。今回は、「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」という言葉の意味を再認識させた。「桶狭間の戦い」に喩えれば、軍勢劣勢な「石破軍」が大軍の「高市軍」を破ったようなものであろう。 

    石破氏は、自民党内で「異分子」とみられてきた。自分にとって、政治的に不利なことでも「直言」するので、党内で同調者を増やさなかった理由とされている。その直言居士が自民党総裁に当選したのは、三木武夫氏が首相(1974~76年)になったケースを彷彿とさせる。小派閥を率いた三木氏が、金脈問題で田中角栄首相が退陣した後の混乱期に、「クリーン」イメージを掲げて登場した。自民党には、こういう「振り子の原理」による疑似政権交代で、政治危機を乗り越えようとする独特の「浄化作用」が働いている。


    今回の政治危機は、自民党派閥の裏金事件である。政治パーティー会費の余剰分が、政治家本人へ回流し裏金となったものだ。岸田首相に直接の関わりはないが、党総裁としての責任を取り総裁選へ立候補せず辞任する道を選んだ。それだけに無念の思いも強く、石破氏への支援となったとみられる。石破氏が、岸田首相の政策を継承する流れの背景だ。 

    地方行脚で実態を把握

    石破氏は、これまで防衛問題について積極的に発言してきた。防衛長官と防衛大臣を務めていることがその裏付けだ。経済問題については、積極的な発言をしていない。自民党要職や閣僚から遠ざかっていたこともその背景にある。ただ、著書の中では明確に経済政策のあり方を指摘していた。 

    「経済政策は、金融緩和と財政出動によるものから、次の段階では賃金引上げ政策を行うべきだ。それには、地方経済を担う中小企業の活性化が必要である。地方創生が重要だ」(石破茂『政策至上主義』(2018年)。石破氏は、アベノミクスの意義を認めている。その上で、次の段階で賃上げを唱えていた。今から6年前の発言である。慧眼と言えよう。

     

    石破氏は、今回の総裁選立候補に当って経済政策について格別の発言はない。ただ、岸田首相の政策を踏襲すると明言したことから、経済政策の流れに変化はなさそうだ。日銀の政策についても独立性を守る姿勢をみせている。金融緩和と財政出動への依存から卒業して、日本経済の正常化を促進する基本スタンスを取っている。 

    ここ12年間の経済政策は、次のような流れを引き継いでいる。

    1)安倍元首相のアベノミクスによる「カンフル剤」

    2)岸田首相の「マイナス金利」脱却と賃金引き上げ

    3)石破政権の賃金引き上げ促進と地方創世政策で、日本経済の正常化総仕上げ 

    こうした経済政策推移をみると、高市氏は経済政策の歯車を逆転させて、アベノミクス「カンフル剤」へ逆戻りさせようとしている。実は、この点が極めて危険なのだ。 

    高市氏は、金利引上げに反対という姿勢をとった。これが、為替市場では「円安容認」と受け取られて、投機筋からの活発な円安を誘うことになったのだ。高市氏は、無批判に「アベノミクス」を継承する姿勢を取っているが、アベノミクスの役割はもう終わったのだ。アベノミクスは、緊急避難的な性格を持っており、その段階から、現在は次の正常化へ向う時期に入っている。この区別が曖昧なままに、金融緩和・財政拡大を言い募ることは、日本経済にとって最も悪しき選択になる。

     

    人間は、社会人になる最初の職業経験が長く影響するものだ。岸田首相が、「資産立国」と歴代首相が言わなかったことを始めた動機には、就職先が日本長期信用銀行であったことが影響しているだろう。岸田氏は、バンカーとしての人生第一歩が、金融問題への関心を深めた背景とみられる。石破氏は、三井銀行が最初の就職先である。父親の急死で政治家になった意味では、石破氏も「政治家二世」である。だが、バンカーという経験によって、日銀へ干渉しない常識論を自然に身につけた。首相として重要な資質である。 

    米国では、トランプ前大統領が頻りとFRB(連邦準備制度理事会)議長パウエル氏に対して、「私が大統領に復帰したならばクビ」と暴言を吐いている。FRBは、法律によって独立性が維持されている。トランプ氏が、仮に大統領へ復帰しても「クビ」は不可能である。中央銀行の独立性を脅かす発言は、米国でも政治的なものとして忌避されている。高市氏が、日銀の独立性について無頓着な発言をすることは反省すべき点だろう。

    (つづく)

     

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    中国で日本人が狙われている。中国の王毅外相は「偶発的事件」としてうやむやに処理する積もりかも知れないが、外国人の安全を守れないとは、国家として最大の恥辱であろう。1900年、清朝末期に「義和団」が外国人を襲撃し国際的事件に発展した。国内の不満が爆発したものだ。日本人襲撃は、国内の経済的不満が政府の反日宣伝に重なって起こったものとみられる。もし違うならば、事件捜査の全貌を公開すべきであろう。

