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ロシアに異色の国防相が登場する。アンドレイ・ベロウソフ氏である。経済学者であり軍歴はゼロである。前国防相セルゲイ・ショイグ氏の部下であった国防省人事総局長ユーリー・クズネツォフ中将が14日、収賄容疑で拘束された。これまでの国防省は、とかく噂の対象になってきた。それだけに、新国防相に任命されたベロウソフ氏に注目が集まっている。 

『フィナンシャル・タイムズ』(5月13日付)は、「経済学者のロシア新国防相が果たす役割は、手法に変化も」と題する記事を掲載した。 

12日にショイグ国防相の後任に任命されたベロウソフ氏は、(これまでの国防相と)違うタイプの人物だ。ソ連時代からの経済専門家で従軍経験はなく、プーチン氏の文民の経済顧問として様々な役職に就いてきた。プーチン氏がベロウソフ氏を選んだのは予想外だったが、両氏を知る人や国内のアナリストは、プーチン氏が2年以上に及ぶウクライナ侵略の進め方を大きく転換したいと考えていることを示唆する人事だと指摘する。

 

(1)「国家主義的な産業政策の擁護者で、権力基盤を持たない官僚のベロウソフ氏の任命は、過去最高の10兆8000億ルーブル(約18兆5000億円)に達した国防費を自らより掌握し、従順で現実的な人物に予算の執行を任せたいとのプーチン氏の意向を反映していると、同氏を知る人々は話した。プーチン氏とベロウソフ氏の双方を長年知る人物は「ベロウソフ氏は汚職と無縁で、国防省は現状から大きく変わるだろう。ショイグ氏や同氏の側近はお金に目がない人々だ」と述べた。さらに「ベロウソフ氏はメダルを数多くつけた将軍のように軍隊を率いるふりはしないだろう。同氏は仕事中毒の官僚だ。また正直な人物でプーチン氏はベロウソフ氏をよく知っている」とこの知人は話した」 

ベロウソフ新国防相は、このウクライナ侵攻をどのように決着させる積もりか。最終的には、プーチン大統領の意思にかかるが、国防相としてどのように補佐するかだ。合理性を尺度とするならば、結論は一つ「平和」であろう。 

(2)「ソ連の著名な経済学者を父に持つベロウソフ氏は、1999年に政府の仕事に就く前は学問の世界に身を置いていた。これまでに経済発展相やプーチン氏の経済担当補佐官などを歴任し、直近では第1副首相を務めていた。これらの役職を務める間、ベロウソフ氏は一貫して経済における国家の強力な役割や公共投資による成長促進、低金利や緩和的な財政・信用政策を支持してきた。そのためナビウリナ中銀総裁やシルアノフ財務相など、タカ派の金融・財政政策で欧米の制裁を切り抜けてきた他の高官と頻繁に対立してきた」 

ベロウソフ氏の経済政策は、国家の強力な役割や公共投資による成長促進、低金利や緩和的な財政・信用政策を支持してきた。要するに、開発型の経済成長促進論者である。現在のロシア経済では、こうした開発型成長促進余地がなくなっており、持論を適用できない状況になっている。

 

(3)コンスタンチン・ソニン米シカゴ大教授は、「ベロウソフ氏は国家が全てにおいて主要なけん引役だと考える一派に属している。一方で彼は抽象的な概念を弄ぶだけの他の政府寄りの経済学者とは違い、我々と同じデータを分析していた」と指摘する。またソニン氏はベロウソフ氏が政府の役職に就いた際、「プーチン氏の手勢」の部分が彼の中にある「マクロ経済学者」の部分を乗っ取ったとの見方を示した。ベロウソフ氏を20年以上前から知っているソニン氏はプーチン政権を批判しているため、ロシア政府から指名手配されている」 

ベロウソフ氏は国家主義者であるが、抽象論を弄ばずデータに基づく実証主義者とされる。 

(4)「ロシア大統領府の元高官は「彼は愚かではない。数学的な頭脳を持つが、物事の見方はソ連のままだ。公平性についてばかげた考えを持っている。誰かが大金を稼いだらそれを奪わなければならないというものだ。私から見れば中国のやり方に似ている」と述べた。「Zブロガー」と呼ばれる愛国主義者や政府寄りメディア及び国営メディアの戦争特派員は、ウクライナ侵略の最初の1年間に軍の汚職を度々指摘し、管理能力の低さが前線での劣勢につながったと批判してきた。彼らの多くはベロウソフ氏の任命を歓迎している。経済の専門知識を称賛し、国防省の腐敗を一掃できる人物だとみている」 

ベロウソフ氏は、旧ソ連型の価値観の人物とされている。プーチン氏と同じタイプだ。ただ、腐敗を嫌うことから、国防省の腐敗を一掃できる人物とされている。

 

(5)「ロシア軍が、地上戦で屈辱的な敗北を喫した後もショイグ氏は国防相の座にとどまった。だが最近の防衛装備品の調達に関する汚職事件で同氏の地位は一層脅かされていた。連邦保安局が先月、ショイグ氏の側近のイワノフ国防次官を収賄容疑で逮捕したことから国防相の交代は時間の問題と見られていた。ロシア中銀の元職員アレクサンドラ・プロコペンコ氏は、ベロウソフ氏の指名は今後、内閣と国防省がより緊密に予算を調整することを意味するとの見方を示した。「ベロウソフ氏は、軍の予算削減ではなく増加する可能性がある。同氏は産業が経済に果たす役割を強く支持しており、防衛産業を通じた経済への資金供給に全面的に賛成するだろう」と同氏は話した」 

ベロウソフ氏は、防衛産業の拡大を通じて経済への資金供給策に賛成するとしている。これは、理屈から言えば不可能であろう。軍事産業は、付加価値を生まないから一般産業の発展に寄与しないのだ。現実に、労働力が軍事工場へ奪われ一般産業は労働力不足に陥っている。ただ、軍事産業の技術が、一般産業に利用されて生産性を上げることはある。それは、中長期的なことで短期的には不可能である。