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日本政府が、2019年に韓国向け半導体材料の輸出管理措置を厳格化してから7月4日で5年を迎えた。日韓対立がピークになった象徴的な「事件」である。文政権が、元徴用工問題について日本政府の度重なる要請を完全無視したことへの「爆弾」であった。

 

輸出管理措置は、輸出手続き規制の強化である。日本が、いわゆる「ホワイト国」から韓国を除外し、輸出のたび毎に輸出申請することに切替えたことである。「ホワイト国」メンバーは、親日国ばかりである。紛争を起こす国は一つも入っていないのだ。ここへ、なぜか「反日」を外交姿勢にする韓国が入っていた。安倍政権(当時)は、ことある毎に「反日を叫ぶ」韓国を優遇する必要はない。「他人行儀」の扱いで結構、という判断を下した。文政権が、これに激高して「不買運動」を始めたのだ。

 

この騒ぎは、2023年7月に解決したが、韓国半導体へ残した「傷」は大きかった。サムスンは、日本からの半導体素材の輸入が遅れたことで他国製品を採用した結果、先端半導体の歩留まりでライバルTSMCから引離され競争力を低下させた。TSMCは、日本製半導体素材の供給を受けている。

 

『日本経済新聞 電子版』(7月4日付)は、「日韓半導体、供給網分断から再協調へ 輸出管理措置5年」と題する記事を掲載した。

 

韓国の半導体工場には日本の材料や装置が欠かせない。日本政府が2019年に韓国向け半導体材料の輸出管理措置を厳格化してから4日で5年を迎えた。輸出管理措置は23年に解除され、半導体製造に不可欠な「フッ化水素」の輸出額は15月に前年同期比で5割増えた。日韓のサプライチェーン(供給網)が改善に向かうなか、企業は政治に振り回されない体制作りも急ぐ。

 

(1)「ある日系装置メーカーの韓国法人幹部は、「日韓関係が良くなり、経営者や技術者の往来が増えて売り上げも伸びた」とほっとした表情で語る。日本による輸出管理の厳格化は2019年7月、元徴用工問題などで両国政府の関係が悪化するなかで始まった。日本企業のシェアの高いフッ化水素やフォトレジスト(感光剤)、フッ化ポリイミドの3品目が対象となった。韓国貿易協会によると、フッ化水素の日本からの輸入額は同年8月にゼロとなった」

 

韓国は、日本の存在を空気のようなものと認識していた。必要なものは、いつでも「タダで入手」可能とみていた。日本は、それを真っ正面から否定してみせたのである。日本が,意図的に韓国の「甘え」を断ち切ったのだ。

 

(2)「輸出管理措置のさなか、韓国では半導体材料の国産品への置き換えが進んだ。19年に文在寅前大統領が日本依存からの脱却を呼びかけたためだ。純度の高くない素材を中心に韓国製が一部の製造工程に適用された。日本企業は、韓国企業とのビジネス継続の方策を探った。東京応化工業や住友化学は半導体回路の形成に使う「フォトレジスト(感光剤)」の現地生産を進めた。日系企業の誘致には先端品開発を競うサムスン電子やSKハイニックスの意向も働いた」

 

日韓関係を正常化させるには、日本がある程度の「実力行使」してみせることが必要であった。日本には、韓国の要求することをほぼ100%受入れてきたことによって、日韓関係を非正常化させてきた責任がある。日韓には、「親しき仲にも礼儀あり」という一線が存在しなかった。日本は、「国家間のあり方」を韓国に示したといえる。

 

(3)「輸出管理の厳格化は23年に解除され、韓国のフッ化水素の輸入は24年1〜5月には1191万ドル(約19億円)と前年同期比で48%増え、5年ぶりの高水準で推移する。ただ、5年間の間で韓国が国産化を進めたこともあり、18年平均と比べると回復水準は5割程度にとどまる。23年に解除され、半導体製造に不可欠な「フッ化水素」の輸出額は15月に前年同期比で5割増えた」

 

日本が、国策半導体企業ラピダスを設立したことから、韓国は緊張感を持ち始めた。日本が、台湾のTSMCと手を組んで、韓国と対抗するという「悪夢」をみるようになって来た。これが、国家間を正常化させる要因になる。国家間の友好は、「ギブ・アンド・テイク」によって成立する。これまでの日韓関係は、日本の一方的「ギブ・アンド・ギブ」であった。これは、異常である。

 

(4)「一方、韓国の半導体関係者は「日本の技術なしに先端品は作れないと気付くきっかけにもなった」と話す。19年はサムスンが先端半導体の受託製造で台湾積体電路製造(TSMC)と真っ向勝負を挑むと宣言したタイミングだった。日本で生産される高品質の材料が調達しにくくなり、先端品の量産技術などでTSMCとの差が広がる結果となった。韓国の証券アナリストは「日韓の半導体供給網の乱れも要因」とみる」

 

このパラグラフは、韓国の本音部分であろう。韓国は、日本の果してきた役割を正当に評価することによって、日韓の安定した友好関係が始まるからだ。