日本では、円高不況論が呪文のように唱えられている。株価の値下がりも「円安の影響」と一直線に結びつけて報道されているほどだ。今、こうした状況認識を根本的に変える局面にきている。日本製造業が、従来にないペースで海外へ移転しているからだ。円安によって、国内失業率を引下げる必要性もなくなった現在、円高による交易条件改善へ本格的に取組む時期になった。王道復帰である。
『ロイター』(5月26日付)は、「円安メリット生かせぬ日本経済、競争力低下で続く貿易赤字」と題するコラムを掲載した。筆者は、同社の田巻一彦記者である。
4月貿易統計で象徴的だったのは2カ月ぶりの赤字だったことよりも、輸出数量が前年比マイナス3.2%だったことだ。ドル/円の月中平均レートが151円台と、1年前より円安だったメリットを生かせなかった。この輸出競争力の低下を反転させなければ、当局の介入で円安を止めても一時的な現象となるだろう。
(1)「岸田政権は米バイデン政権のインフレ抑制法(IRA)に代表されるような国内への投資還流策を強く打ち出し、輸出競争力の回復を図ることで円安を止める中長期プランを打ち出すべきだ。4月の貿易収支は4625億円の赤字となり、ロイターがまとめた民間調査機関の予想中央値の赤字幅である3395億円を上回った。注目されるのは、大幅な円安進行にもかかわらず、輸出数量が低下したことだ。4月のドル/円は151.66円と前年比14.7%の円安だった。通常、大幅な円安は輸出数量を押し上げ、輸出額を大幅にかさ上げする効果を持つ。ところが、4月の輸出数量は前年比マイナス3.2%と落ち込んだ」
円安が、輸出数量を減らす事態は深刻である。日本製品の競争力が、低下しているという危機感を持つことは重要だ。日本企業は、海外へ生産機能を大量に移転している。この結果、貿易収支が赤字で所得収支は大幅黒字という「成熟した国際収支構造」になっている。だが、油断は禁物である。国内産業の空洞化は、絶対に阻止すべきである。それが、日本経済の若々しさを維持する秘訣であるからだ。
(2)「急激な円安進行を止める対応策として政府・日銀のドル買い・円売り介入があるが、中長期的なドル買い需給を調整する力がないことは、広く市場参加者に認識されている。背景にある日本企業の輸出競争力を回復させなければ、ドル買い需給を大幅に変化させることは難しい。22日付日本経済新聞朝刊で神田真人財務官は「短期的な市場動向の要因ではないが、競争力低下には強い危機感がある」と述べている」
政府の為替相場介入は、時に必要でもある。だが、それは緊急時に限られる。本筋論は、円高へ移行させる経済政策の樹立が大前提である。
(3)「現実には、その危機感とは正反対の動きが活発化している。財務省によると、2023年の製造業の対外直接投資額は8兆9936億円と前年の7兆1576億円から25.6%増となっている。特にインフレ抑制法などで国内投資を優遇している米国を含む北米向けは4兆0244億円と全体の約45%を占めた。一方、23年の製造業の対内直接投資額は1兆5827億円と前年比マイナス2%と伸び悩んでいる。製造業の中には、米中対立やコスト増などを理由に中国から他のアジア諸国への生産拠点シフトが目立ち出しているものの、日本国内への還流という動きにはつながっていない。日本国内での人手不足や電力安定供給への不安、大地震など自然災害リスクなどマイナスの要因を挙げる企業が多いと筆者も聞いている」
現状では、23年の対外直接投資は25.6%増だが、対内直接投資はマイナス2%と大きく開いている。日本企業は海外へ直接投資しても、海外企業は日本で直接投資を増やすどころか減らしているのだ。ただ、海外企業の半導体やデータセンターへの国内直接投資が、今年から増えることは確実である。これが、どこまで増えるのか見定めなければならない。
(4)「足元で続く大幅な円安は輸出企業にとって日本での生産に関する採算の急激な好転を意味し、数年前とは環境が激変しているはずだ。そこで筆者は、台湾の台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県への生産拠点の誘致などを先行事例とした日本企業を含めた幅広い製造業を対象にした日本国内への生産設備誘致を促進する法律を岸田首相の音頭で制定することを提案したい」
経済産業省は、海外半導体企業などにも補助金を給付している。この効果が、これから、しだいに出てくるであろう。
最大の意識転換は、日本全体が「円高不況論」から脱することだ。円安は、海外から高く仕入れて海外へ安く売ることである。そうではなくて、円高で海外から安く仕入れ海外へ高く売る道へ帰るべき時期だ。日本にその条件が、再び整ったのである。まさに、発想の転換をすべきであろう。
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