中国経済は、進退に窮している。習近平国家主席が、頑なに消費刺激策を「福祉主義」として拒否しているのだ。社会主義経済が、福祉主義を否定するというのも不思議な話である。社会主義は本来、資本主義よりも国民を幸せにする制度でないのか。
7月に人民銀総裁を退任した易氏は、中国が5%程度としている今年の経済成長目標を達成するために、政策支援を「適切に」強化する必要があるとの見解を示した。国政助言機関である中国人民政治協商会議(政協)の公報紙『人民政協報』が今週、同氏の発言を報じた。易氏は、内需拡大を支援するためにマクロ経済政策を「適切に強化」するとともに、住宅部門の支援には構造的な金融政策を「十分に活用」することを提言したのである。『ブルームバーグ』(9月21日付)が報じた。こういう声は、習氏に届かないのだ。
『日本経済新聞 電子版』(9月21日付)は、「中国経済を妨げる『制度のワナ』」と題する記事を掲載した。筆者は、日本総合研究所上席理事の呉軍華氏である。
中国経済の「日本化」を指摘する声が聞かれる。不動産市況や物価など、バブル崩壊後の日本と似通う問題に直面しているためだが、一党支配で発展段階も異なる中国経済が、「日本化」する可能性はほぼないだろう。それより注目すべきは、「ソ連化」が進むか否かだ。
(1)「フルシチョフ時代のソ連は高い経済成長を遂げたが、その後は長期にわたり停滞した。体制維持を最優先とすることで、中国はその轍(てつ)を踏む可能性がある。旧社会主義国陣営では、中国のみが改革開放下で高い成長を遂げた。このため改革開放は中国独自のものと思われがちだが、そうではない。中国の改革開放は、レーニンが1921年に始めた新経済政策「ネップ」がルーツといえる。レーニンは内戦による経済危機から脱するため、便宜的に資本主義的手法を取り入れた改革を進めた。一方で、政治や文化などの面では民主国家の影響を遮断し、あくまでも共産党政権の維持を最重要課題に据えた」
「ネップ」とは、ロシア内戦直後にソ連で導入された新経済政策である。戦時共産主義による国民の疲弊を救うために1921年に施行された。食料税の導入と税納付後の残余農産物を市場で自由に売買してよいというように、市場原理の部分的導入が特徴である。レーニンは、「国家資本主義」と呼んだ。
ネップはその後、社会主義と矛盾しているとして批判された。レーニン死後の1928年、スターリンが否定的評価を下して幕を閉じた。その後は長らく顧みられることはなかったが、ソ連崩壊前のペレストロイカ時代に入ると再評価された。
(2)「ネップはレーニンの死後、しばらくして終了したが、その間にモスクワに滞在した若き鄧小平には、深い印象が残ったようだ。鄧小平は何度もネップを高く評価した。中国の改革開放が「中国版ネップ」と言われたほどだ。もちろん中国の改革開放にはネップにない要素もある。両者の主な違いは、民間企業の活用と対外開放にある。以前、本欄でも指摘したが、中国共産党は政権獲得後、すべての権利を中央に集中するソ連型の全体主義的体制を移植したが、やがて「郡県制」の伝統を受け継いだ地方分権的全体主義に改めた。この体制の下、民間企業の誘致合戦が地域間で活発になった。また、中国は先進国の資本・技術を容易に取り入れる経済のグローバル化にも恵まれた。だからこそ、中国はソ連などとは異なる成長パフォーマンスを実現できた」
鄧小平は、当時のソ連でネップを経験したこともあり、改革開放政策(1979年)では、このネップを参考にしている。先進国の資本・技術を容易に取り入れたので、ついにGDP世界2位(2010年)を実現する原動力になった。
(3)「経済成長とそれに伴う中間層の拡大は、民主化につながるとされる。西側の対中接触政策を支えた理論的根拠だ。しかし、中国共産党にとっては、平和的手段で体制崩壊を狙う「和平演変」にほかなく、絶対阻止すべきことだ。習近平体制発足以来、社会統制の強化や民間企業の締め出し、米国など西側諸国との関係悪化が顕著に進んだ。その原因を習氏個人に求める声も聞かれるが、そうではなく制度的なものと言わざるを得ない」
中国は、改革開放政策は成功しすぎた結果、国内でマルクス主義否定論が登場するまでになった。毛沢東左派とされる習近平氏にとっては、座視できない事態と受け取り、大きく「左旋回」することになった。
(4)「共産党の支配や公有制を基本とする社会主義制度の維持などは、改革当初からの基本原則だ。反「和平演変」は江沢民・胡錦濤時代でも最重要課題だった。習体制となってこうした動きが劇的に強まったのは、国力の増強により、便宜的な改革で成長を促す必要性が低下したためだ。そして、社会の多元化に向けた圧力が増大し、「和平演変」のリスクが高まったと、指導部が判断したからだろう。中国経済の苦境を「中所得国の罠(わな)」で説明する向きもある。しかし、成長を妨げる罠は所得水準ではない。それは基本原則に裏打ちされた制度だといえよう」
習氏は、国民生活を犠牲にしてまでも共産主義を守ろうとしている。下線部の指摘は、習氏のイデオロギー固執という「制度の罠」が、中国経済を停滞させると危惧している。ちなみに、筆者の呉氏は中国出身である。氏が、ここまで明確に言い切ったのは初めてだ。相当な危機感を持っているのだろう。
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2023-09-21 |
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