     

    『日本経済新聞 電子版』(9月29日付)は、「『弱くなる中国』こそ脅威」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙編集委員の高橋哲史氏である。

     

    中国で暮らす外国人には必ず通らなければならない「儀式」がある。地元の公安局に赴き、居留許可を取る手続きだ。かつては常に長蛇の列ができていた。とにかく待たされる。ほぼ1日がかりの苦行である。

     

    (1)「私も北京に赴任した2007年秋に経験した。数時間並んでようやく窓口にたどり着き、無愛想な警察官からいくつも質問を受ける。疲れといら立ちが募り、どんな内容だったかは覚えていない。ただ、向こうが口にした最後のひと言だけはいまも耳に残っている。「安心してください。われわれはメンツをかけて外国人の安全を守りますから。名誉、あるいは世間体、体面といった日本語にあたるだろうか。「面子(メンツ)」ほど中国人が大切にするものはない」

     

    中国社会は、自分より実力のある者には「へりくだる」。だが、実力の劣るとみた相手には「傲慢」に振る舞う国である。現在の「戦狼外交」は、傲慢になっている証拠だ。国内は、この傲慢と経済疲弊が重なり合った複雑な心理状態が渦巻いているのであろう。

     

    (2)「当時、中国は高度成長のまっただ中だった。北京五輪を翌年に控え、猛烈な勢いで日米欧に追いつこうとしていた。外から見て恥ずかしくない国にしたい。そのためにも外国人を危険にさらすわけにはいかない。生活にゆとりができ、これからは外国と対等に向き合っていけるという自信が社会にみなぎっていた。あのときのメンツはどこに行ったのだろうか。広東省深圳の日本人学校に通う10歳の男児が、中国人の男に刺されて亡くなる痛ましい事件が起きた。中国の当局は何をしていたのかと憤りを覚える。6月にも江蘇省蘇州で日本人の母子が刺され、児童らを守ろうとした中国人の女性が亡くなったばかりだ。同様の事件を防げなかった当局の責任は重い」

     

    日本人の被害は、今回のほかに6月にも起こっている。中国政府は、この間に有力な再発防止策を取らなかった結果が、今回の事件を引き起したとみられる。

     

    (3)「信じがたかったのは王毅(ワン・イー)共産党政治局員兼外相の発言だ。「偶発的な個別事案だ」。メンツを捨て、開き直ったようにしか聞こえない。中国経済は深刻な不動産不況を背景に、かつてない苦境にある。多くの人は生活に余裕がなくなり、将来に不安を抱く。やり場のない怒りが「外国人」に向きやすくなっているのは間違いない」

     

    中国は、日本に頭を下げたくないのだ。だから、「偶発的な個別事案だ」などと言っているにちがいない。

     

    (4)「一つの国家が衰退期に入ると、しばしば排外主義が芽ばえるのは歴史の教訓だ。中国では清朝末期の1900年に起きた義和団の乱が典型だろう。崩壊寸前だった清朝の下で経済はにっちもさっちもいかなくなった。外国人排斥を掲げる義和団はたちまち人々の心をつかみ、北京で各国の公使館を襲った。そんな歴史をどこまでわかっているのだろうか。蘇州で日本人の母子が襲われた直後、中国のSNSに「現代の義和団成立」という書き込みがあると報じられた。背筋が凍った。「日本人学校はスパイ養成機関」といったあり得ない情報もネット上に流れている。今回の事件を引き起こす一因になった可能性は否定できない」

     

    外国人を襲うのは、特別な理由があるだろう。排外主義という理屈によって行動しているはずだ。現在の中国は、経済が極度に不振である。失業者の群れができている中で、鬱積した不満を外国人へ向けてくる。清朝末期の義和団を想起するほかない。

     

    (5)「それなのに習近平政権はそうした誹謗中傷を放置してきた。人々の不満のはけ口に外国人排斥の機運を利用したのではないかと疑われても仕方がない。習国家主席の1強体制は盤石にみえる。しかし、それは国家を統治する能力とは別だ。経済の低迷で暮らしが行き詰まれば、人々は共産党への不信を募らせる。習政権が不満の目をそらすために反スパイ法を強化し、外国人への憎悪をあおっているとすれば危うい。「強くなる中国」に備える時代は終わった。「弱くなる中国」の脅威にどう向き合うか。自民党総裁選に勝利し、次の首相になる石破茂氏が直面する日本の死活的な問題である」

     

