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米空軍で輸送や給油を担当するマイク・ミニハン司令官が内部メモで、2025年に台湾有事が起こると予測、準備を急ぐよう指示したことが1月27日に分かった。こうした、台湾侵攻を巡る情報が飛び交う中で、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)は冷静に対応。台湾での先端半導体設備投資を積極化させているのだ。この冷静な対応姿勢の裏には、どのような経営哲学があるのか。 

英誌『エコノミスト』(1月21日付)は、「TSMCの周到な長期戦略」と題する記事を掲載した。 

半導体受託製造(ファウンドリー)世界最大手で、時価総額4300億ドル(約55兆円)を誇る台湾積体電路製造(TSMC)は、世界で最も危険な地政学的火種を抱える国や地域をまたにかけて事業を展開している。そうした大変な状況にもかかわらず、冷静さを失うことがない同社には好感さえ覚える。

 

(1)「TSMCが誇る比類なき先端半導体の製造能力は、米国と中国双方の垂涎の的だ。同社による半導体の供給量は、米国向けが中国向けを大きく上回るが、米中のいずれかが経済的圧力か軍事力によってその独立性を完全に奪えば、世界に与えるその影響は甚大なものになるだろう。同社の工場の多くは台湾西岸にあるため、中国が台湾海峡を経て侵略してくる危険に常にさらされている。だが同社がうろたえることはない。「もし戦争が勃発したら半導体のことを心配していればいいなどという事態ではなくなる」と91歳のTSMC創業者、張忠謀(モリス・チャン)氏は2022年、ある音声番組ポッドキャストでこう述べた。彼の後継者で同社董事長の劉徳音(マーク・リュウ)氏は、誰にとっても平和が一番だと強調する」 

中国は、TSMCから半導体供給を受けなければ、自動車などの産業がストップするほどの高い依存度である。中国が、そのTSMCのある台湾へ軍事侵攻するか、という「信念」を持っているのだ。 

(2)「TSMCは、米国からのラブコールに応じて米陣営(注:米国での工場建設)に加わったかにみえる。バイデン米大統領は昨年12月、同社が米国アリゾナ州フェニックスに建設中の巨大な半導体製造工場の前に立ち、同社が総額400億ドルを投資すると発表したことに歓迎の意を表した。ただ、同社をよくみると地政学的にやっかいな事態にどう対処すべきか教訓を与えてくれる。TSMCは一部の見方とは異なり、米中新冷戦によって台湾との決別を強いられているわけではない。同社の台湾の工場は、今も世界で使われる最先端半導体の75%以上を生産している」 

TSMCが、米国へ工場進出したのは外交的な意味もある。米国民へ台湾の存在を深く認識させて、中国の台湾侵攻の際は防衛に立ち上がるような期待感を持っているであろう。

 

(3)「同社は、ビジネスの利益を最優先するために極めて高度な外交も展開しているのだ。米国以外でもソニーグループのために日本で初の半導体工場を建設する。こうした動きは生産拠点を顧客企業近くに移す戦略のようにみえるが、台湾に住む人からはTSMCが台湾を見捨てるのではないかとの疑念を招く。米調査会社ニュー・ストリート・リサーチのアナリスト、ピエール・フェラグ氏は、「まったくの見当違いだ」と反論する。TSMCはアリゾナとほぼ同時期に台湾でも新工場の建設を進めており、しかもそれらの生産能力はアリゾナで建設中の2つの新工場の4倍に達するうえ、より先端の半導体を生産することになるからだ」 

TSMCが、日本へ工場を建設するだけでなく、筑波へ研究所も開設した。オールジャパン(政府・産業界・学界)の参加を得た半導体研究所である。TSMCは、さらに日本でも二番目の工場建設計画を示唆しているほど。これも、日本に対して台湾防衛での協力を求めるという意味合いがあろう。TSMCが、米国へ工場進出している背景と同様なものがあっても不自然ではないのだ。

 

(4)「米国への大規模投資は、急な戦略転換をしたというより長期的な保険という意味合いが強い。米国に生産拠点を持つことで、人材と各種サプライヤーを確保するという難しい課題に着手することが可能になる。これで「中国が台湾爆撃という信じがたい行動に出た場合」に備えた拠点拡大への準備になる。ただ、当面は研究開発の大部分と生産能力の少なくとも8割は台湾にとどまることになりそうだ」 

TSMCが、米国で大規模投資をするのは長期的なリスク分散を図る意味もある。仮に、中国が台湾侵攻すれば、半導体生産機能も止る事態になる。TSMCの世界供給責任を果たすためにも、米国進出は不可欠である。人材確保という面もあるのだ。

 

(5)「ある意味、TSMCはバイデン政権にうまく取り入っている。アリゾナ工場は米国の半導体安全保障問題を解決できないかもしれない。少なくとも、バイデン氏が重視する製造業の良質な雇用(組合はつくらないなど)をある程度提供することにはなるからだ。つまり同社は自社の将来にとり長期的に保険となる体制を築きつつあるのだ。同社は最先端の半導体は一層複雑になり、生産コストは上昇していくし、世界経済のデジタル化が進むほどその利用は増えていくとみている。そうなればTSMCはいずれ、人口が減少している台湾では対応しきれなくなるかもしれない。その場合、米国を筆頭に世界の優秀な頭脳を集めることが死活問題となる」 

TSMCは、長期的な視点から米国への進出を行なっている。一つは自社のために、もう一つは、米国による台湾防衛への協力要請である。