2025年の世界を動かすのは、米国の次期大統領トランプ氏と中国国家主席習近平氏の外交的な駆け引きであろう。習氏は、経済破綻という手負い状態にある。このハンドキャップをどのように乗り越えて、トランプ氏へ対抗するのか。外交的に柔軟性を求められる局面にある。だが、習氏は昨秋の日中首脳会談で、「千万人と雖ども吾往かん」(千万人といえどもわれいかん)と強気発言をしたという。
この言葉は、習氏が好んで使う言葉である。「自分ひとりで千万人の敵に立ち向かう」とは素晴らしいことだが、真の「勇者」はこういう言葉を人前で発するだろうか。心中秘かに決意する言葉であって、勇者は使わないであろう。他人へ「強がり」を言っているようにみえるのだ。自ら抱える「弱音」を鼓舞しているのだろう。
『日本経済新聞 電子版』(1月1日付)は、「『敵が千万でも闘う』、習氏が石破氏に吐いた本音と苦悩」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙編集委員 中沢克二氏である。
中国国家主席、習近平が、日本の首相の石破茂を前に、内政・外交を巡る現状への危機認識と、そのハードルを乗り越えようとする強い意気込みを示していたことが明らかになった。2024年の年末にかけて中国内の政治関係者らが極めて婉曲に発信している。
『千万人と雖(いえ)ども吾(われ)往(い)かん』。中国語を漢文の書き下し文で正確に記すなら、これが2024年11月15日、ペルーで開いたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を利用した日中首脳会談で習が口にした言葉である。出典は、中国の古代、戦国時代の思想家、孟子の言を記した書である。
(1)「中国の内政面からみた読み解きが必要だ。実は、中国共産党内の「政治学習」やメディアでは習・石破会談よりはるか前から「千万人といえどもわれいかん」という習自らの言葉が繰り返し引用されてきた。なぜなら元々、習が愛してやまない孟子の言葉であるからだ。そもそも既に権力集中に大成功したとされる絶対権力者が、いまだに「千万人といえどもわれいかん」と自ら訴えるのは、理にかなっていない。普通に考えれば、周辺に明確な敵など存在しないはずである。だが、この言葉は既に13年目に入った習政治の本質、そして今後の方針をも指し示している。そういう見方も可能だ」
習氏は絶対権力者となった今、「千万人といえどもわれいかん」などと言わざるを得ないのは、「見えない敵」に囲まれている悩みを打ち明けている。習氏は、勇者でなくわれわれと違わない「一般人」である。
(2)「この解釈には根拠がある。ペルーでの日中首脳会談のちょうど1年前の23年11月、米サンフランシスコで開いたAPEC首脳会議で習は、こう発言していた。「中国の古人は言った。『道が正しければ、千万人といえどもわれいかん』と」。更に遡ると、22年10月の第20回共産党大会で自ら出席した分科会討論の場でも習は同じ言い回しを使った。「千万人といえどもわれいかん。何を恐れることがあるのか」。明確な抱負だった」
習氏は、毛沢東を心の師と仰いでいる。常に毛沢東と比較して、自らの弱さを奮い立たせているのだろう。だが、比較は無理である。時代環境が違いすぎるからだ。
(3)「具体的にどういうものなのか。習政権への無言の圧力が強まる原因は、長く続く中国経済の不調と、若者の失業率高止まりが象徴する社会的な不安の増大だ。24年後半には、以前なら考えられない凶悪で悲惨な事件が次々起き、多くの人命が失われた。それでも習自身が繰り返す言葉は全く変わっていない。自分としては信念を曲げる気はさらさらないというサインだ。敷衍(ふえん)すれば、2年後に迫ってきた27年次期共産党大会でも「トップとして続投し4期目入りする」という意欲にもみえる。だが、闘わなければ勝ち取れないことも自覚している。そこには苦悩もあるのだ」
習氏も人の子である。無慈悲ではあるまい。その心の弱さをみせれば、自分の地位を失う。習氏は、求めてはならない地位を得てしまい、それ故に苦闘しているのだろう。明らかに悲劇である。
(4)「習が繰り返す敵対者、反対者はいったい誰なのか。それはいまだ特定しにくい。とはいえ、共産党の絶対指導下にあるはずの人民解放軍の中では、明らかに習体制の根幹に関わる本質的な議論がなされている。軍の最高意思決定機関である中央軍事委員会の機関紙『解放軍報』も、習政権で強調されてきた「みだりに(共産党)中央について議論してはいけない」という指示を無視するかのような主張を続けているのだ。集団指導制、民主集中制、党内民主、各層共産党委員会を仕切る党書記の真の役割に関する自由闊達な議論である。もっとも、これらは中国共産党員が守るべき規律が列挙されている党規約に全て明記された原則内の議論だ。それ自体は全く問題ないはずである」
習氏の忠実な「部下」とみてきた人民解放軍内部で、微妙なすれ違いが起っている。台湾侵攻になれば人命を失う。同胞を「討つ」ために、一人っ子を犠牲にする「無意味」さに軍内部は気付いているのだろう。一人っ子が、「台湾侵攻反対」の障害なのだ。
(5)「そして、軍内では「重大な規律違反」の容疑による大物軍人粛清の嵐が終わらない。対象には、かつて習自ら抜てきした「習派」に属する側近といわれる人物まで含まれている。今、なぜ軍の一部が政治的にこうも先鋭的になっているのか。解釈は難しい。万一、敵が千万人でも闘うべきだとした習の相手に、共産党の守護者である軍も明確に含まれるなら不穏だ。この複雑に絡み合った謎は、次期共産党大会が2年後に迫る今年25年中にも解かれることになる」
このパラグラフは、極めて重大なことを示唆している。軍内部から軍上層部の汚職腐敗摘発が、起こっていることに注目すべきだ。習氏の足下が狙われているのだろう。




