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中国の習近平氏は、最も多感な青少年時代の7年間、毛沢東による「下放運動」によって地方の辺鄙な村へ強制的に追いやられた。横穴が住居という古代人並みの生活を送った辛い経験者である。その習氏が、こともあろうに毛沢東と同じ独裁者の道を歩んでいる。

 

子どもの頃、親に虐待された人は、自分が親になって子どもを虐待するケースがあるという。これについて、心理学的な解釈が下されている。すわち、「刷り込み現象」というもの。

 

ある生物有機体に、特定の時期に、特定の刺激によって生じた反応が、反復的な学習・経験・報酬がなくても、その後一貫して生じるようになることがある、というのだ。子どもの虐待は、こういう「刷り込み現象」でないか、と説明されている。習近平氏が、自分の辛い経験を忘れて、今や他人に対して同じ辛いことをさせていても矛楯を感じない。習氏にとっては悲劇だが、中国国民にはさらなる不幸な事態である。



『ニューズウィーク 日本語版』(11月30日付)は、「
毛沢東の外交は味方よりも多くの敵を生み出す『唯我独尊』だった」と題する記事を掲載した。筆者は、元外交官の河東哲夫(かわとう・あきお)氏である。

 

毛沢東の起こした革命はフランス革命やロシア革命、そして現代の「アラブの春」などとも共通し、結局のところ大衆をアジって味方に付けると武力も使って権力を奪取。その後に大衆は置いてきぼり、という基本パターンをなぞっただけだ。中国の場合、置いてきぼりどころか毛沢東の「大躍進」政策の失敗で、何千万人もの大衆が餓死する憂き目を見た。

 

(1)「毛沢東は少年少女たちを洗脳し、「紅衛兵」という暴力装置に仕立て上げた。彼になびかない者たちは軒並みつるし上げられリンチを受けた。家族同士、反革命分子だと密告し合うこともあったため、中国社会は仁義のないものとなった。そんな文革末期の1976年、筆者は北京を訪れた。くすんだ色の人民服を着た無数の人たちが、薄汚れた自転車に乗って雲霞(うんか)のように広い通りを走っていく」

 


文化大革命(1966~76年)の10年間は、毛沢東が権力を奪回するための党内革命であった。これが可能であったのは、毛沢東が1945年に「歴史決議」を行なって「永世支配者」の地位を得たからだ。習氏が、これを模して自ら共産党100年の中で3回目の「歴史決議」を行い、「永世支配者」になる資格を得た。

 

(2)「皆が一様に貧乏なら人はけっこう幸せなものだが、社会主義の国でいけないのは経済を仕切るお偉方たちが特権を貪ることだ。1971年に反毛沢東クーデターに失敗して飛行機で亡命を図った林彪元帥は、モンゴルで墜落死するが、現場に林彪夫人のものと思われる赤いハイヒールが転がっていた。毛沢東の4番目の夫人、江青もその傲慢さとプチ贅沢ぶりで大衆に嫌われていた」

 

旧ソ連へ亡命をはかった林彪は、モンゴルで墜落死した。その現場には、林彪夫人のものと思われる赤いヒールが落ちていたという。国民は、貧乏暮らしをしていた時、最高権力者夫人は、贅沢が可能であった。この流れは、いまも続いている。現在は、元党幹部クラスの子弟が住宅20~30軒を持っているのだ。赤いヒールどころの話でない。桁違いの贅沢が許されている。

 


(2)「毛沢東時代は外交も唯我独尊で、アメリカだけでなく同じ共産主義のソ連や日本共産党とも対立し、1969年にはソ連と国境で戦争を起こした。途上国を仲間だと称しつつ、東南アジアなどでは反政府のマルクス主義勢力を支援して影響力を拡大しようとした。その結果、インドネシアでは1965年に数十万人もの中国系住民が虐殺された。毛沢東の外交は、味方よりも敵を増やしたのだ」

 

毛沢東外交は、敢えて敵をつくるものであった。妥協を知らずに「突撃」したからだ。新疆ウイグルや、チベットは毛沢東の占領政策の結果である。異民族を征服したのだ。これが、毛沢東外交の基本である。

 

(3)「ほかならぬ習近平は文革時代に16歳から7年間も農村に下放され毛沢東思想を徹底的にたたき込まれたため、そのあたりの機微が分からない。これだけ中国が強くなった今は、アヘン戦争で失った国際的な威信を取り戻すとともに、浮ついた西側文化を国内から一掃する好機だと思っている。それは中国自身にとっても非常に危険なことだ。なぜなら中国経済の足腰は実は脆弱で、外国の資本や技術が引き揚げれば経済は逆回転を始める」

 

習氏は、毛沢東二世を任じている。具体的な成果としては、領土拡大を基本とし南シナ海進出を確固たるものとする。さらに、台湾・尖閣諸島の攻略を目指している。これによって毛沢東の行なった新疆ウイグルやチベット占領に匹敵する業績にしたいと狙っているのだ。こういう200年も昔の領土拡張意識に最大の価値を置いている当たりに、習氏の時代錯誤を感じる。国民の幸せを第一にする政治ができないのは、毛沢東による「刷り込み現象」の結果であろう。

 

(4)「加えて、習政権は民営ビジネスへの規制を強めて、その活力を奪ってもいる。国王の強い力の下で政府主導の工業化を実現しようとした18世紀のフランスは、民間活力主導のイギリスに敗れたし、20世紀のソ連の計画経済は国民の消費欲を満足させられずに滅びた。そのことを習近平はどう思っているのだろう? 筆者が外交官だった頃、「毛沢東に洗脳されてマルクス主義のバーチャルな世界が、リアルだと思う文革世代が中国を動かすようになる時が心配だ」と、ある中国の識者も言っていたが、今その時がやって来た。これが世界、そして日本にとって吉と出るか凶と出るか──。中国にとっては、多分凶なのだろう」

 

韓国では、「86世代」が1980年代の「親中朝・反日米」路線を踏襲している。これと同じで、中国の「下放世代」は毛沢東のバーチャル世界をリアルと思い込んでいる。韓国も中国も硬直的外交である。韓国外交はすでに破綻しかかっている。中国も厳しい「孤独外交」を強いられるはずだ。