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米国の自動車大手は、EV(電気自動車)が明日にでも急速な普及をする前提で、社運を賭けるほどの先行投資をしてきた。それが今、大きな負担になって経営を圧迫している。耐久消費財普及には、必ず「キャズム」(溝)が存在する。最初の普及率16%台で、売行きが止まるパターンだ。これは、新製品には必ず技術的欠陥があるので、その弱点が「キャズム」を生む。この間に、技術的な改良して出直し、成長軌道に乗る。

 

EVは、このキャズムに落込んでいる。現在のEVが、リチウムイオン電池に依存し、本命の全固体電池がまだ登場していないからだ。トヨタは、これを見越して全固体電池開発に全力を挙げている。現行EVには「半身」で構えてきた。これが、全力疾走の他国企業との大きな差を生んでいる。トヨタの戦略が見事に当った。欧米自動車メーカーは、「EV一択」で躓いた。この差が、トヨタ独走を可能にしている。

 

米国自動車業界は、在庫圧迫に苦しんでいる。トヨタのようにHV(ハイブリッド)というEV代役が存在しないからだ。トヨタは、豊富な資金力を生かして、27年以降の「EV大作戦」に備えて電池工場の増設など積極投資を行っている。

 

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(7月29日付)は、「EV移行進める米自動車大手、移り行く現実が障害に」と題する記事を掲載した。

 

自動車メーカー各社は従来型の自動車事業で利益が圧迫されていると警告している。業界が進める電気自動車(EV)移行には既にコストという課題が突き付けられているが、そこに新たな懸念が加わった。フォード・モーター、テスラ、そしてスポーツタイプ多目的車(SUV)の「ジープ」を生産するステランティスの株価は先週、決算がウォール街の予想を下回ったことを受けて急落した。

 

(1)「自動車各社は、エンジン車を車輪が付いた電池式のスマートフォンに変える計画を示し、ハイテク企業になる準備ができているとの主張を長年繰り広げてきた。こうした野心は、強い価格決定力によって前例のないほど収益性が高い状態が続いたこともあり、株価の押し上げに寄与した。そうしたビジョンに対するウォール街の熱狂は薄れた。米国のEVに対する需要が期待ほど膨らまなかったためだ。米国の車の買い手が高金利に悩まされる中、価格決定力が弱まっている兆候が出始めており、投資家は今後も自動車株にこだわるべき理由を探している状態だ」

 

EV人気の剥落で、自動車企業は先行きに困難が待ち構えている。在庫が積み上がっており、この処分が経営を圧迫するからだ。

 

(2)「自動車メーカーのCEOたちは米金融業界に対し、現在の事業に表れ始めているトラブルに固執するのではなく、将来への賭けが生み出す可能性に焦点を当てるよう、説得に努めてきた。テスラは先週、2四半期連続で減益になったと発表した。とりわけ中国でEVの価格が圧迫されたことが響き、利益がアナリスト予想を下回った」

 

自動車各社は、金融界への説明で大わらわである。EVの将来性を説明して納得を得ようと懸命である。

 

(3)「伝統的な自動車メーカーの一部は、新工場やEV車種への投資を減らし続けているが、各社の経営幹部らは、EV推進計画を放棄していないと語る。政府による厳しい排ガス規制に加え、テスラや中国のEVメーカーがもたらす脅威が高まっているため、旧来型メーカー各社は切迫感を抱いている。伝統的自動車メーカーのこうした巨額投資は、旧来の内燃機関車事業から少しでも多くの利益を得なければならないという圧力になっている。コロナ流行下の自動車不足で売り手市場になったこともあり、米国の消費者の支出額が過去最高水準となっていたことは、その助けになった」

 

現状では、EV負担が大きいものの将来性があるとして、当面の経営バランスをいかにとるかに腐心している。トヨタの場合、盤石な利益基盤を確立しているので、米国自動車企業の抱えているような悩みはない。これは,大きな違いだ。トヨタの「世界一強体制」が、ますます強化される環境になっている。

 

(4)「アナリストらによると、価格の反落が行き過ぎると、自動車メーカーがEV事業に移行するための資金として見込んでいる利益を減少させてしまう。GMは先週、購入者の関心維持を目的とした値引きの支出が拡大するとの見通しを明らかにした。これにより、今年下半期は約10億ドル(約1540億円)の減益となる可能性がある。このことは、GMの第2四半期の税引き前利益が44億ドルと過去最高だったにもかかわらず、投資家に動揺を与えるのに十分だった」

 

GMなど、在庫の値引きを迫られている。これが、収益を圧迫する。株価が下落する理由である。

 

(5)「アナリストや自動車業界の経営者らは、今後数カ月で(下向きの)価格圧力が強まることを織り込んでいる。一部のアナリストは、ステランティスの「ラム」や「ジープ」の大量の在庫について指摘する。タバレスCEOによると、ステランティスは在庫を消化するために値引きや価格調整を検討しているだけでなく、余剰在庫を抑えるために減産する可能性もある。ステランティスの株価は、決算発表後の2日間で10%下落した」

 

ステランティスは21年に、米・仏・伊の自動車企業が合併した多国籍企業である。世界4位の規模だ。在庫調整で値引きするだけでなく、減産まで検討している。ミニ「自動車不況」が迫っている。