中国の習近平氏は、7月1日の中国共産党創立100年を前にして、自らの権力に楯突く者は、全て排除する気の狂った振る舞いをしている。香港の日刊紙『デイリー・アップル』を廃刊に追い込んだのがそれである。香港当局が、国家安全法(国安法)に従い、裁判や裁判所命令さえもなしに、『デイリー・アップル』の資産を凍結して新聞発行を不能にさせたのである。法的には、考えられない逸脱した行為である。
世界の人々は、中国共産党から冷血動物そのものの行動を見せつけられて、「共産主義とはこういうものか」という実際的な恐怖を叩き込まれた。この点では、生きた教材になったであろう。
習近平といえば、日本では太平洋戦争時の首相であった東条英機を連想する。東条の場合、天皇が最終的な監督者の役割であったので、習近平のように好き勝手に振る舞えなかったことは確かだ。それでも、報道機関への締め付けを行なっていた。
私が勤務した週刊東洋経済は、太平洋戦争において反戦主張を繰返したので、東条から最も睨まれていた。当時は、紙の配給制であった。東条は、これに目を付け東洋経済への紙の配給を止めるように内務省警保局長に圧力を掛けた。当時の警保局長が町村金吾氏であり、東洋経済の愛読者であったことから、何とか紙の配給を認めてくれたという事情がある。習近平であれば、『デイリー・アップル』のように廃刊させたに違いない。
終戦の8月、東洋経済は秋田県横田へ疎開して、毎週、たったの2ページの記事を発行し続けて戦争の危機を乗り切った。戦後、米軍は日本進駐によって、リベラルな東洋経済が秋田に移っていることを知り、米軍トラックで印刷機材などを東京へ輸送してくれたというエピソードが残っている。
『中央日報』(6月25日付)は、「中国の素顔を見せた香港のリンゴ日報の廃刊」と題する社説を掲載した。
香港の言論の自由が24日、弔鐘を鳴らせた。香港の代表的反中メディア「リンゴ日報」が廃刊に追い込まれた。2002年から中国政府を批判して雨傘革命(2014年香港反政府デモ)、送還法反対に先頭に立ってきたリンゴ日報は首脳部の逮捕と資産凍結など当局の全方向の圧力に耐えられず、24日明け方最終号の印刷を最後に廃刊した。
香港当局は6月17日、警察500人を投入してリンゴ日報編集局を家宅捜索し、創業者・主筆・編集局長を相次ぎ逮捕した。資産1800万香港ドル(約2億5700万円)も凍結して追い込まれたリンゴ日報が自ら廃刊せざるをえなくなった。自由民主主義の世界では想像もできない暴挙だ。
(1)「創刊して26年が経ったリンゴ日報は一貫した声で北京政府の実情を批判して香港の民主化を支持してきた。北京の立場では目障りな存在だっただろう。そのため、リンゴ日報を事実上強制廃刊させて「苦言を呈するメディアはこのようになる」という冷酷な実例を作ったわけだ。今後香港の新聞・放送が自己検閲を通じて当局に「顔色を伺う」報道だけを流すことは火を見るより明らかだ」
中国本土のメディアが、すでに完全な沈黙を強いられている。自由な言論は消えた。胡錦濤時代が懐かしくもあるが、中国の置かれている状況が一段と危機を深めているという裏返しであろう。これを消すために、「世界覇権論」を言い出したという側面も考えられる。習氏は、トコトン瀬戸際政策によって中国国内を封じ込める戦略も働いているに違いない。
(2)「中国政府は、民主主義の根幹を揺るがす時代遅れの言論弾圧を中止してほしい。リンゴ日報が最終号を印刷した日、香港市民は3時間前から並んで待った末に2~10部ずつ購入した。この「無言のデモ」のおかげでリンゴ日報は普段の約10倍にあたる100万部を刷ったという。中国当局はリンゴ日報をなくすからといって自由を熱望する市民の夢までなくすことはできないという事実を直視しなければならない」
習氏が、『アップル・デイリー』を廃刊に追込んで勝利感に酔っていれば、大間違いであろう。西側諸国は、習氏の本性を見抜いたということで一段の締め付けが始まるであろう。習氏は、勝利を得たのでなく敗北の原因をつくったのだ。
(3)「中国の言論弾圧はわれわれにも「対岸の火事」ではない。共に民主党のメディア革新特別委が17日発表した言論改革策によると、言論の自由を口止めする可能性が多い毒素条項があふれ出る。「ポータルニュースの編集権排除」という名分の下で、人工知能(AI)によるニュース推薦を防ぎ、政府寄りの委員会が記事の配列基準の是正を要求することができるようにしたのが代表的だ。政権に批判的なニュースの拡散を防ごうとする狙いが明確だ」
韓国でも、文政権の手で言論弾圧の準備が始まっている。「親中朝」という文政権の政治路線は、自由主義社会でやってならぬことに平然と着手しようとしている。危険この上ない動きである。進歩派政権は、一期で終わらせねばならない。


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