    これからは、「弱くなる中国」が日本へいろいろと災難をもたらすだろう。「日中友好」が終わって、「日本敵視」が始まる事態は、なんとしても防がなければならない。どうするか。中国政府へ厳重抗議するほかない。内密に済ます時代は終わった。

     

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    中国政府は、今年も後3ヶ月を残す時期になって大慌てしている。24年の成長率目標は「5%前後」であるが、現状では未達成に終わるからだ。そこで、特別国債2兆元(約160兆円)の追加投案が報道されるなど、「やる気」をみせている。しかし、果たしてその効果はどの程度か疑問視されている。

     

    『ロイター』(9月27日付)は、「中国景気対策は力不足、長期的効果には構造問題への対応が鍵」と題する記事を掲載した。

     

    中国当局者にとって忙しい1週間だった。政府は約2兆元(2844億ドル)相当の特別国債を発行する予定だと、ロイターが26日に関係筋の話として報じた。同じ日に中国の最高指導者らは、今年の経済成長目標の達成に向けて「必要な財政支出」を行うと表明した。この数日前には中国人民銀行(中央銀行)が大幅な利下げを含む金融緩和措置を発表した。

     

    (1)「これらはいずれも、18兆ドル規模の中国経済の長期的見通しを変えるには十分ではないだろう。特別債の発行額は昨年の国内総生産(GDP)の1.4%に過ぎず、多くのエコノミストや投資家が期待していた「何でもやる」という大盤振る舞いにはほど遠い。2009年に打ち出した景気刺激策は4兆元で、GDPの約12%だった。しかも実際にどれだけの金額が消費者の懐に入るかは分からない。ロイターの報道によると、今回の景気刺激策のうち1兆元は国内支出の拡大に充てられ、残りの1兆元は地方政府の債務問題を解決するために使われるという

     

    GDP18兆ドルの中国経済が、追加国債2兆元(2844億ドル)を投下しても1.4%にすぎない。とても経済立直しには役立ちそうもない。リーマンショック後の2009年には、景気刺激策が4兆元でGDPの約12%の規模であった。これが、テコになって、中国経済は軌道に乗った。今年の2兆元追加のうち、1兆元は地方政府の債務返済に使われる。景気刺激効果はないのだ。

     

    (2)「ブルームバーグは今週情報筋の話として、当局が1兆元の国債を追加発行して大手銀行に資本注入することを検討していると報じた。実現すれば08年以来となる。詳細は不明だが、政府の財政出動の大部分は主に地方政府の救済と国有銀行の強化が目的で、つまり政府自身に向けられているように見える。消費者に向けた取り組みも期待外れだ。ロイターの報道によれば、財政省は家庭と企業を対象とした既存の商品下取りプログラムを拡大するほか、子どもが2人以上いる世帯には子ども1人につき毎月約800元(約1万6000円)の手当を支給するという」。

     

    追加国債1兆元(約20兆円)は、消費者救済対策に使われない。既存の商品下取りプログラムなど、これまでと同じ「陳腐」な使われ方だ。

     

    (3)「全体として、ロイターが報じた2兆元の対策は、来年にかけてGDPを0.4%押し上げる可能性があるとキャピタル・エコノミクスは予想している。しかしより実質的で長期的な効果を上げるには、財政支出を増やすだけでなく、構造的な問題に取り組むために資金を振り向ける必要がある。モルガン・スタンレーのアナリストは、成長を実質的に押し上げるには今後2年間で10兆元が必要で、大半を年金と医療に充てるべきとしている

     

    中国の疲弊しきっている民衆を救済するには今後、2年間で10兆元(約200兆円)が必要で、その大半を年金と医療に充てるべきだという。このくらい、抜本的な対策を打たない限り、中国経済は動かないと指摘している。

     

    (4)「政策発動で株価は急伸した。これは、経済成長を促進するために支出を増やすという正しいメッセージを中国当局がようやく発したからだ。しかし、やり抜くかどうかは別の問題だ」

     

    中国の株価は、政府の景気刺激策発表で反騰した。さらに、株価対策を続けるのか見物である。

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    先進国では、70歳定年制が定着し始めている。中国の定年制は現在、男性が60歳、ホワイトカラーの女性は55歳、工場勤務の女性は50歳だ。急速な少子高齢化によって、年金財政が2035年には破綻する試算まで出ている。こうした中で中国政府は7月、定年を段階的に引き上げる方針を決めた。 

    定年は、2025年1月から引き上げを始め、男性は15年後までに現状の60歳から63歳になる。女性は50歳から55歳へ、女性のうち幹部は55歳から58歳へ上げる。いずれも10〜12年間かけて段階的に引上げる。こうした定年延長が、中国の年金問題を解決できるのか疑問が呈せられている。60歳以上の人口は、現在の2億8000万人から35年には4億人余りに増える見通しだ。年金財政が、国家財政に重圧となる。 

