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日本製鉄が、150億ドル(約2兆1100億円)で米鉄鋼大手USスチールを買収する件が、米国政府の承認段階で不透明になっている。理由は価格ではない。条件でもなければ、株主でもない。今年が大統領選イヤーであることから、政治の思惑が絡んでいることだ。一時は、バイデン大統領が合併拒否姿勢と伝えられるなど混乱したが、結論は大統領選後に持ち越されそうである。つまり、政治的決定から免れるのだ。

 

今回の合併をもつれさせている裏に、もう一つの「事情」が存在する。USスチールとの合併を狙っていた米鉄鋼2位のクリーブランド・クリフスである。USスチールとの合併で日鉄に競り負けたことで反撃しているのだ。全米鉄鋼労組(USW)を反対派に巻き込んでいる。だが、肝心のUSスチール労組は、日鉄との合併賛成派である。このねじれた関係が、事態を複雑にさせている。

 

『日本経済新聞 電子版』(9月17日付)は、「クリフスと日鉄の因縁、停滞招く保護主義」と題する記事を掲載した。

 

USスチール買収合戦が本格化したのは2023年8月だ。米鉄鋼2位のクリーブランド・クリフスが名乗りをあげた。その後、日鉄が上回る価格を提示しクリフスは競り負けた。クリフスはその後もUSスチール買収に執念を燃やす。日鉄が買収したUSスチールに規模で抜かれることへの危機感が背景にある。

 

(1)「クリフスとはどのような会社なのか。創業は1847年と古いが、製鉄参入は比較的最近だ。もともとは資源会社で鉄鉱石を米国の鉄鋼会社に販売してきた。一貫製鉄所の運営を本格化したのは20年にオハイオ州の鉄鋼大手、AKスチールを買収してからだ。成長の原動力の一つとなったのは同年に欧州アルセロール・ミタルから米国事業を買収したことだ。実はこのときに買収した2つの工場はミタルと日鉄の合弁で日鉄も出資していた。買収でクリフスは付加価値品である自動車鋼板にも本格的に参入した」

 

クリフスは、合併を繰返して規模が大きくなった企業である。それだけに、「中身」が伴わない憾みがあり、USスチールが合併先として忌避したのであろう。日鉄であれば、同年の創立で「社格」にも不満はない。当然の選択であったに違いない。

 

(2)「日鉄を批判し続けるクリフスだが、日本企業との縁は実は深い。ローレンコ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)は、かつてJFEスチールが出資していた鉄鋼会社の出身だ。クリフスが買収したAKスチールも、過去にJFEの前身の川崎製鉄が出資していた。買収を繰り返し、売上高は過去5年で10倍に膨らんだが、市場の目は厳しい。時価総額は米鉄鋼大手で最下位であり、足元ではUSスチールにも抜かれた。巨大化を急ぐあまり、構造改革が遅れている」

 

クリフスの社歴からみても、日本の鉄鋼界の事情に詳しいはずである。日鉄が、どういう企業であるかを十分に理解しているであろう。この日鉄が、USスチールと合併すれば、クリフスの出る幕がなくなる。そういう危機感の裏返しが、日鉄批判には潜んでいる。強敵という認識だ。

 

(3)「9月5日には、日鉄による買収が失敗したらUSスチールの資産を買収すると表明したが、株価は翌日に年初来安値を更新。16日も1.%安だった。シティーグループは、「特に付加価値の高い鋼板の利益貢献が想定を下回っている」と分析する。停滞の焦りからクリフスが傾注しているのが輸入鋼材の締め出しだ。トランプ政権時から政界への影響力を高め、輸入関税を強化するよう働きかけてきた。政治力が強い全米鉄鋼労働組合(USW)との結束もこうした背景と無関係ではない」

 

クリフスの「体力」のなさは、市場が見透かしている。日鉄による買収が失敗したらUSスチールの資産を買収すると表明して以来、株価が下落し続けている。クリフスには、USスチールを合併する力がないと判断されているのだ。

 

(4)「クリフスとUSWは、「日鉄が中国などから安価な鋼材を流入させ、米国の労働力を脅かしている」との主張を崩していない。日鉄が米国の輸入材への関税措置を阻害していると懸念する米政府の主張とも重なる。米国の鉄鋼業界は、米政府が断続的に打ち出す貿易管理など保護主義的な政策で輸入品から国内雇用や生産を守ることに終始した結果、抜本的な改革が遅れた歴史がある。政府による過度な産業保護は結果的にUSスチールの身売りにつながった。保護主義に傾注するあまり改革が遅れれば、クリフスも第2のUSスチールになりかねない。株価の低迷はそうした懸念を如実に示している」

 

クリフスとUSWは、日鉄とUSスチールの合併反対論を唱えている。この反対論が通れば、米国鉄鋼界は「終わり」となる。保護主義で競争力を失うからだ。バイデン政権は、今こそ米鉄鋼100年の計に思いをいたすべきであろう。