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ロシアは、超短期間で終わるはずだったウクライナ侵攻が長引き、その上に想像以上の経済制裁が加わって、経済は泥沼に入っている。物価の高騰が、国民生活を直撃しているのだ。これに対応して、最低賃金の大幅引き上げと年金支給額を二度も引上げるなど、国民の不満を和らげるべく全力を挙げている。

 

米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(7月5日付)は、「ロシア国民に制裁の痛み、特効薬は現金支給」と題する記事を掲載した。

 

ロシアは西側諸国の制裁による影響を取り繕うため、石油やガスで得た数十億ドルに上る資金を国内にばらまいている。この資金は、制裁がロシア市民にもたらす痛みを和らげている。だが、ロシア経済は西側諸国を大幅に上回る高インフレに見舞われているほか、供給不足で生産が大きく落ち込んでいる。政府やエコノミストらの予測では、今年の国内総生産(GDP)は10%縮小すると見込まれている。

 


(1)「ロシア政府当局者の間では、多額の戦費をつぎ込む一方で経済を刺激しようとする政策がもたらす代償について、懸念する声が聞かれ始めている。ロシア政府は、子どものいる家庭、妊婦、公務員、年金受給者にカネを支給している。一方、不動産開発業者から航空会社まで幅広い企業も、主にウクライナ侵攻に伴う原油価格の高騰による恩恵を受けている。財務相によると、今年の連邦支出はウクライナ侵攻前の予測を約12%上回り、財政収支は赤字になるとみられている。一方、景気刺激策はプーチン大統領と侵攻への支持を固める効果がある。プーチン氏はそれにより、制裁がロシアよりも西側諸国を苦しめていると主張できるからだ」

 

ロシア経済は、資源高で潤っているイメージだが、経済制裁によって急激なルーブル高が起こっていることを忘れてはいけない。年初から6月29日までにルーブルは対ドル相場で41%も急騰している。国際通貨の中で、最大の値上りだ。ロシア中銀は、為替介入したくても経済制裁で取引を禁じられているので、それもできない状態である。

 


(2)「プーチン大統領は、「国家のあらゆる社会的義務を果たすだけでなく、市民とその所得を支える、より効果的なメカニズムを作り出す」と約束し、さまざまな刺激策を推進してきた。政府は最低賃金を10%引き上げたほか、年金支給額を2度にわたり合計20%近く増額した。最も大きな打撃を受けたロシア企業の多くは、政府からの資金援助や、補助金付き融資、倒産回避策など、さまざまな支援を受けている。航空会社に対しては政府が収入減を補てんしている。ロシア連邦航空局は「この措置により、国内航空会社の旅客数は昨年の水準に保たれ、国民に手頃な価格で空の旅を提供できる」としている」

 

ロシア政府は、最低賃金を10%、年金支給額を都合20%も引上げて物価高に対応している。それだけでない。企業まで資金援助や補助金付き融資などを行なっている。政府の現金バラマキで不満を抑えているのだ。

 


(3)「ロシアは石油と天然ガスの販売収入が1日当たり10億ドルに上るにもかかわらず、予算は社会支出や戦争費用で圧迫されている。アントン・シルアノフ財務相は5月の政府会合で、2022年は財政赤字の対国内総生産(GDP)比が2%に達するとの見通しを示した。それまでは黒字を見込んでいた。ミハイル・ミシュスティン首相によると、ロシアの政府支出は今年14月に前年同期比25%増加した。しかし、それ以降はデータがなく、資金の使途に関するデータの公表を取りやめている」

 

下線のように、石油と天然ガスの販売収入が1日10億ドルでも、ルーブルの41%が為替相場高で消えている。ここを、間違えてはならない。今年の財政収支は、当初の黒字予想が一転して、対GDP比で2%の赤字に陥るほど。

 

(4)「税収が減っているのは、経済が悪化しているためだ。資本規制、高金利、輸入不足によって押し上げられたルーブル高の結果、ドル建ての石油輸出で得る収入が、ルーブル建てでは目減りすることになる。政府は、石油や天然ガスによる収入を積み立てている国民福祉基金から資金を取り崩し、経済活性化に振り向けている。ロシア政府は、エネルギー生産からの収入を増やす取り組みを続けているようだ。71日には、巨大な石油・天然ガスプロジェクト「サハリン2」の国際コンソーシアムを掌握。その前日には、ガスプロムが年間配当を見送ると発表した。ガスプロムに対する課税を大幅に引き上げる法案がロシア議会で審議されている」

 

国民福祉基金(石油や天然ガスによる収入を積み立て)から資金を取り崩していることは、財政が悪化している証拠である。国営石油企業ガスプロムは配当を見送り、さらに課税を増やす辺りにロシア財政の苦境ぶりが分る。

 


(5)「それでも、ロシアの経済データは欧米諸国よりはるかに悪い。インフレ率は17.8%でピークを打ったが、依然として16.7%の水準にある。プーチン氏は6月の演説で、「この数字は高すぎる。16.%は高いインフレ率だ」とした上で、「われわれはこの問題に取り組まなければならない。いい結果を出せると確信している」と述べた。ロシア統計局によると、5月の製造業生産は2カ月連続で減少した。自動車生産台数は1年前の3分の1強まで落ち込んでいる」

 

ロシアの消費者物価上昇率は、16.7%と目玉が飛び出るほどの状況に悪化している。経済制裁で部品や素材の輸入が禁止されているので製造業も不振だ。自動車生産も3割の水準に落ちている。これらが、物価押上げ要因になっている。

 


(6)「政府はIT専門家向けに5%の低金利住宅ローンを提供し、新築住宅購入者には補助金付き住宅ローンを提供してきた。しかし、ロシア中央銀行のデータによると、5月の住宅ローン発行件数は、前年同月の4分の1にとどまった。それでも、政府の取り組みは、経済に対する信頼感を支える上で役立っている。モスクワのレバダ・センターが6月に行った世論調査では、「今が最も困難な時期」と考えるロシア人の割合は3月以降、16%から28%に増加した。しかし、状況が悪化すると予想する人は54%から48%に減少した」

 

なぜ、IT専門家向けに5%の低金利住宅ローンで優遇するのか。もともと、ロシアで不足しているIT専門家が、今回のウクライナ侵攻を嫌気して国外へ出てしまっているからだ。その数は、500万人を超えると指摘されている。5月の住宅ローン発行件数は、前年同月の4分の1と惨憺たる状態である。国民の不安心理の高まりを浮き彫りにしている。