米国は、8月31日のアフガン撤収期限を前に任務完了すべく努力中である。今回の米軍撤退をめぐって種々の見方がされているが、米国の国益は守られたのかどうか議論されている。元CIA工作員が、見解を述べている。
『ニューズウイーク 日本語電子版』(8月26日付)は、「アフガニスタン撤退は、バイデンの『英断』だった」と題する寄稿を掲載した。筆者は、グレン・カール(『ニューズウイーク』コラムニスト、元CIA工作員)氏である。
米情報機関は世界の80以上の国と地域にアルカイダの支部があると警告していた。これは誤りだった。アルカイダの永続的な組織が存在するのは6カ国のみ。ジハーディスト(聖戦主義者)は共通のイデオロギーはあるが、多くは世界戦略ではなく、地域の勢力争いに没頭している。彼らの多くは、米軍のアフガニスタン占領など特定の行為や状況に抵抗している。つまり、彼らは「反乱分子」であってテロリストではない。タリバンは反乱軍だが、米政府はテロ組織と見なしてきた。
(1)「米軍幹部と情報関係者らは、野に下ったタリバンの反乱に対して軍事的勝利を収めることは不可能だと、当初から分析していた。同時に、アフガニスタン政府は救いようがなく腐敗しており、アメリカの支援がなければ存続できないと評価していた。バラク・オバマ大統領(当時)は、08年の就任早々にそれを認識した。副大統領だったバイデンも同じだ。そこでオバマは、駐留米軍を一旦は縮小した。だが、「テロとの戦い」という看板を下ろす政治的コストや、アメリカは「負けた」とレッテルを貼られる可能性から、完全撤収には尻込みした」
2008年、オバマ氏が米大統領に就任した際、すでにアフガン政府は救いようもないほど腐敗していたことに気付いていた。副大統領のバイデン氏も同じ認識であった。以来、米国はアフガン撤退の機会を待っていた。
(2)「ドナルド・トランプ前大統領もそうだった。アフガニスタンにとどまるか、それとも撤収するか。この問題を考えるとき、アメリカの政策立案者らが一番に問わなければならなかったのは、そもそもアフガニスタンにおけるアメリカの重大な国益は何か、だ。テロとの戦いか。戦略的な外交政策か。それを考えれば、おのずとアメリカがアフガニスタンに関与する理由は大きく失われる」
アフガンについては、米国にとって地政学上のメリットを指摘する声も強い。中央アジアの核という立地上の点を強調している。だが、ホワイトハウスにそういう意見がなかった。トランプ前大統領も同じ見方である。
(3)「バイデンは、アメリカがもはやアフガニスタンに重大な国益を持たないと判断した。たとえタリバンが権力を奪還しても、アメリカの重大な国益は傷つかない。タリバンの目的は、アフガニスタンからアメリカを排除することだからだ。アメリカの国家資源を、アフガニスタンの人々を守り、「アフガニスタンにおけるテロとの戦い」にささげ続ければ、「アメリカのテロとの戦い」への資源配分がゆがめられ、アメリカの戦略的課題に対処する能力が低下する」
米国は、アフガン防衛に価値を見出さなくなっている以上、早くここから手を引くことが、対中国戦略上で有利になると見ていた。
(4)「現在のアメリカの戦略的課題とは、大国の仲間入りを果たして攻撃的な姿勢を強める中国や、依然として敵対的なロシア、中東を不安定化するイラン、人類の存続を脅かす地球温暖化、そしてアメリカの安定と民主主義を脅かす国内の政治社会問題だ。米軍の撤収が終了すれば、アフガニスタンを取り巻く力学は変わっていく。アメリカは、テロとの戦いを手伝うと言いつつ、ひそかにタリバンを支援してきたパキスタンと距離を置き、インドとの関係を深化させるだろう」
米国は、パキスタンの「二枚舌」から離れて、インドとの関係強化に進む。クアッドで日米豪印は協調路線を取っている。米印関係強化が、今後の戦略になる。
(5)「イランとロシアと中国は、泥沼にはまるアメリカを積極的に傍観する戦略から、パイプラインや「一帯一路」ハイウエーを建設するなど、アフガニスタンの天然資源と地理を利用することに力を入れるようになる。アフガニスタンの全ての近隣諸国は、タリバンと良好な関係を築こうとするだろう。ただし、アフガニスタンを脆弱で操りやすい国に維持し、テロを輸出したり、過激なイデオロギーを輸出したりしないように目を光らせる」
アフガンは、経済的に極めて脆弱である以上、周辺国が助ける動きを強めよう。アフガンが、過激なテロを輸出しないように監視する必要性はある。
(6)「タリバンの本質が変わっていなければ、彼らはアフガニスタンの国内問題に集中する政治をするはずだ。かつて国際テロリストをかくまったせいで、権力を奪われた苦い経験から、再び同じようなことをする可能性は当面低い。彼らの本質はテロリストではなく、宗教的原理主義者だ」
タリバンは、テロリストでなく宗教的原理主義者と定義している。この場合タリバンは、中国新疆ウイグル族が弾圧されている状況に、どのように対応するのか。無関心でいるのか、あるいは、救済に動くのか。極めて微妙なところであろう。
(7)「なにより重要なことに、アフガニスタン撤収は、アメリカの政策立案者と大衆に、アメリカの国家安全保障を真に脅かすものは何かを見極めることを可能にするだろう。ろくな計画もない「テロとの戦い」の20年間で、世界全体で80万1000人が命を落とし(このうち33万5000人が民間人)、3800万人の難民が生まれ、アメリカは6兆4000億ドル以上の資金と人命を浪費した。アメリカは今、想像上のテロの脅威に基づき、国家安全保障を考える必要はなくなった。遠く離れた、はっきり言って、重要ではない国アフガニスタンを安定させようと必死になる必要は、もうない。バイデンは困難だが、正しい決断を下したのだ」
アフガンは、米国にとって遠く離れた重要でない国としている。米国は、テロリストでないタリバンに、もはや気を使う必要がないとしている。中国に向かって、全力投球する戦略転換である。
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