米国、大統領選はいよいよ佳境に入る。共和党候補トランプ氏は、至る所で相手を罵倒している。選挙運動では、この戦術が「御法度」という。非難や批判は、相手の弱点を突くのだから有効だが、のべつ幕なしに相手を罵倒するのは限度を超えマイナスになる。トランプ氏は、果たしてお行儀の良い演説ができるのか危ぶまれている。
『ブルームバーグ』(8月29日付)は、「大統領選は雰囲気勝負、トランプ氏は劣勢自覚」と題するコラムを掲載した。筆者は、ブルームバーグ・オピニオンの政治コラムニスト。
米民主党の大統領候補、ハリス副大統領の支持率が世論調査で上昇している。これに神経をとがらせている共和党は、トランプ前大統領に分かりやすいメッセージを送っている。つまり、政策に集中してさえいれば選挙に勝てるというものだ。問題は、共和党の候補がドナルド・トランプ氏だということだ。
(1)「政策に精通していたヒラリー・クリントン氏を2016年の大統領選で打ち負かしたトランプ氏は、その人が醸し出す雰囲気やオーラという意味での「バイブス」と政策文書の勝負なら、通常はバイブスが優位なことを知っている。トランプ氏はバイブスこそが、党大会の高い視聴率や5億4000万ドル(約780億円)の献金、さらに戸別訪問や「TikTok(ティックトック)」への動画投稿を手掛ける何万人ものボランティア獲得につながることを知っている」
選挙では、「バイブス」(雰囲気)が重要という。米国の有権者にとって、どちらの候補が自分たちの悩みを親身になって解決してくれるか。そういう「信頼感」の競争が、投票行動の決定的要因になるとされる。トランプ氏は、これまでバイデン氏が相手候補であった。ところが急遽、若くて女性のハリス氏に変わった。トランプ氏の演説は、対バイデン氏向けから変わらなければならない。それが、できるかが問われている。
(2)「それでも、トランプ氏は政策へとギアをシフトしようとしている。同氏が政策を無視して、ハリス氏や副大統領候補のウォルズ・ミネソタ州知事の攻撃に終始すれば負け戦になると、共和党が公に懸念を示しているためだ。トランプ氏はハリス氏について、嫌われ者で無能な信用ならぬ人物像を仕立て上げようと多くの時間を費やしてきた。一方、雰囲気や感情が持つ力を認識している民主党も抜け目なく、トランプ氏に「奇妙」というレッテルを貼った」
民主党は、トランプ氏へ「変わり者」というレッテルを貼って、これまでの非難に対抗している。ハリス氏は、元検事として「トランプ批判」に力点を置く姿勢だ。共和党は、こういう批判の次元から離れて「政策論」で勝負するという。
(3)「米シンクタンク、センター・フォー・アメリカン・プログレスのパトリック・ガスパール氏は先週、「有権者は政策10カ条に基づいて投票するのではない」と指摘。「過去200年間、全ての選挙がバイブス選挙だった」とブルームバーグ・ニュースのインタビューで語った。今回の選挙は極めて予測が困難な展開ではあるが、政策よりも雰囲気が重視されるという伝統は忠実に再現されるだろう。これは、ハリス氏が政策を語るべきでないということとは異なる」
今回の大統領選は、200年がそうであったように「雰囲気」=「人柄」を争う選挙になるという。いちいち、政策を比べて候補者に優劣を付けてはいない。おおずかみなものだ。
(4)「例えば、ハリス氏が「フルハウス」と題して展開する新たな広告は、大統領になれば300万戸の新しい住宅と賃貸住宅を建設するとしている。これは、民主党中道派の大統領候補が昔から繰り広げてきたキャンペーンだ。ハリス氏には、「より詳細な」政策提案が必要だとの批判が向けられている。
ハリス氏は、「300万戸の新しい住宅と賃貸住宅建設」を掲げている。
(5)「対照的にトランプ氏の政策は、自分が現れれば全て解決できるというものだ。有権者が最も重視するインフレ対策について、トランプ氏は今月初めにノースカロライナ州アッシュビルで行った演説で、「大統領執務室に戻った最初の日に大統領令に署名し、政府当局者全員に対し、各自の判断であらゆる手段や権限を用いてインフレを打破し、消費者物価を急速に引き下げるよう指示する」と述べた。「知性派の演説」と同氏が自賛するこのスピーチに斬新さはない」
トランプ氏は、「自分に任せろ」で詳細を語らない。これが、雰囲気や信頼感の醸成に役立つかだ。
(6)「政策の詳細に重きを置くことは現実を無視することになる。つまり、有権者の多くは仕事と家庭を両立させながら生活していくことに精いっぱいで、具体的な政策にじっくりと目をこらす時間などない。有権者が、重視するのは候補者のことをどう思っているのか、特定の候補者とフィーリングが合うかどうかだ。バイデン米大統領を相手に選挙戦を展開していた時のトランプ氏は、年齢が最大の武器だった。トランプ氏が政策に強かったのではなく、バイデン氏の見た目が弱かったため、同氏のアイデアや政策、大統領職さえも弱く見えたのだ。ハリス氏には、トランプ氏が16年の大統領選で勝利した時のような「カリスマ性」が備わっている。トランプ氏はこのような対抗馬に直面したことはなく、ハリス氏の勢いを止めることは難しいだろう」
ハリス氏には、元検事という履歴がある。トランプ氏は現在、被告という負い目がある。トランプ氏にとっては、異質の相手になる。このギャップをどのように乗切るか。勝負の鍵は、ここらあたりにありそうだ。
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