大卒者の若者は、20%強が失業している。政府は、これらの無職青年を農村ボランティアとして送込んでいる。習近平国家主席は文革時代、強制的に農村へ送込まれた。時代が移って、GDP世界2位になった現在も、相変わらず農村へ若者を送込まなければならないのだ。政治体制の矛盾を明らかにしている。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(11月8日付)は、「中国の地方空洞化、頼りは無職の若者」と題する記事を掲載した。
中国の習近平国家主席は、10代だった文化大革命(文革)の時期に農村に送り込まれ、1960年代後半と70年代前半の数年を農業に従事したり穴居で本を読んだりして過ごした。それから半世紀がたち、習氏はより多くの若者が自分の先例に倣うことを望んでいる。若者の失業率が記録的な水準に達し、中央政府が地方空洞化への懸念を強める中、習氏は学生や大卒者に苦難を受け入れ、都会での生活を捨てて田舎暮らしを検討するよう呼び掛けている。
(1)「政府は若者を地方に誘致するためにさまざまなプログラムを立ち上げた。農村に入った若者は、地元の農産品を宣伝したり、壁にペンキを塗ったり、共産党の指導力を農家の人に称賛したりする役割を担っている。何十万人もの若者を地方に送り込むことで、無職の若者に仕事を与えると同時に、国の経済成長から取り残された村落が活性化されることを政府は期待している。だが、多くの若者がこうしたプログラムを利用するのは、今は難しそうな大都市での職探しを先延ばしするためだ。彼らが働いたところで、ビジネスや投資の不足といった地方の問題を解決できるわけではない。ペンキ塗りを志願し、公式アプリで登録すれば、後に共産党に入党しやすくなると考える学生もいる。公職に就ける可能性が高まり、就職に非常に有利になるとの期待がある」
若者は、徒手空拳で農村へ送込まれても生産性向上という「大義名目」を実現できるわけでない。政府が、無職でぶらぶらされていては困るという目的であろう。せっかく大学で学んでもその技能知識を生かせる場所がない。中国は、こうやって潜在成長率を引下げている。
(2)「中国はこれまで数々の地方向け貧困対策を打ち出してきたが、最新の特徴は、習氏の主要な政治目標を推進するために若者に協力を求めている点だ。こうした取り組みが加速したのは、習氏が昨年12月の演説で、より多くの卒業生を地方に向かわせるよう政府関係者に要請してからだ。習氏は、この40年で進んだ地方から都市部への人口移動について、国の食糧供給を危険にさらし、西側諸国との競争が激化する中で国を脆弱(ぜいじゃく)にしているとの懸念を表明。「一部の村落で発展が遅れているのは、もっぱら人材不足が原因だ」としている」
農村部の過疎化は、人口動態という大きな変化の中で起こっていることだ。こういう構造的な問題は、技術や知識もない無職の若者が「突発的」に行ったところ解決不可能である。経済成長という視点で見れば、無益・無駄・無知の「三無」に該当する。
(3)「習氏の構想は、より多くの若者を、1年や2年ではなく長期的に田舎に定住させることだ。今夏時点で都市部の若年層の失業率は20%を超えていた。町や村に移住させることで、多くの卒業生が望むホワイトカラーの仕事を十分に創出していない都市部の緊張をいくらか緩和できる。だが多くの若者は、都会で店員や配達員などの低賃金労働でしのぐ方を選ぶだろう。親のすねをかじって生活している人もいる」
習氏は、学生時代に経験させることを、社会人にさせている点で間違えている。職業として農村へ行かせるよりも、適性にあった正規の雇用先を確保することが、いかに大切であるか。習氏には、残念ながら経済知識がゼロのようだ。恐ろしいことである。
(4)「若者を田舎に送り込むという考えは、中国共産党の歴史に深く根ざしている。党は毛沢東の指導の下、1960年代から1970年代にかけて1600万人余りを農村に下放して労働に従事させた。15歳だった習氏は、北京の恵まれた環境から北部の荒れ地の村に送られた。公式メディアによると、同氏は穴居で眠り、羊の世話をし、農業従事者と畑の手入れをした。国家主席となった習氏は当時について、国家のために犠牲を払うことの大切さを教えてくれた、人生を変える経験だったと語っている。中国の農業競争力を高め、若者に雇用を創出するという現実的課題に加えて、若者はもっとたくましくあるべきとの同氏の信念も、農村での労働推奨を後押ししている」
20代の貴重な時期を、農村部で無益な仕事するよりも、適職を得て働く方がどれだけ社会へ貢献するか。習氏には、こういう視点がゼロである。この発想法で、世界覇権を狙っているとしたら、月へ石を投げるような話になる。


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