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中国は、習近平指導部の一強体制で日々、言論統制が強まっている。当局からの脅しや拘束におびえ、故郷に見切りをつけて外国に移り住む人たちが増えている。習氏は、声高に「中国繁栄・米国衰退」を叫んでいる。だが、皮肉にも中国国民はその「衰退する」米国への入国を求め、家族ずれてメキシコ国境で待機する人たちが後を絶たないのだ。流浪を続ける「中国の民」の哀しい姿は、何を物語っているのか。 

元世界銀行総裁のロバート・ゼーリック氏は、習近平氏について貴重な証言をしている。「(私が)世銀総裁を退く2012年に彼(習氏)は総書記になった。当時、私は習氏に『あなたの経済的優先事項は何ですか』と聞いた。答えは『8660万人の共産党員』だった。多くの世界の指導者と話したが、経済の計画を聞かれ党員数を答えた人はいなかった。彼が目指したのは共産党の強化で、経済は重視していなかった」(『日本経済新聞 電子版』1月7日付)。 

このゼーリック氏の証言の中に、習近平氏が経済問題よりも共産党の強化・拡大が第一命題であることを明確にしている。中国共産党さえ発展できれば、経済は二の次という姿勢である。国民の存在は眼中にないのだろう。

 

『日本テレビ』(1月7日付)は、「中国で奪われた自由故郷捨て外国に逃れる若者が増加 一方で残る決断も 『自由の代償は監獄行き』」と題する記事を掲載した。 

2023年、中国のSNSなどにある動画が投稿された。1人の男性が白い紙を掲げている。すると複数の男性が「警察」と書いた青色の幕を広げ白紙を周囲から見えなくする。その後、白紙を持っていた男性は両手を縛られ、拘束される結末だ。 

(1)「張さん(仮名)は、2023年10月に日本に来たばかりの20代女性。自由を求め、生まれ育った母国・中国を捨てることにした。張さんは、まだ北京に住んでいた22年11月27日夜、SNSを見て目を疑った。中国政府が鉄壁の警備を敷くこの北京で若者たちが声を上げていたのだ。張さんはいても立ってもいられず、タクシーに飛び乗ってSNSで投稿されていた北京の川沿いに駆け付けた。現場に着くと、集まっていたのは、ごく普通の若者たち。デモから1週間後、張さんの自宅を警察が訪れた。なぜ自宅まで割り出されたのか。携帯電話の位置情報で特定されたと思った。応対した張さんの父親に、警察はこう言い放った。「あなたの娘の思想はおかしい。厳重な監視が必要だ」と申し渡された」 

中国は、顔写真を頼りにすぐに居場所を突き止めるシステムを作り上げている。秘密警察が張り巡らされている。

 

(2)「23年春、日本に移り住むことを決めた30代の王さん(仮名)。中国で映像制作に携わってきた。王さんによると、6年くらい前までは、映像制作の分野は比較的自由で、社会問題をテーマにした作品なども制作し、海外のコンペに出品できていたという。空気が一変したのは18年。映像作品への中国当局の検閲が、突然、強化されたという。この年は、2期目の習近平政権が正式発足した時期と重なる。国家主席の任期を撤廃するなど、習氏の一強支配が急速に確立した時期だ。それ以降、映像業界に限らず、芸術、学術などあらゆる分野で制限が、ますます厳しくなっていくのを感じたという」 

習氏は下線の通り、すでに国家主席2期目から国内の引締め政策に入っていたことが分る。超長期政権への布石を打ち始めていたのだ。 

(3)「今回、中国から日本に移り住んだ何人もの若者と出会うことができたが、皆、日本に来た後も、中国当局の圧力をひしひしと感じていた。ある女性の家族の元には「あなたの子供は最近、海外にいるのか」と当局から電話があったという。私が取材した時期と重なる。また別の男性は、SNS上で政権を批判した直後に、中国当局とみられる人物から電話がかかってきたと明らかにした。彼らは、自分たちの日本での行動も見張られているのではないかと、強く警戒する」 

日本にも、中国の秘密警察がいることは疑いない。かつて、中国から日本へ帰化した学者が、父母の見舞いで里帰りした際、3回も「中国名を名乗れ」と脅迫された例を聞かされたことがある。日本側にも協力者がいることは間違いない。

 

(3)「中国の若者たちは不自由を感じていないのか。「白紙デモ」の熱気は本当に消えてなくなったのか。本当のところはどう思っているのか。北京の若者に人気の散歩スポットで聞いてみた。「日本や韓国は、バラエティー番組で首相のモノマネができたり、ニュース番組の街録で政府をやゆしたりできる。中国でそれをやれば監獄行きだ」。「政府に抗議すれば、鎮圧されないわけがない。私たちは洞窟の中で暮らしているようなもの。自分の本当の気持ちと周囲の環境、政治状況をゆっくり擦り合わせる。自由をあきらめることも重要なのだ」と」 

中国の高学歴の若者は、権力によって沈黙を余儀なくされている。だが、この鬱積はいつか爆発する。それは、経済の長期停滞で公務員の給料が遅配になるときだ。すでに、遅配は始まっている。 

(4)「今回出会えた、日本での生活を選択した若者たちに、こう尋ねた。中国に戻りたくないのか? それとも戻れないのか?皆、一様に複雑な表情を見せた。大粒の涙を流しながら語ってくれた男性の言葉が忘れられない。「あの国はおかしくなっている。でも悔しいことに、そんな国も生まれ育った祖国・故郷なんだ。2024年、この国を覆う閉塞感に変化の兆しはあるのだろうか」 

かつて、作家の魯迅や革命家の孫文も、日本に滞在していたことがある。孫文は、横浜で日本女性と結婚し一女をもうけている。中国の若者は、日本で再起の機会を待つのだろうか。