日本銀行が、利上げを継続するとの観測によって、円高は劇的な進行をみせた。ヘッジファンドの円売り越しが激減した。日本の低金利通貨で借り入れ、高金利国の資産へ投じるキャリー取引の見直しが世界的規模で行われた。この円キャリー取引は、今回の騒ぎで一段落したのか。市場では、諸説が唱えられている。終わったという見方から、未だ終わらず莫大な円高エネルギーが市場に秘められているとの分析まで多々ある。
『ロイター』(8月9日付)は、「前倒しで訪れた転換点、円キャリー相場の終わりの始まりー高島修氏」と題する記事を掲載した。高島氏は、シティグループ証券の通貨ストラテジストである。
過去1カ月間でドル/円は20円値幅で下落した。短期的にはある程度の戻りを想定するのが自然に思われる。その際、200日線(現在151.5前後)が一つの目安となるものの、100日線(現在155.5前後)を超えていくことはないとわれわれは考えている。つまり、先月つけた161円台の高値でドル/円は大勢天井をつけたものと思われる。
今後、米日金利差の縮小などを背景に、この数年で蓄積されてきた円キャリーの巻き戻しが進んでいくだろう。今回の調整は、円キャリー相場の「終わりの始まり」に過ぎないと筆者は見ている。ドル/円は2025年には140円を割り込み、向こう数年で130円、場合によっては120円を下回って値崩れしていくと考えている。
(1)「日本国内では最近、この数年の円安を追認するかのような構造的円安論がよく聞かれるようになっていた。例えば、デジタル収支の赤字。国際収支分析としては興味深いものだとは思うが、それが実際の円安をドライブしているかについて筆者は懐疑的だ。NISA(少額投資非課税制度)などを通じた個人投資家の海外投資についても、新NISA導入後、筆者が思っていたより大幅な増加となったことは認めるが、資産選択理論など学術的な議論も踏まえると、安全資産から外貨資産などリスク資産への資金移動はそう簡単に起こるものではない。筆者は最近、渦巻く安易な構造的円安論に危うさを感じていた。円高でも円安でもトレンドフォロー的(注:相場の流れに乗る順張り投資)な構造論は、市場参加者にその後に発生しうる円安や円高への反転リスクを過小評価させてしまうからだ」
高島氏は、見事に今回の円安逆転を見通した数少ない専門家である。盲目的なトレンドフォロー的な見方に大きな警告を発している。傾聴に価する見方だ。
(2)「実際の米日金利差は大きく開いた状況が続いている。過去を振り返ると、米日短期金利差が5%前後まで拡大すると、さらなる金利差の拡大がなくてもドル/円は持続的に上昇する傾向がある。短期金利差の大きさが円キャリー取引を誘発し、円安が促されることが一つの理由であろう。反面、金利差が4.75%前後を下回ってくると、にわかにドル/円のパフォーマンスは著しく落ち込む傾向がある。円キャリーの巻き戻しが強い円高圧力を生むからだ。われわれはこの閾値的な金利差水準に着目しながら、この数カ月、そのような円キャリーの巻き戻しが生じるリスクを警戒してきた」
日米金利差が、4.75%前後を下回ると円キャリートレードの巻き戻し(円買い)が始まる。これは、従来からのパターンである。現状では、この状況になっていないので、本格的な円キャリーの巻き戻しはまだ始まっていないという見方だ。
(3)「金利差などは、ドル/円が今回これほどまでの値動きで下落する条件を現段階では満たしていない。では、なぜ今回これほどまでに深い調整が実際に生じているのだろうか。その問いに対するわれわれなりの一つの答えは、2022年以降の日本政府による円買い介入だ。22年から先月までに行われた円買い介入は総額で25兆円に迫る。介入は効果がないと主張するエコノミストやストラテジストも多いが、われわれの認識では、為替介入はその累積効果を持って、需給環境を変化させ、次第にトレンド転換を促していく。その結果、トレンド転換のタイミングを前倒しさせたり、トレンド転換後の調整値幅を大きくしたりることがある」
日米金利差が、まだ5%以上もある段階でなぜ、円キャリートレードの巻き戻しが始まったか。それは、総額25兆円に及ぶ22年から先月までに行われた円買い介入の潜在効果の結果である。これが、トレンド転換の「伏流水」になっていたというのだ。
(4)「過去の事例で言うと、1998年の米ヘッジファンド大手ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)危機の際、その直前まで財務省は円買い介入を実施していたが、ドル/円は8月に147円台の高値をつけた後、99年1月には110円を割り込む暴落となった。われわれの仮説が正しければ、現段階では金利差などはまだ過去にドル/円が下落トレンドに転じた時の条件を満たしてはいないものの、今回、近い将来にそのような条件が満たされることが確信できる状況になったこのタイミングで、トレンド転換が前倒しで生じたとしても不思議ではない。今回のドル/円やクロス円(注:米ドル以外の通貨と日本円のペア)の急落はまさにそのことが現実のものになったと解釈するのが自然ではないか」
1998年の米ヘッジファンド大手LTCM危機の際、財務省はその直前まで円買い介入を実施していた。これが伏線となって、98年8月に147円台の高値(ドル)をつけた後、99年1月には110円を割り込む暴落となった。円買い介入は、決して無駄にならず相場逆転への先兵役を務めている。
(5)「数週間ほどでは、200日線が戻りの目途となろう。ただし、100日線を乗り越えていくのはそう簡単なことではないというのがわれわれの見解だ。重要なことに、ヘッジファンドなどによる投機的な円キャリーの短期的な持高調整が既にある程度進展しているにしても、この数年で蓄積された円キャリーポジションはそうしたヘッジファンドなど短期筋のみならず、長期投資家(リアルマネー)や実需企業も含めて図りしれないほど膨らんでいる可能性がある」
日本のゼロ金利政策の長さを考えると、この間に蓄積された円キャリー取引の厚みは想像を超えている。これらが、日米金利の格差縮小で損失を出すまで居座っているであろう。円相場は、数年で「130~120円」ゾーンで修正されると高島氏が分析している。つまり、本格的な円高局面への転換である。
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