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中国が昨年12月7日、突如としてゼロコロナを打切った背景は、経済の落込みが深刻であったからだ。早く感染を拡大して、社会的免疫度を上げる政策へ転換した。これは、内部文書でも明らかになっている。本欄でも取り挙げた通りである。

 

このゼロコロナ打切りは、「ゼロワクチン・ゼロ医療」という中で強行されたので、多くの高齢者が犠牲になった。この種の強硬策は、習近平氏だけが行なったものでなく、毛沢東にも前例があるという指摘がされている。

 

『ニューズウィーク 日本語版』(12月31日付)は、「中国『ゼロコロナ放棄』の冷徹さは毛沢東にルーツがある」と題する記事を掲載した。

 

あの厳格無情なゼロコロナ政策を、習近平は何の予告もなしに放棄した。これには世界中が驚愕した。公衆衛生や経済面の影響に対する備えはゼロ。しかも中国政府はmRNAワクチンの無償供与という諸外国の申し出を拒否。国内各地で猛烈な感染拡大が報告されていたのに、経口抗ウイルス薬「パキロビッド」の購入に関する米ファイザーとの交渉も打ち切った。

 

(1)「もしかして、習近平は自慢のゼロコロナ政策の崩壊で無力感を抱き、多くの若者たち同様に努力せず怠惰な「躺平(タンピン、寝そべり)主義」に陥ったのではないか。そんな観測もあった。しかし中国共産党に関する限り、いかなる作為にも不作為にもディープな戦略的理由がある。それは何か? 答えは、ほぼ明らかだ。中国政府筋のさまざま発言を読み解けば分かる。今の習近平には新しい目標がある。可及的速やかに最大限の集団免疫を確立し、全国人民代表大会(全人代)が始まる春までに経済を再び軌道に乗せることだ」

 

習氏は、3月の全人代開会までにコロナを一掃するという政治目的を立てている。そのためには、「ゼロワクチン・ゼロ医療」やむなしという選択をしたと見られる。

 

(2)「この「快速過峰」(速やかに感染ピークを越える)の目標は達成できそうだ。早くも一部の地方政府からは、住民の感染率(自然免疫獲得率)が80~90%に達したという報告が届いている。これを全国に広げれば、習は全人代の場で勝利を宣言でき、3期目の国家主席就任に花を添えられる。これが習近平の新戦略。そう考えれば、一連の事態も説明がつく。ワクチンの供与を拒んだのは、そんなものは無用だから。ワクチンの接種には何カ月もかかるが、それでは全人代に間に合わない。感染力の強いオミクロン株を野に放つほうが手っ取り早い」

 

当局は、感染のピークを越えたと宣伝している。確かに第一波を超えたとしても、第二波の襲来を予想しなければならない。その辺りの見方が違っている。

 

(3)「でも、それで100万以上の死者が出たら経済にも悪影響があるのでは? いや、ご心配なく。死ぬ人の大半は高齢者や慢性疾患を抱えた人だから、むしろ中国経済にとってはプラスになる。高齢化の進展に伴う不都合な現実を瞬時に解決でき、医療費の大幅な節約にもつながる。むろん、抗ウイルス薬も要らない。重荷や負担にしかならない人々の延命に、中国共産党は貴重な資金をつぎ込んだりしない」

 

このパラグラフでは、辛辣な評価を下している。年金支払額が減って、年金財政的の負担が減って楽になるとされる。だが、高齢者の年金を頼りにしてきた人々は、これからの生活が苦しくなる、という側面もある。

 

(4)「しかも、結果として再び世界中に新型コロナウイルスを輸出でき、各国に検疫や防疫などで重い負担をかけられる――。中国にとって、こんなにうまい話はない。だから中国政府は春節(旧正月)に先立って、一般国民の海外渡航を解禁した。思えば3年前もそうだった。この致死的な感染症の発生を知りつつ、すぐには国民(や国内にいた欧米ビジネスマン)の出国を禁じず、ウイルスを国外に拡散させた。こういう「近隣窮乏化政策」は卑劣すぎると思われるかもしれないが、歴史をひもとけば、それは中国共産党の忌まわしい伝統であることが分かる」

 

春節期に、中国人の海外旅行は増えたが、それによる感染者急増というニュースはまだない。

 

(5)「習近平が師と仰ぐ建国の父・毛沢東は1935年、偉大な「長征」(と言っても実は必死の退却だったのだが)で遠くて寒い陝西省延安へ向かう途中、雪深い崑崙(こんろん)山脈を前に有名な詩を作った。題して「念奴嬌・崑崙」。そこには「崑崙よ、おまえはそんなに高くなくていい、そんなに雪深くなくていい。私は宝剣を抜き、おまえを3つに切り裂こう。1つは欧州に与え、1つは米国に贈り、残る1つは東方の国(毛自身の解説によれば日本のことだ)に戻す。そうすれば世界は平らになり、どこも同じ気温になる」とある。「寝そべる」どころではない。習はゼロコロナから「ゼロワクチン・ゼロ医療」へと舵を切った。自分の身と中国共産党を守るためだ。それ以外の国は、ご用心を」

 

習氏が、ゼロコロナ打切りで手本にしたのは毛沢東であると指摘している。毛沢東は、「大躍進政策」や「文化大革命」を強行し、1000万人単位の犠牲者を出している。習氏がこういう前例を踏襲したとすれば、ゼロコロナ打切りに伴う犠牲者急増も頷ける、としている。これでは、コロナ犠牲者の霊は浮かばれまい。