甲子園の高校野球は、昔も今もドラマを生んでいる。今日も熱戦が繰り広げてられているが、韓国系である京都国際高校が出場した。韓国では、韓国語の校歌が日本全国に響くと大興奮。韓国人記者が、甲子園で取材した後日談が報じられた。その舞台裏では、一般の日本人も知らない崇高な場面があり、改めて高校野球の精神性を見る思いがした。一言で言えば、武士道精神が生きているということに尽きるのである。
『朝鮮日報』(3月30日付)は、「勝者は気品があり、敗者は毅然としていた」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙の東京特派員である李河遠(イ・ハウォン)記者。
先週、韓国系である京都国際高校の選抜高校野球での試合を2回、現地取材した。初めて行った甲子園球場で印象的だったのは、勝敗が確定した後、3分間の節度ある動きだった。
「3月24日、京都国際高校が5-4で勝利した時だ。甲子園で初勝利を挙げたが、同校の選手たちが過度に勝利に酔うことはなかった。歓喜に満ちた顔で手を高く上げたのがすべてだった。試合終了のサイレンに合わせ、勝利した京都国際高校の選手たちは伝統に基づいて、電光掲示板の方を見つめる形でホームプレート付近に一列に並んだ。すると、韓国語の校歌が鳴り響いた。敗れた柴田高校と選手たちは一塁側に不動の姿勢で立ち、京都国際高校の校歌を聞いた。勝者は過度に喜ばせず、敗者は毅然(きぜん)と相手に敬意を表するのが目についた」
「同様の場面を27日、京都国際高校の2回戦で再び目撃した。京都国際高校は9回まで4-2で勝っていたが、東海大菅生高校に5-4で逆転負けした。しかも、9回裏の2アウト、2ストライクから逆転打を浴びた。ストライクがもう1つ入ってさえいればベスト8に上がることができた。そのような状況で敗れたのは残念で、悔しかったことだろう。それでも京都国際高校の選手たちはその感情を抑えた。今度は自分たちが三塁側に並び、相手チームの校歌を聞くことによってその勝利を祝った。退場する時は帽子を脱ぎ、大会関係者にあいさつして退いた」
「若い選手たちの儀式からは荘厳さが感じられた。家族を亡くしてもおえつすら漏らさない日本の文化がオーバーラップした。米国で知ったスポーツの格言を思い出した。
「気品を持って勝ち、負ける時は栄誉を持って負ける(win with class, lose with honor)」という言葉だ」
「京都国際高校の朴慶洙(パク・ギョンス)校長は、「勝ったからと言って相手チームを刺激せず、負けたからと言って悔しさを表に出さないのが甲子園の伝統であり、教育」と説明した。勝利の後、過度にその気持ちを表に出したチームが警告を受けた事例もあるという。勝敗が決まると、未練なく結果に承服する日本の文化は球場の外でも見られた。朴校長は27日の2回戦に先立ち、京都国際高校に惜しくも負けた柴田高校の校長から電話をもらった。柴田高校の校長は「今日、一生懸命に京都国際高校の選手たちを応援します。頑張ってください」と激励した」
「この日、京都国際高校が惜敗した後、在日僑胞(韓国人・韓国系在住者)応援団が駐車場で、相手チームの選手たちに会った。ほとんどが日本生まれの僑胞たちは彼らに「おめでとう」と手を振った。東海大菅生高校の選手たちは深く頭を下げて感謝の意を表した」
「甲子園で気品を守り、節度を持って動くのは選手たちだけではなかった。全国から集まる応援団は厳しい規制の下で動いた。応援団のバスは甲子園球場のすぐ前に停車したり、駐車したりすることができなかった。約1キロメートル離れた駐車場に応援団員を全員降ろさなければならなかった。ここでは団体バスがバラバラに入場することも禁止されていた。同じ学校のバスは必ず列をなして一度に入場することが規定だった。甲子園球場周辺の混雑を防ぐのはもちろん、複数の大型バスが行き来して交通事故の危険性が高まるのを防ぐためだ」
「応援団員たちは甲子園球場にそれぞれバラバラに入場することができなかった。案内員の旗の下、2列になって入っていかなければならなかった。1000人に達する応援団員が数百メートルの列になって移動する様子は、海外旅行時に遭遇した日本人の姿そのものだった。行列が移動する間、近所のボランティアたちと見られる人々が厳しく規制した。「住民に迷惑をかけないように列を乱さないでください」という言葉を何度も聞いた。自転車に乗った住民たちが来ると、必ずその住民たちを先に行かせるよう配慮した」
「日本人が宗教のように考える甲子園は、日本社会の縮図だった。韓国社会が「全体主義的だ」「後進的だ」と無視する日本の伝統と秩序は、甲子園を通じても再生産されていた」
以上の記事の中に、日本人の特性が良く表われている。それは同時に、韓国社会との違いであることだ。
日本人は勝敗の結果を潔く受入れる。これは、武士道精神の顕われであろう。日本が敗戦の結果を受入れ、占領軍に対して組織的な反抗をしなかったことに良く現れている。「敵将」であるマッカーサー元帥が帰国する際、羽田空港への道筋に日本人が並んで見送った話は有名だ。国会では感謝状を贈った。戦後の食糧不足を米国からの援助で救ってくれたことへの気持ちである。甲子園でのやり取りに良く似ているのだ。これが、古き日本の礼儀である。
翻って考えるに、韓国は法的に決着のついた問題を蒸し返してくる。旧徴用工や旧慰安婦の賠償と謝罪の要求である。日本人の感覚からは絶対に行なわないし、また受入れられる問題でない。やはり、日韓の文化には水と油の違いがあるようだ。
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2021-02-15 |
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