地方行脚で実態を把握
石破氏は円安被害熟知
金融正常化を妨害せず
円キャリ9割余未精算
次期自民党総裁は、石破茂元幹事長に決まった。決選投票にもつれ込み、高市早苗経済安全保障相との決選投票を21票差で制した。石破・高市の両氏は、政策が対照的であった。石破氏は、岸田首相の政策を継承するとした。高市氏は、安倍元首相のアベノミクスを復活させると主張した。総裁選の「最大勝利者」は、岸田首相との説があるほどだ。
最大野党の立憲民主党代表は、元首相の野田佳彦氏が就任し「保守的革新派」とも称されている。それだけに、タカ派的色彩の濃い高市氏では総選挙が不利という判断も働いたのであろう。今回は、「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」という言葉の意味を再認識させた。「桶狭間の戦い」に喩えれば、軍勢劣勢な「石破軍」が大軍の「高市軍」を破ったようなものであろう。
石破氏は、自民党内で「異分子」とみられてきた。自分にとって、政治的に不利なことでも「直言」するので、党内で同調者を増やさなかった理由とされている。その直言居士が自民党総裁に当選したのは、三木武夫氏が首相(1974~76年)になったケースを彷彿とさせる。小派閥を率いた三木氏が、金脈問題で田中角栄首相が退陣した後の混乱期に、「クリーン」イメージを掲げて登場した。自民党には、こういう「振り子の原理」による疑似政権交代で、政治危機を乗り越えようとする独特の「浄化作用」が働いている。
今回の政治危機は、自民党派閥の裏金事件である。政治パーティー会費の余剰分が、政治家本人へ回流し裏金となったものだ。岸田首相に直接の関わりはないが、党総裁としての責任を取り総裁選へ立候補せず辞任する道を選んだ。それだけに無念の思いも強く、石破氏への支援となったとみられる。石破氏が、岸田首相の政策を継承する流れの背景だ。
地方行脚で実態を把握
石破氏は、これまで防衛問題について積極的に発言してきた。防衛長官と防衛大臣を務めていることがその裏付けだ。経済問題については、積極的な発言をしていない。自民党要職や閣僚から遠ざかっていたこともその背景にある。ただ、著書の中では明確に経済政策のあり方を指摘していた。
「経済政策は、金融緩和と財政出動によるものから、次の段階では賃金引上げ政策を行うべきだ。それには、地方経済を担う中小企業の活性化が必要である。地方創生が重要だ」(石破茂『政策至上主義』(2018年)。石破氏は、アベノミクスの意義を認めている。その上で、次の段階で賃上げを唱えていた。今から6年前の発言である。慧眼と言えよう。
石破氏は、今回の総裁選立候補に当って経済政策について格別の発言はない。ただ、岸田首相の政策を踏襲すると明言したことから、経済政策の流れに変化はなさそうだ。日銀の政策についても独立性を守る姿勢をみせている。金融緩和と財政出動への依存から卒業して、日本経済の正常化を促進する基本スタンスを取っている。
ここ12年間の経済政策は、次のような流れを引き継いでいる。
1)安倍元首相のアベノミクスによる「カンフル剤」
2)岸田首相の「マイナス金利」脱却と賃金引き上げ
3)石破政権の賃金引き上げ促進と地方創世政策で、日本経済の正常化総仕上げ
こうした経済政策推移をみると、高市氏は経済政策の歯車を逆転させて、アベノミクス「カンフル剤」へ逆戻りさせようとしている。実は、この点が極めて危険なのだ。
高市氏は、金利引上げに反対という姿勢をとった。これが、為替市場では「円安容認」と受け取られて、投機筋からの活発な円安を誘うことになったのだ。高市氏は、無批判に「アベノミクス」を継承する姿勢を取っているが、アベノミクスの役割はもう終わったのだ。アベノミクスは、緊急避難的な性格を持っており、その段階から、現在は次の正常化へ向う時期に入っている。この区別が曖昧なままに、金融緩和・財政拡大を言い募ることは、日本経済にとって最も悪しき選択になる。
人間は、社会人になる最初の職業経験が長く影響するものだ。岸田首相が、「資産立国」と歴代首相が言わなかったことを始めた動機には、就職先が日本長期信用銀行であったことが影響しているだろう。岸田氏は、バンカーとしての人生第一歩が、金融問題への関心を深めた背景とみられる。石破氏は、三井銀行が最初の就職先である。父親の急死で政治家になった意味では、石破氏も「政治家二世」である。だが、バンカーという経験によって、日銀へ干渉しない常識論を自然に身につけた。首相として重要な資質である。
米国では、トランプ前大統領が頻りとFRB(連邦準備制度理事会)議長パウエル氏に対して、「私が大統領に復帰したならばクビ」と暴言を吐いている。FRBは、法律によって独立性が維持されている。トランプ氏が、仮に大統領へ復帰しても「クビ」は不可能である。中央銀行の独立性を脅かす発言は、米国でも政治的なものとして忌避されている。高市氏が、日銀の独立性について無頓着な発言をすることは反省すべき点だろう。
(つづく)
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