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中国は、米中対立の緩衝地帯として欧州に期待を賭けてきた。ドイツには、親中・親ロのメルケル前首相が存在したので、欧州との関係をつなぎとめられると考えてきた節がある。そのメルケル氏は、昨年末で政界を引退している。もはや、中国と欧州を結ぶ「吊り橋」はないも同然になっている。中国には、その認識が希薄である。

 

『日本経済新聞』(6月4日付)は、「中国と欧州『断絶避ける道筋』」と題する寄稿を掲載した。筆者は、米クレアモント・マッケナ大学教授ミンシン・ペイ氏である。

 

中国の対米戦略の重要な柱は欧州の中立を維持することだった。欧州と中国はしばしば衝突しても互いを存亡に関わる脅威とはみなしていない。両者の関係に障害はあるにせよ、欧州で中国との「デカップリング(分離)」を口にする向きはほとんどいなかった。

 


(1)「欧州連合(EU)と中国との安定した関係は、壊れつつある。中国による新疆ウイグル自治区の少数民族の扱いや香港の自治終了を巡る対立により、中国とEUの関係はかつてないほど悪化した。ロシアのウクライナ侵攻がこれにとどめを刺した。2月末にプーチン大統領が装甲車の車列をウクライナに送り込んだことで、米国が率いる反中連合に欧州が組み込まれないという中国の願望は打ち砕かれた」

 

このパラグラフは、中国政府が新疆ウイグル族弾圧という「人類への犯罪」を犯している認識が希薄である。5月中旬に漏出した大量の極秘資料で、ウイグル族弾圧が習氏の指示であることが明らかにされている。欧州は、人権尊重(民主主義)の発祥地である。中国政府を許すと見るのは、余りにも楽観的と言わざるを得ない。

 


(2)「この戦争は、欧米の絆を揺るぎないものにした。そして、中ロの連携が欧州と中国の関係に修復不可能な打撃を与えている今、中国が直面する課題はEUとの完全な断絶をどのように回避するかだ。習近平国家主席にとっての救いは、損害を最小限にとどめるために行動するチャンスがわずかに残されていることだ」

 

中国は、ロシアのウクライナ侵攻に対して「反対意思」を示さずにいる。逆に、NATO(北大西洋条約機構)や米国を非難している。中国が、自らの意思で欧州との関係を切っているようなものである。新疆ウイグル族弾圧の真相暴露も加わり、中国には欧州との関係を繋ぎ止められるチャンスは消えたのだ。

 


(3)「EUの目先の優先課題はウクライナ戦争の終結であり、対中関係をさらに悪化させる一歩を踏み出す可能性は低い。そうすれば中国がさらにロシア寄りの姿勢を強めることになるからだ。つまり、ロシアとウクライナの戦争が膠着状態に陥りつつある今、中国と欧州は戦争の段階的縮小に動くという共通点を見いだせるかもしれない。停戦と和平交渉が進めば第2次大戦以降の欧州で最悪の人道的惨事を終結させられる。中国がロシアへの影響力を利用して外交的解決を図ることができれば、欧州からの好意も得られる」

 

中国の最大目標は、世界覇権を握ることだ。それには、ロシアを必要とする。欧州は、こういう中国の覇権戦略において「助っ人」になる訳でない。こういう道筋を考えれば、中国がロシアより欧州を選ぶことなどあり得ない話だ。中国が、ウクライナ侵攻で仲裁役に立つ可能性があるだろうか。余りにもロシア側へ偏り過ぎている。

 

(4)「欧州は、米国よりはるかに経済のグローバル化が進んでいる。したがって、欧州にとって中国との分断は、米国よりも高くつく。この点も中国には有利に働くかもしれない。欧州企業が完全に中国との絆を断ち切るのは、各国政府から直接の政治的圧力を受けた場合だけだろう。新型コロナウイルスに対する中国のゼロコロナ政策はEUとの貿易を混乱させている。習氏はコストがかさむこの政策を大幅に緩和することで、欧州企業が撤退するような事態を避けられる」

 

欧州は、「価値外交」に目覚めている。ドイツは、新疆ウイグル族問題で、中国への投資を禁じる方向を模索している。こうして、対中投資は対米投資へ向かうという観測が出てきた。ウイグル族問題を軽く見ては間違うだろう。ドイツは、ナチスのユダヤ人虐殺で永遠の十字架を背負っている国だ。ウイグル族弾圧は、「第二のナチス犯罪」である。率先して「脱中国」をしなければならない立場である。

 


(5)「外交面では、人権問題への欧州の批判に対して威嚇するような態度をみせることを中国は控えた方がいい。この問題での欧州の控えめな制裁に対する非生産的な報復もやめるべきだろう。このように中国は欧州との関係悪化を短期的に和らげることはできる。しかし習氏は米中の間でEUが中立を保つのは無理かもしれないとも認識する必要がある。ウクライナ戦争で欧米の同盟関係が活性化したことで、米国が中国封じ込めに欧州の同盟国を巻き込むことは容易になった」

 

秘密文章流出で、ウイグル族弾圧の真相が暴露された以上、ドイツ政府は中国に対して敢然と立ち向かわなければならぬ立場である。

 


(6)「中国の指導者たちは、欧州との関係修復を断念したくなるかもしれない。しかし、中国を巡る欧州と米国の立場には、安全保障と気候変動の分野ではかなりの隔たりがある。欧州が中国に抱くイメージはかなり悪いが、米国よりは好意的であることを世論調査は示している。最も重要なのは、トランプ前米大統領や彼の直系が米国の次期大統領になれば、欧州の指導者の多くは米国を支持しなくなるかもしれない。中国は、欧州の中立を期待できないにせよ、関係の完全な崩壊を防ぐことはできる」

 

ここで取り上げられている世論調査結果は、昨年に実施されたものであろう。現在、行なったとすれば異なる結果が出ているはずだ。次期米大統領に、トランプ再選を期待するとは噴飯物。語るに落ちたと言うほかない。