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中国は、7月1日に共産党創立100年を迎える。記念館では習近平氏の写真が、鄧小平の3倍の枚数という。正直に言って、習近平氏の業績が鄧小平の3倍とはおこがましいこと。鄧小平は、文化大革命で荒廃した中国経済を発展軌道に乗せた。独裁体制を改めて集団指導体制にして、周知を集める改革をした人物である。習近平氏は、その鄧小平の3倍の大きさの写真を掲げさせた。滑稽と言うほかない。

 

『日本経済新聞 電子版』(6月28日付)は、習氏の写真『鄧小平氏の3倍』、共産党100年控え権威付け」と題する記事を掲載した。

 


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1日の中国共産党創立100年を控え、習近平(シー・ジンピン)総書記の権威付けが進んでいる。記念館では建国の父、毛沢東氏に次ぐ露出ぶりで、改革開放を進めた鄧小平氏よりも大きく扱う。2022年の党大会での続投を意識して環境を整備する思惑がありそうだ。

 

(1)「6月に上海市で開館した「中国共産党第1回党大会記念館」で毛氏の次に目立つのは習氏の事績を紹介するコーナーだ。習氏が天安門で演説する場面など12枚の写真が並ぶ。革命第2世代の鄧氏が写った写真は4枚のみだった。さらに第3世代の江沢民(ジアン・ズォーミン)氏と第4世代の胡錦濤(フー・ジンタオ)氏の写真はそれぞれ3枚ずつにとどまる。記念館の結びの語は「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想の導きのもと、国民の素晴らしい生活の前進を続けよう」と強調している」

 

習氏は、自由こそがイノベーションの源泉と位置付ける米国に対し、権威主義の体制で挑もうとしている。上海記念館で、習氏の写真が鄧小平の3倍とは何を意味するのか。それは、習氏が鄧小平をはるかに上回る実力と権威の持ち主であることを公然と示したものであろう。

 


権威主義とは何か。権威に価値を認める主義である。すなわち、権威をもって他を圧迫する態度や行動とされている。習氏は、国民に向かって「自分を毛沢東と同様に尊敬し盲従せよ」と迫っている。中国14億人は、等しく習氏の権威に従えと迫っているのだ。毛沢東時代の中国の経済環境と、現在の習近平時代のそれは全く異なる。価値の多元化が進んでいるのだ。

 

政治は共産党一党支配であっても、価値の多元化という複雑化している中で、習氏を神様のように崇めろと言っても無理な話だ。そう言う習氏は、国民の心においてはピエロになっている。中国共産党は、そのことに気付かねばならない。

 


(2)「中国共産党の機関紙、人民日報が党創立100年にあわせてまとめた歴代指導者の「100句の名言」では、習氏と毛氏の発言を30句ずつ取りあげて「同格」扱いにした。鄧氏は14句で、江氏と胡氏は10句ずつだった。習氏は17年の党大会で自身の名前を冠した政治思想を党規約に盛り込んだ。指導者名を冠した思想が党規約に入るのは毛、鄧両氏以来のことだった。毛氏を政治の師と仰ぐ習氏は、経済成長を重視した鄧氏の姿勢とは距離があるとの見方は絶えない。党創立100年を機に自身の指導力を誇示し、鄧氏をしのぐ権威を確立する狙いがありそうだ」

 

歴代共産党指導者の「100句の名言」では、習氏と毛沢東の発言を30句ずつ取りあげて「同格」扱いにしたという。だが、鄧小平は14句に格落ちさせた。鄧小平の言葉には味わい深いものが多い。覇権主義への反対を明確に打ち出していた。このほか、人生訓もある。

 


「人づきあいとは相手があってはじめて成り立つものです。『人が、自分が』とアピールするよりは、まずは相手を敬う気持ちを持つこと。ですから人づきあいにおける最も大切な究極の言葉は『ありがとう』であると私は思います」

 

「文化大革命のとき、牛小屋に入れられたのだが、あのときはもう終わりかた思った。しかし、私は元来楽観主義者ですから、こんなバカなことがいつまでも続くはずがないと考え直した。いまは、ただただ我慢だと耐えて生きていたら、果たせるかな、文革の嵐が過ぎてしまっていた」

 

こうした鄧小平の謙虚な生き方を見ると、習近平氏のように「終身皇帝」を狙う気持ちは起るはずもあるまい。中国にとってはどちら選択すべきか。それは、習近平氏でなく鄧小平的な生き方であろう。習氏の「終身皇帝」狙いは、鄧小平の言葉を借りれば、「こんなバカなことがいつまでも続くはずがないと考え直した。いまは、ただただ我慢だと耐えて生きていたら」ということになろうか。