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23年春闘は、確実に日本経済のターニングポイントを形成した。30年ぶりに3.7%と高い賃上げを実現したからだ。大企業と中小企業の内訳を見ると、大企業が3.91%、中小企業も3.35%と健闘した。これは、賃金格差を埋める動きであり、背景に人手不足という深刻な事態が控えている。 

中小企業といえども、人手不足という事態に直面し大企業と遜色ない賃金でなければ経営を継続できない環境になってきた。これが、消費者物価へ反映されることは間違いなく、関門であった消費者物価上昇率2%は定着必至の情勢である。「ゼロ金利廃止」への里程が、浮かび上がって行くはずだ。 

『ロイター』(6月1日付)は、「人手不足が日銀に圧力 物価上昇持続シナリオの現実味」と題するコラムを掲載した。筆者は、同社の田巻一彦氏だ。 

人手不足が日本の経済と社会を大きく変えようとしている。30年ぶりに3%台の賃上げ率となった2023年に続き、24年も大幅な賃上げが実現する可能性があると筆者は指摘したい。背景にあるのは、人手不足の下で人材を確保して競争に勝とうという経営者の心理だ。

 

(1)「帝国データバンクが、今年4月に全国の約2万7600社を対象にした調査によると、正社員が不足しているとの回答は51.4%に上った。業種別では旅館・ホテルが75.5%と最も多かった。こうした人手不足は、大幅な賃上げにつながったと筆者は考える。人手不足と賃上げのリンクは、別の調査ではっきりする。帝国データバンクが今年5月に1033社を対象に調べた結果では、人手が不足していない理由として51.7%が賃金や賞与の引き上げを理由として挙げた」 

下線部のように、賃金や賞与を引き上げた企業では、人手不足に陥っていないことが分った。これは、適正な待遇を行うことが、人手確保の前提であることを示している。 

(2)「このように見てくると、利益に見合った給与しか提示できない企業は人材獲得の面で劣勢となり、それがビジネス上におけるマイナス要素となって脱落していく可能性が高まっていると筆者は考える。長期間続いてきた超低金利政策で、非効率で生産性の低い企業が生き残ってきたと言われてきたが、足元で進行している人手不足が企業間の優勝劣敗を生み出すパワーとして作用し始めたのではないか。優秀な人材を確保できなければ、中長期的な増収・増益を図ることも難しくなる。手厚い内部留保を確保している企業は、短期的な下押しの圧力が見込まれても、人材確保を優先して23年並みの賃上げを実現しようとするのではないかと筆者は予想している 

24年度も、23年度並みの賃上げを実現できなければ、人手確保が困難になる。労働力人口が減っているからだ。こうして、企業の優勝劣敗は賃上げ率によって決まる時代になった。

 

(3)「この流れは、日本における2%を超える物価上昇の長期化として波及すると予想する。全国消費者物価指数(CPI)の先行指標的な性格を持つ5月の東京都区部CPIは、総合とコア(生鮮食品を除く)が前年比3.2%上昇、コアコア(生鮮食品とエネルギーを除く)は同3.9%上昇だった。政府が実施している電気やガス料金の支援策によって、総合とコアは約1%ポイント押し下げているが、この支援策は今年9月で終了する。また、6月から東京電力などで家庭用の電気料金が値上がりする。足元で原材料価格の下落による輸入物価の押し下げ効果がCPIに効いてくるとみられていたが、電気料金の値上げや政府の支援策がなくなれば、相殺するだけでなく物価を押し上げる可能性もある 

円相場は、年内に1ドル=120円台になるという予測が出ている。これは、輸入物価を押下げるので消費者物価引下要因になろう。だが、人件費アップによるサービス価格の上昇によって、円高分による価格引き下げを相殺できるかが焦点になる。ただ、消費者物価上昇率2%は、絶対的条件ではなくなっている。総合的な判断に立てば、「ゼロ金利撤廃」議論が起るだろう。

 

(4)「さらに足元では、これまでフリーズされてきたサービス価格の上昇が人手不足によって加速する兆しが出てきている。5月東京都区部CPIでは、サービスの上昇率が前年比1・7%上昇となった。そのうち宿泊が同11.5%上昇、外食が同8.1%上昇と目立った。外国人観光客の急増だけでなく、人手不足による人件費などコストの上昇も影響しているようだ。このようなサービス価格の上昇は、いったんスタートすると幅広い範囲に拡大し、まるで溶岩がゆっくりと進むように物価を押し上げる要因になる」 

5月の東京都区部CPIは、サービス価格が前年比で1.7%上昇である。人手不足による賃上げが価格引上げに繋がったものだ。これまでのように、「コスト吸収で価格据え置き」はビジネスモデルでなくなった。それは、賃上げを不可能にして人手不足を招く要因になるからだ。自ら、企業衰退への道を歩む要因になる。価格据え置きによる「販売シェア確保」は時代遅れになった。賃上げして価格を上げる。これが定着すれば、日本経済は様相を一変する。 

(5)「CPI上昇率が2%を超えて長期間にわたって推移しそうだとの判断になれば、自ずと日銀の政策スタンスも変化することになるだろう。その時に日本経済が、どの程度の成長率の軌道を走っているのか。日銀が金融政策について何らかの修正を図ろうとする際に「一時的」という物価上昇に対する認識を変えることになるとみられる」 

サービス価格値上げが、消費者物価上昇率2%の壁を突き崩す可能性が出てきた。「ゼロ金利撤廃」という悲願へ一歩進めるであろう。