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尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領とは、どんな人物なのか。政治歴はゼロである。一般には、検察人生を走り抜き最後は検察総長として、前大統領の文在寅(ムン・ジェイン)氏と対立し辞職に追い込まれた、こと程度しか分っていないのだ。

 

司法人生を歩むまで8年間も浪人生活を送ったように、人生の目標を「これと決めたら」テコでも動かない点で、剛直と言えそうだ。酒が大好き。50歳過ぎで結婚したとき、貯金は120万円しかなかった、と夫人の「証言」もある。こんなことから伝わってくるイメージは、些事に拘らない性格のように見受けられる。

 


『中央日報』(5月31日付)は、「尹錫悦vs『運』錫悦」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙のソ・スンウク政治チーム長である。

 

尹錫悦大統領の当選から80日、就任から20日ほど過ぎた。周囲には、「まだそれしか経っていないのか。1年ほど経過したようだ」という人も多い。短い時間だったが、それだけ多事多難だったということだろう。

 

(1)「当選直後には危なっかしい場面が多かった。「本当に巫俗のためか」という噂が広まった龍山(ヨンサン)への大統領室移転、多くの論争を呼んだ組閣と大統領室人選で一日一日が失点の連続だった。あれほど苦戦していた尹大統領の国政支持率が最近上昇している。新政権を仕事ができるよう後押しすべきという国民の心理、就任コンベンション効果に加え、最近の韓米首脳外交が影響を与えた」

 

尹大統領は、青瓦台と称せられた大統領府に入ることを頑なに拒否、防衛省の一角に大統領室を設けて執務している。出勤時には、必ず立ち止まって記者の質問に答える姿は、かつての大統領には見られなかった。青瓦台は、公園として国民に公開し音楽会も開かれるなど様変りしている。こういう姿勢が、静かに国民へ浸透しているようで、支持率も50%を上回るようになってきた。

 


(2)「尹大統領は前政権の検察総長から1年で野党候補、大統領になった奇跡のドラマを描いた。政治入門から大統領選挙での勝利、最近の地方選挙につながる流れをみると、段階ごと、峠ごとに天の助けを受けているような感じだ。舞台は彼を中心に動かし、助演の活躍も想像を超越した。それで市中では「本当に運が良い。尹錫悦でなく運錫悦」という言葉まで出ている

 

尹氏が、大統領になる過程は幸運の連続である。これほど「ツキ」に恵まれた人物は、滅多にいないだろう。自らの求めたポジションでなくとも、ライバルがミスを冒して尹氏を逆に盛り立てるという「逆転劇」の連続である。「運」錫悦とさえ言われているという。運も実力のうち、という言い方もあるが、「不運」よりはありがたいことだ。

 


(3)「ドラマは、国民の力への無血入城で始まった。大統領弾劾と記録的な総選挙惨敗で焦土化した党に、彼を牽制するほどの競争者がいるはずがなかった。その次は「前任者運」だ。尹大統領を抜てきした前任者(文在寅氏)は、当選の最高功臣でもある。「ネロナムブル(自分がやればロマンス、他人がやれば不倫というダブルスタンダード)」と「組分け」で綴られた5年間の国政運営は政権審判論に火をつけた。大統領選挙を支配した圧倒的な政権審判論がなかったとすれば勝負はどうなっていたか分からない」

 

保守党は、朴槿惠氏の弾劾事件で総崩れになった。それだけに、大統領候補になる人物がいなかった。それと、尹氏が文政権からいじめ抜かれたことが幸いした。国民の間に、「判官びいき」のような心理状態が生まれたことも大きかった。

 


(4)「尹大統領の国政掌握力を本軌道に乗せた今回の韓米首脳会談も、実際には前任者の作品だ。クアッド(日米豪印)首脳会合出席のために日本を訪問するバイデン大統領の訪韓交渉を前政権が進めた。尹錫悦-バイデンが投げかけた「同盟再建」は、過去5年間の「(対北朝鮮)屈従外交」(尹大統領の表現)と対比され、地方選挙直前に新政権に翼を与えた。これほどになれば前任者は尹大統領に「惜しみなく与える木」レベルだ」

 

バイデン大統領は、尹大統領を「弟分」のような雰囲気で対応した。バイデン氏が、訪日で宿舎を出発する際、見送った尹氏に「アイ・ツラスト・ユー」と言っている。これは、滅多に出てくる言葉ではない。歓迎会の席上でバイデン氏は、尹夫人を褒め「私たちは,結婚で得をした男だ」とも。最上級の褒め言葉だ。こうした米韓首脳の雰囲気が、国民の尹氏への見方を変えているのであろう。

 


(5)「尹大統領は、大統領選挙の相手にも恵まれた。ライバル(注:李在明氏)は、大庄洞(テジャンドン)開発疑惑と法人カード疑惑で尹大統領に勝利を献納した。特別なネガティブ素材がなかった尹大統領には、夫人関連問題が最大のアキレス腱だった。ところが、ライバルの夫人の絡んだ法人カードスキャンダル一発で夫人熱戦は互角になってしまった。さらにライバルは「防弾出馬」批判の中でも大統領選敗北から2カ月後に国会議員補欠選挙に出馬した。過去に現役大統領と競争したライバルは時間の余裕を置いて力を備蓄した後、国政運営の強力な牽制者として登場したりした。しかし、尹大統領のライバルは野党優勢地域でも勝利を断言できない満身創痍の状況だ。生き返っても尹大統領には大きな脅威にはならないとみられる」

 

大統領選で戦った相手の李在明氏は、疑惑満載の身であった。尹氏は、検察総長出身で文大統領から政権捜査で手心を加えよと圧力がかかった被害者である。選挙では、政権与党にとって絶対に不利な構図になった。李氏敗北は当然の帰結であろう。