    『ロイター』(9月28日付)は、「中国が定年引き上げ、それでも年金問題解決には一段の改革必須」と題する記事を掲載した。 

    中国が、法定退職年齢の段階的引き上げを決定した。年金財政赤字の解消と縮小を続ける労働力人口の回復に向け、ようやく第一歩を踏み出した格好だ。ただ経済の減速に伴って今後さまざまな痛みがより大きくなる以上、エコノミストや人口動態の専門家らは、さらなる改革が待ったなしだと主張している。 

    (1)「少子高齢化は世界共通の現象だが、中国では30年続いた一人っ子政策によって人口構成がいびつになった影響から、特にその傾向が鮮明。昨年の出生人口は900万人に落ち込み、国連の見通しに基づくと中国の労働力人口は、現状の出生率が続けば2010年から50年までで40%近くも減ることになる」 

    現在の出生率では、2010~50年までに生産年齢人口が40%も減る。この急減速に、中国経済は保つだろうか。これが、年金財政を考える上で最大の難点である。

     

    (2)「中国では老いも若きも、こうした変化に懸念を深めている。政策担当者が都市部と農村部の年金格差や社会の安定化、若者の高失業率に有効な手を打てないからだ。ナティクシスのアジア太平洋チーフエコノミスト、アリシア・ガルシア・エレロ氏は「年金問題は今すぐ解決しなければならない。なぜなら、今ならまだ赤字を穴埋めするために必要なある程度の経済成長を確保できているからだ」と述べた。2000年代初めに8%前後だった中国の成長率は5%前後まで鈍化している。しかし同氏によると、35年以降は最低1%程度に下振れしかねないという」 

    2035年以降の中国GDPは、1%程度に下振れするリスクを抱えている。不動産バブル崩壊という歴史的な経済破綻の重圧が、経済成長率を引下げるのだ。 

    (3)「全国人民代表大会(全人代)は、こうした世間の不安を踏まえ、1950年代に定めた法定退職年齢の引き上げを市中協議なしで迅速に決めた。それでも中国の公的年金財政は依然としてひっ迫している。省レベルの年金財政は全体の約3分の1が赤字運営で、中国社会科学院は、改革を実行しなければ35年までに年金の財源は枯渇すると警告した。また都市戸籍の住民は、中小都市でも毎月およそ3000元(約6万1200円)、北京や上海なら6000元前後の年金が支給されるのに対して、農村戸籍の住民は09年にやっと公的年金の支給対象となったが、金額は雀の涙でしかない」 

    省レベルの年金財政は、すでに全体の約3分の1が赤字運営に陥っている。都市住民は、高額年金だが、農村部は「雀の涙」で月額123元(約2500円)である。これでは生きていけないのだ。

     

    (4)「中国の人口に占める60歳以上の比率は、35年までに少なくとも40%まで上昇し、全体で4億人と米国と英国の合計人口に匹敵する見通しだ。働き手のうち、多額の年金がもらえる公的セクターの労働者は定年延長を選択する動機は乏しい半面、年金が少ない農村部からの出稼ぎ労働者はより長く仕事を続けようとする。一方今回の決定には、年金受給対象となるための保険料の最低納付期間が15年から20年に延ばされることも盛り込まれている」 

    年金受給資格は、保険料を20年かけなければならなくなった。定年延長に応じて、働かざるを得ない仕組みになっている。 

    (5)「香港科技大学のスチュアート・ギエテル・バステン氏は、単発契約や非正規労働が増えている現状を踏まえると、最低納付期間の延長によって、多くのブルーカラー労働者にとって年金受給資格を得るのが一段と難しくなる恐れが出てくると指摘した。またガベカル・ドラゴノミクスの中国消費者アナリスト、エルナン・クイ氏は、定年引き上げが労働者の懐を潤す効果は当面限定的にとどまると予想する。その理由として、多くの労働者にとって定年延長は選択制だが、最低納付期間が長くなるのは義務である点を挙げた」 

    年金保険料の納付期間延長は、日雇い農民工にとっては厳しい条件である。雇用がそれほど長期にわたり保証されていないからだ。 

    (6)「ムーディーズのアナリスト、ジョン・ワン氏は、定年制度改革の成否は、技能を備えた高齢者をそろえられるか、技術革新に即した仕事や適応力を提供できるかといった問題にうまく対処できるかどうかにかかっているとの見方を示した」 

    労働者が、定年延長に応えて働ける技能を持っているかも問われる。農村部では、経済的な理由から義務教育も満足に受けていない人たちが多いのだ。中国の高齢化社会は、厄介な問題を引き起す温床になりかねない危険性を帯びている。

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