2008年10月~13年3月に日銀副総裁を努めた山口広秀氏(現在、日興リサーチセンター理事長が、古巣の日銀へ利上げのタイミングを外すなと「檄」を飛ばす。
山口氏は、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、コアCPI)は、2022年4月に前年同月比2%を超えていると指摘する。植田氏が、総裁に就任した23年4月には、2%を大きく超える上昇が1年続いていた。できるだけ早くマイナス金利などの異次元緩和政策からかじを切り替えるべきであった。後手に回ってしまっている。こういう山口氏の指摘を紹介する。
毎日新聞『エコノミスト・オンライン』(7月27日付)は、「山口広秀・元日銀副総裁『植田日銀は後手に回っている』」と題する記事を掲載した。
植田総裁は、早く異次元緩和をやめることで、2%インフレを安定的に実現する芽を摘んでしまうリスクが大きいと主張してきた。この総裁の認識と私は違う。2010年代までの日本経済のデフレ構造と、20年のコロナ禍以降の構造は明らかに異なっている。日本経済はインフレの時代に入ってきている。そういう大局観に立って、打つべき手は何か、どういうタイミングで打つべきかを考えるべきだ。デフレ時代の延長で考えていると政策を誤る。
(1)「金融政策の目標は物価の安定と、その下での健全な経済成長の実現である。後手に回ったとは、こうした政策目標を達成できない方向に経済が移ってしまっているということだ。ビハインド・ザ・カーブに陥った政策を修正するのは非常に難しい。これは米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長をみていてもわかる。インフレは一時的だと言い続けている間に物価は7%を超えるところまで上昇し、FRBは22年3月から5%超も金利を引き上げざるを得ない状況に追い込まれた。こうした政策目標を達成できない方向に経済が移ってしまっているということだ。金融政策の正常化が、日銀の当面の政策目標といわれる。だがそれは違う。正常化自体が目標になることはあり得ない。金融政策の目標は、あくまでも物価(安定)と景気(成長)の実現である」
金融政策の目標は、物価と景気の「両にらみ」であると指摘している。柔軟に対処すべきだということだ。事前に、想定物価基準を持っていると、後から取り返しのつかない事態になる。FRBは、初動で間違えたので5%台の金利を続ける羽目になった。日銀は逆に「2%消費者物価」に拘っている。これによて、利上げのタイミングを逸している。
(2)「約30年も金利のない世界で生活してきた日本には、利上げの影響が大きいのではという懸念がある。金利のある世界の中で、企業や消費者がどのように金利観を作っていくかは、これまであまり経験してこなかっただけに難しい。金融機関にとっても預金金利や貸出金利をどう設定していくか、債券などのトレーディングをどう展開していくか、容易ではない面もあろう。しかし、これらは試行錯誤の中で対応していくしかない。いずれ慣れていくに違いない。一方で、金利上昇の需要面へのインパクトは、今想定されているような利上げのペースでは大きくないだろう。言い方を変えれば、高めの物価上昇を抑えることは難しい」
日銀は、約30年も金利のない世界で生活してきた日本経済に、利上げして大丈夫かと取り越し苦労をしている。心配性の「親心」を見せているが、日本経済を強くするためにも「強い風」=金利のある経済に早く慣らせることが重要だ。
(3)「円安は底流には異次元緩和の副作用という面がある。もちろん日米金利差は円安の一つの要因だろう。ただ、ほかにもいろいろな要因がある。日本経済の実力の低下が円安を促す。あるいは経常収支は黒字だが、円に転換されない黒字部分が相当にあり、結果的に円高につながりにくいといったこともある。これらを踏まえると、金利を引き上げて日米金利差が縮小しても、円安が修正されるかどうかはわからない。私は、インフレはいつでもどこでも貨幣的な現象とは考えていない。デフレをインフレに変えていくために大量のマネーを供給すべきというような考え方はとっていない。従って、そもそも異次元緩和は必要なかったというのが私の立ち位置だ」
山口氏は、円安理由について日米金利差だけでなく、ゼロ金利下でひ弱になった日本経済の体質劣化を指摘している。金利がない世界だから、競争もない無風経済であったというのであろう。早く、この環境から抜け出さなければならない、としている。
(4)「当面2%を超える物価上昇が続く。しかし、長い目で日本経済にとって適正な物価上昇率がどの程度かを見定めていくことは必要だ。コロナ禍とかウクライナ戦争がなければ、異次元緩和だけの1本足打法で、2%のインフレは実現できなかった。私は日本経済の持てる力を考えれば、長いタイムスパンで2%インフレが持続可能かどうかには疑問がある。1%程度が望ましい上昇率なのかもしれない。インフレ率については1~2%程度と幅を持たせてみながら、経済金融全体を見渡しつつ、金融政策を運営していくのがよいと思う。その意味では、いずれかの時点でインフレターゲット政策を見直していくことが必要だ」
日本経済にとって、2%の物価上昇を前提にした金融政策が必要か最検討すべきとしている。1%の物価上昇でも耐えられる金融政策にしなければ、その有効性を保てないからだ。要するに、金融政策を硬直的なものから弾力的な政策ツールにする必要がある、という指摘である。含蓄のある言葉である。
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