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中国共産党大会最終日の10月22日、衆人環視の下で異変が起こった。胡錦濤前総書記(前国家主席、79)が係員に付き添われて突然、退席したことである。これについ、臆測が盛り上がっている。中国では、党や国の重要行事は綿密に式次第が計画され、政治的な動きは人目には触れないようにされるのが常であるからだ。

 

偶然この前後の動きが、スペインの日刊紙『ABC』によって公にされた。胡前主席が退場させられた映像より前の様子を写した写真14枚は、サイトに公開されたのだ。それによると、習氏が合図をしてから一連の動きが始まっている。

 

『中央日報』(10月25日付)は、「目くばせの後に随行員登場…中国胡錦涛氏の退場、習近平主席の指示か」と題する記事を掲載した。

 

胡錦涛前国家主席が第20回全国代表大会閉会式の途中で突然連れ出されるように退場したことに対し、習近平国家主席の指示だったとの状況を捉えた写真が22日に外信を通じて公開された。

 

(1)「この日スペインの日刊紙『ABC』は、胡前主席が退場させられた映像より前の様子を写した写真14枚をサイトに公開した。『ABC』によると、胡前主席の左側に習主席が、右側に習主席の最側近である栗戦書全国人民代表大会常任委員長が着座していた。胡前主席は机の上に置かれた赤い書類ファイルを開けようとして腕を伸ばすと、栗委員長が胡前主席の手をつかんでその書類ファイルを自分の方に持ってきた。すると、胡前首席は不快がるような表情を見せ、栗委員長は胡前主席に何か話しかけた。胡前主席は固い表情になった。これを見守った習主席は、どこかに目くばせしたように見え、孔紹遜中央弁公庁副主任が習主席の横に来る姿が写っている。続けて随行員とみられる男性が胡前主席の後に近づいた」

 

胡錦濤氏には、赤い書類ファイルを見させない。最初からそう、仕組まれていたことが分かる。見られると拙い内容であったのだろう。人事案であったのかも知れない。習氏が、目配せして胡氏を連れ出したという連想が生まれるのだ。

 

(2)「その後の様子は、AFP通信やユーロニュースなどの外信映像でも確認できる。映像によると随行員は胡前主席の腕をつかんで席から立たせようとした。これに対し、胡前主席は随行員と言葉を交わすようすで席から立つまいと抵抗した。習主席の前に置かれた書類にも手を伸ばしたが習主席が書類を自分の前に持ってきた。結局、胡前主席は随行員に連れて行かれるように退場した。退場しながら習主席に二言三言話しかけ、横に座った李克強首相の肩をたたく姿も捉えられた。この過程で習主席が胡前主席の中途退場を指示したのではないかという観測が出ている」

 

中国国営通信は、胡氏が健康状態悪化で退場したと説明されている。それにしては、胡氏の席から立つまいと抵抗するような姿は解せない。明らかに、自らの意思に反して連れ出されることへの拒否姿勢である。

 

(3)「台湾の『自由時報』はこの日、胡前主席を支えた随行員が、習主席の随行員だと在米中国科学専門作家の方是民(ペンネーム・方舟子)の話として報道した。『フォーリンポリシー』は、習主席の意図的な舞台演出である可能性に言及した。党内で自身と異なる政策を擁護できる人物の1人を「効果的に粛清」したと指摘した。この日行われた中国共産党の党規改正で、胡前主席が反対意思を表明するのを防ぐためだったとの推測も出ている。英『BBC』は、胡錦涛時代の改革開放が(習近平時代に)全く異なる方向に展開することを見せる象徴的場面だと解説した」

 

胡氏が、党規改正に反対意思を示すことを防ぐための「連れ出し」とも解釈されている。これについて、『ロイター』(10月25日付)は、「中国胡氏の異例の党大会退席、秘密主義がさまざまな臆測に」と題する記事を掲載した。

 

(4)「胡氏は党のエリート集団とされた共産主義青年団(共青団)出身。共青団系の幹部3人も今回の党大会で党指導部から排除され、個人独裁を防ぐため党が築いた集団指導体制は事実上、瓦解した。こうした状況での胡氏の退席や、突然の退席のタイミングは「本当は一体何が、なぜ起きたのか」を巡る思惑を呼んだ。高齢から来る体調不良だったのか。もっと別の、例えば胡氏による抗議の表れだったのか。あるいは習近平総書記(国家主席)による胡氏追放劇だったのか-などだ」

 

(5)「在中国の欧州商工会議所のイエルク・ブトケ会頭は、「一つの時代が終わったように見える」とした一方、「率直に言って、極めて不気味に見えた」とも指摘した。ブトケ氏は「一人の老人が明らかに苦しそうにしているのに、場内の誰一人として寄り添う感情を何ら見せていないことに本当に驚愕した」と話した」

 

この謎は、これからの習近平氏によって解かれるであろう。中国が、危険なゾーンへ入り込んでいる前兆であるかもしれないのだ。