米国は、半導体「母国」であるが現在、生産を海外へ任せる方式になった。半導体設計部門を残して他部門を海外諸国で生産している。だが、最近の地政学的リスクの増大によって、米国内での半導体生産の必要性に迫られている。バイデン政権による「CHIPS・科学法」が、このテコの役割を果している。
すでに、米国へ進出した台湾のTSMCは、試験操業段階で台湾並みの製品歩留まりの好成績を上げているという。TSMCはこれまで、米国の「モノ作り文化」に疑問を呈してきたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。従業員教育をきめ細やかに行えば、台湾並みのパフォーマンスを上げられる見通しがついたようであう。
『フィナンシャル・タイムズ』(10月7日付)は、「米半導体戦略が抱える深刻な問題」と題する記事を掲載した。
バイデン政権の政策を振り返ると、CHIPS・科学法を超党派で2022年に成立させたことは、いかなる成果リストでもトップ近くにランキングされるだろう。
(1)「米国だけでなく世界にとって、現在のデジタル経済に欠かせない半導体の生産拠点をもっと分散させる必要があることは以前から明白だった。つい最近まで半導体の大半はアジア地域で生産され、高性能半導体に限れば台湾が生産をほぼ独占していた。その台湾は、ウクライナと中東に次いで世界で3番目に地政学的リスクが高い地域といえる。そして今、CHIPS法のおかげで米国と欧州の双方では半導体の生産能力が新たに築かれつつあり、欧州連合(EU)は米国に対抗すべく独自の支援策を打ち出している」
半導体が、高度の戦略製品であることから、地政学的リスクと敏感に反応するようになった。
(2)「経済界や産業界の一部には、こんなやり方で米国が産業の再活性化を図れるのかと懐疑的にみる向きもあるが、経済はインセンティブが後押しする方向に進むものだ。米国内での生産を後押しするために、530億ドル(約7兆8700億円)に上る公的資金と4000億ドル近い民間資金を投じて、2年間でどれほど成果を達成できるのかといえばそれには驚くべきものがある。例えば、台湾積体電路製造(TSMC)が米アリゾナ州に建設した半導体工場(2025年までに量産を開始する予定)ではこの9月上旬、台湾の本社工場と同程度の歩留まり率を実現した。これは大きな成果だ。歩留まり率の上昇は、利益率を高める重要な要因であるばかりか生産性の向上にもつながる」
米国政府が、半導体育成でCHIPS法により企業支援していることは理に叶っている。
(3)「台湾の半導体産業の成功から学ぶべき大事な教訓がある。それは、モノ作りが重要だということだ。実際にモノの生産を増やしていけば、イノベーションの階段を上っていくことができる。それは経済学者たちには分かりにくいとしても、エンジニアにとっては常に明白なことだ。米国で半導体生産を復活させる取り組みを巡っては、その遅れを批判する声が多くある(数兆ドル規模にも達する業界をわずか数カ月で再構築できるとでも考えているようだ)。しかし、歩留まり率だけでなく、労働者の育成といった分野でも大きな進歩がみられる」
米国では、半導体製造が空洞化しているが、再び復活への動きが始まっている。
(4)「半導体生産における熟練労働者の不足は、大きな弱点となってきた。生産が他国へと移転されれば労働者も離れていくし、そうした労働者を支える教育プログラムも消えていく。CHIPS・科学法ではかなりの規模の資金が、ニューヨーク州北部などの地域における学校や職業訓練プログラムの強化に充てられた。ニューヨーク州北部では、米エネルギー省科学局は米半導体大手のマイクロン・テクノロジーと覚書を交わし、同社は今後20年、約1000億ドルを半導体生産に投資する計画だ」
CHIPS・科学法によるかなりの資金規模が確保されたことで、復興への芽が着実に育っている。
(5)「同半導体プログラムを運営する商務省は、全米教員連盟およびマイクロンと協力し、新しい技術に関するカリキュラムをまとめた。それが今秋、ニューヨークの10の州学区で導入されたのを皮切りに他の州にも広がりつつある。これは教育関係者と雇用創出者が優れた労働力を育成すべく密接に連携した一例だ」
半導体教育プログラムは、ニューヨークの10の州学区で導入されたのを皮切りに、他の州にも広がりつつある。人材育成が始まっている。
(6)「筆者はそれでも半導体生産復活に向けた米国の取り組みの今後について懸念している。我々はモノ作りが重要であることを学んだが、産業政策を体系だって進める方法についてはまだ学習していない。個人の利益よりも公的な利益を優先していく方法も学んでいないからだ。特に人工知能(AI)向け半導体を含め、半導体生産ではこうした問題への取り組みがとりわけ重要だ」
半導体が、公的利益に寄与するという理念を植え付けることが重要である。企業の私的利益追求が第一義的になっては拙いのだ。その理由は、次に述べる。
(7)「大きな課題のひとつは、同盟国や友好国とサプライチェーン(供給網)を構築する「フレンドショアリング」をどの国・地域とどう進めるかだ。米国とアラブ首長国連邦(UAE)は9月下旬、AI分野での能力の増強を目指して半導体やクリーンエネルギーなどの先進技術に関する協力関係を深めることで合意した。しかし、日本製鉄によるUSスチール買収が国家安全保障上の問題をもたらしかねないと懸念するのであれば、人権やプライバシーはほとんど尊重しないうえ、中国と学術およびビジネス分野で深いつながりを築いている独裁国家と、米国が最先端の戦略的技術を共有することについても懐疑的になるべきだ。防衛および情報関係者の多くも筆者と同じ懸念を感じている」
米国とアラブ首長国連邦(UAE)が、AI分野で技術提携することは問題含みである。UAEは、中国と学術およびビジネス分野で深いつながりを築いている國である。そういう相手国と戦略製品の半導体技術で提携するのはリスキーである。
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