テイカカズラ
   

「永世中立」を貫いているスイスが、今回のウクライナ侵攻でロシアへの経済制裁に加わった。平和主義のスイスが、ロシア制裁に参加した理由は、増え続ける地政学的危機に対し、もはや孤塁を守るリスクの大きさに耐えられないという判断だろう。「中立」は目的でなく、手段であると割り切ったもの。グローバル化経済の下で、中立という選択は不可能になっている。

 

英紙『フィナンシャル・タイムズ』(6月16日付)は、「スイス、経済では『脱中立』、ロシア制裁には参加」と題する記事を掲載した。

 

スイス政府は、ウクライナを支援する同盟国だけでなく、スイス国民をも驚かせる対応を示した。ロシアへの経済制裁で欧州連合(EU)とほぼ足並みをそろえたのだ。制裁の規模は小さくはない。個人資産の凍結はプーチン政権と近い関係にある1100人に及び、そのうち数百人はスイスの銀行と取引がある。さらに重大なのはロシアの天然資源の禁輸措置を実施したことだ。天然資源の大半はスイスのツーク州とジュネーブ州の商品取引会社を通じて売買されていたため、ロシアにとっては痛手となる。

 


(1)「経済制裁に参加したものの、スイス政府は同国が長年守り続けてきた永世中立の方針は変わっていないと力説している。しかし、国内最大の政治勢力で右派ポピュリスト(大衆迎合主義者)政党であるスイス国民党(SVP)のように、反論する声もある。SVPの定義では中立は政治的介入を一切受けることなく自由に取引できることを意味する。スイス政府がEUや米政府と歩調を合わせることはスイスの価値観を裏切る行為になるというのがSVPの主張だ」

 

スイス政府は、苦しい弁明をしている。経済制裁に加わったが、永世中立の方針に変わりないとしている。これに対する国内の反対論も強い。突然の方向転換である以上、当然であろう。

 

(2)「SVP幹部であるトーマス・エシ氏は今月、議会で制裁はロシアの侵攻を止めるのに有効だという証拠がなく、スイスの経済的利益を損ねているだけだと声高に論じた。エシ氏の主張には一理ある。スイスは他の西側諸国に比べるとロシアへの制裁で失うものは多い。スイスで事業を展開する利点には、教育水準の高い労働力や有利な税制、安定性、法の支配など多数あるが、最大の魅力はスイスの確固たる独立性、中立性だ」

 

スイスの最大の魅力は、確固たる独立性、中立性にあることは疑いない。それに傷を付けても経済制裁に加わったことに、深い理由があるはずである。

 


(3)「多くの企業がスイスに拠点を置くのは、まさしく米国やEUから規制、司法、政治の面で介入を受けない「安息地」であると認識されているからだ。スイスの銀行がロシアの顧客の資産凍結を命じられたなか、銀行業界では今、中国の顧客がスイスの銀行との取引継続をためらうのではないかとの懸念が広がっている。台湾問題をめぐって緊張が高まれば、スイスではどんなことが起きるのかということだ」

 

スイス銀行業界は、中国が台湾問題で緊張感が高まれば、スイスへの預金を回避すると想像し始めている。

 

(4)「ロシアのウクライナ侵攻は、国際政治における時代の転換点となり、ドイツ国内は大きく揺れている。同国は長年にわたって堅持してきた平和主義の再考を迫られている。そうなると、変化の度合いは小さいもののスイスも経済面でドイツと同じような路線変更を検討せざるを得なくなるのではないかと考えられる。少なくともそうした方向性を視野に入れるかもしれない」

 

ドイツ国内も平和主義が揺れている。地政学的危機が、現実に起こった以上は傍観できないという苦悩だ。スイスも同様の悩みを抱えている。近隣国の不幸を見て見ぬ振りできないのだ。それが、欧州の連帯感である。

 


(5)「西側諸国はどの国も周辺国の経済や西側の金融システムと深く統合が進んでしまった。増え続ける地政学的危機に直面したときに、経済的な犠牲を払ってまで独自路線を貫くのは難しくなっている。これは今に始まった問題ではない。ウクライナ危機によって浮き彫りになっただけだ。スイスは何年にもわたってEUと同等の経済的自由を享受するために厳しい交渉を続けてきた」

 

スイスは、EUと同等の経済的自由を享受できる交渉を続けた。こういう一方で、EUが団結してロシア制裁に動いているときに、スイスだけ「永世中立」と唱えられない事情はよく分るのだ。

 

(6)「スイスの元外交官、トーマス・ボーラー氏に言わせれば、ビジネスや経済面での「中立」を巡る議論の解決は難しくないという。同氏はスイスの現行の公式な中立政策の多くを起草したことで知られる。また、第2次大戦中にナチスがユダヤ人らから略奪しスイスの銀行に隠した資産を、もともとの所有者やその相続人に返還するためにスイス政府が1996年に設置したタスクフォースの長も務めた。中立はスイスの外交政策の手段であって目的ではないとボーラー氏は説明する。目的はスイスの国益を可能な限り強力に守ることだ

 

下線部が、スイスの本音を示している。中立は外交手段である。目的でない以上、可能な限り合法的に国益を守ることにつきる。

 


(7)「スイスが、経済的中立の現実から目をそむけられる時代は終わったと同氏は言う。「我々は自分たちの友人が誰なのか、自分たちと同じ価値観を持つのは誰なのかを知る必要がある。スイスは選択しなければならなくなった」。スイスの実業界も、スイスで事業をする人も、選択を迫られている」

 

スイスは、最終的に自国と同じ価値観を持つ友人を選ばざるを得ない。それが、今回のロシア制裁への参加という結論である。