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9月6日のオンショア市場のウォン終値は、1ドル=1369ウォン。だが、オフショアでは6日23時5分現在で1380ウォンへ急落している。中国人民元相場の急落が、ウォン安を誘発しているとの見方が出てきたのである。とんだところで。中韓が「連携」したような動きだ。外為市場では、ウォンを人民元とからめて見ている。

 

ウォンは、2009年4月以来の最安値となり、短期外債比率は10年ぶりの最高水準になるなど、各種の警告信号が一斉に出てきた。こうなると、どうしても過去のウォン通貨危機が頭をよぎるのである。

 

『中央日報』(9月6日付)は、「通貨危機」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙のチョ・ヒョンスク経済政策チーム次長である。

 

(1)「通貨危機の定義は簡単だ。韓国ウォンと両替して使うドル(外貨)が不足して生じる危機だ。1997年に韓国が経験した。韓国は保有する外貨が減り、デフォルト(債務不履行)の危機に直面した。同年11月、国際通貨基金(IMF)に200億ドルの救済金融を要請しなければならなかった。その代償は大きかった。IMFは強度の緊縮を要求した。深刻な資金不足で住宅貸出金利は年20%台、中小企業向け貸出金利は30%台に上がった。「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれた韓国経済はあっという間に沈没した。多くの企業が倒産し、家計破綻が続いた」

 

中国は、過去2回もウォン急落に見舞われた。1997年と2008年である。この当時は、日韓関係は悪化していなかったので、日本は正直、「隣国の危機」と考えて支援の手を差し延べた。だが一度も感謝されず、「支援が遅かった」などと不満だけが日本へ向けられた。今回、3回目の通貨危機が起こった場合、日本は何らの関わりを持たないから、気が楽である。文句を言われる理由がないのだ。これが、普通の外交関係であろう。韓国は、日本へ甘えていたのだ。



(2)「IMF通貨危機が韓国人に残した傷は大きかった。経済が不安定になるたびに通貨危機の恐怖に包まれる理由だ。2008年の米国発金融危機がそうだった。当時、外国人の資金が一気に流出し、韓国ウォンが急落した。第2次IMF危機が迫るという恐怖が市場に広がった。「3月危機説」「9月危機説」が相次いで出てきた。同年10月、李明博(イ・ミョンバク)大統領がラジオ演説で「厳しいが、通貨危機当時とは状況がかなり違う」と訴えるほどだった」

 

当時は、日韓通貨スワップ協定を結んでいた。日本は、韓国へまだ親近感があったので、「隣接国」の誼で協力した。だが、文在寅氏はわずかに残っていた日本の「親近感」を根本から奪い、根絶やしにしてしまった。「嫌韓」という言葉まで生まれている。韓国の通貨危機と聞いても、「あ、そう」という反応しかないのだ。文氏の反日は、日本人の心にこれほどまでの深い傷跡を残したのである。

 


(3)「最近、IMF通貨危機の恐怖がまた広がっている。ひとまず物価と為替が尋常でない。消費者物価上昇率は5から6%(前年比)にのぼる。1998年の7.5%以来14年ぶりの最高水準だ。通貨危機だった97年の4.4%を上回る。為替レートは1ドル=1300ウォン水準を突き抜けて1400ウォン台に向かっている。一日に10ウォン前後のウォン安ドル高になったりする。金融危機当時のようだ。ところが政府の反応も当時と似ている。先月29日、秋慶鎬(チュ・ギョンホ)副首相兼企画財政部長官は国会で「外貨の保有は十分だ。IMF通貨危機とは違う」と述べた」

 

9月6日、昼のオンショア市場でのウォン終値が、夜のオフショア市場では11ウォンも下げている。異常な動きである。韓国経済が、半導体で支えられているという脆弱構造を投機筋は突いてきた感じだ。不吉な予感がする。

 


(4)「実際、当然のことだ。通貨危機も金融危機も経済危機の一種類にすぎない。危機はいつも異なる姿を見せ、また進化した。ノーベル経済学賞受賞者ポール・クルーグマンは著書で「危機は米連邦準備制度理事会(FRB)の非常に賢い人物を含めて誰も予測できない新しい次元をずっと発展させて見せる」と主張した。新たな危機が近づいている。IMF通貨危機の記録を超える最悪の経済危機ではないことを望むだけだ

韓国は、償還期限1年以下の短期対外債務の割合が現在、10年ぶりに外貨準備高の40%を超えたことも軽視できない点だ。通貨危機では、短期の対外債務の動きがカギを握るのである。韓国には、通貨危機の起こる条件が次第に集まり始めている。