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習近平氏は今、「沖縄中国領」を狙っているとの見方が出てきた。琉球が、中国へ朝貢していたという理由だけだ。年に一度、中国の役人が琉球へ来ていたのが根拠である。統治したわけでない。一方、江戸幕府は1609年に薩摩藩へ命じて琉球を支配させ課税してきた。日本統治である。習氏は、こういう統治という法的に重要な根拠を忘れて、「中国領」を言い募って、手当たり次第に「領土拡張」狙っているのだろう。 

『日本経済新聞』(11月5日付)は、「習近平氏が仕掛ける『琉球問題』、日本は法律戦に備えを」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙の上級論説委員 高橋哲史氏である。 

中国の習近平国家主席は日本に本気で「琉球問題」を仕掛けるつもりなのだろうか。静かに、しかし着々と理論武装を進めているようにみえる。

 

(1)「9月に香港紙の星島日報に載った小さなコラムが波紋を広げている。題名は「『琉球カード』を打て」である。日本が「台湾有事は日本有事」と言い立てて台湾問題に介入していると批判したうえで、次のような挑発的なせりふで締めくくる。「中国は沖縄が日本の領土ではないとけん制できる。歯には歯を、である」。星島日報は中国政治の内情を伝える報道で知られ、その論調は習政権の意向を反映しているとされる。簡単に無視はできない」 

琉球の中国領論は、感情論である。尖閣諸島を巡る主張と同じだ。統治実績がなくても、自国領と言い募るのは、マルクス流に言えば「帝国主義」である。中国は帝国主義国家であることを自ら宣言したのも同じだ。ならば、ロシアが1858年、清との間で締結したアイグン条約で、清は黒竜江左岸を割譲、沿海州を両国の共同管理とした無念さを晴らすべきだ。ご都合主義である。

 

(2)「コラムは、中国遼寧省の大連海事大学が設置を計画する「琉球研究センター」にも触れている。91日、設立に向けた準備会合と「琉球問題」をテーマにしたシンポジウムが開かれたという。そこに現れた一人の学者が注目を集める。中国海洋法学会の高之国会長だ。「『琉球問題』は国家の安全と祖国の統一にかかわり、政治および歴史的な深い意義がある」高氏は「祖国統一」という表現で沖縄が中国の一部であるとにおわせ、この問題を解決するために事前の準備が必要だと訴えた」 

中国が、台湾統一と同時に琉球統一を言い始めたことに、その国際感覚の無さに驚く。「飢えた野獣」のごとき振る舞いと言うほかない。本音は、日本へ対抗しようという狙いであろう。騒ぎ立てれば何かが得られる、という取引目的であろう。

 

(3)「『事前の準備』とは何か。高氏の経歴をたどると、習政権のねらいが浮かぶ。高氏はかつて国連海洋法条約に基づく国際裁判所の裁判官を務めた。中国が南シナ海のほぼ全域に管轄権を持つと主張する「九段線」の法的な根拠を組み立てたともいわれ、中国を代表する国際法の専門家だ。「その高氏が『琉球問題』の前面に出てきた。習政権がこの問題で法律戦を仕掛ける準備を始めた表れとみるべきだろう」。中国の外交政策を研究する九州大学の益尾知佐子教授はこう話す」 

中国の「九段線」主張は、国際司法の場で「完膚なき」までに否定された。そういう無益な主張をした中国の国際法学者が、琉球問題について何を言おうと、国際社会は笑って受け付けないはずだ。懸念には及ばない。 

(4)「習氏が琉球王国だった時代の沖縄に、並々ならぬ思い入れがあるのはよく知られる。1990年代の前半、台湾の対岸にある福建省福州市のトップを務めていたときに、力を入れたのが「琉球館」の修復である。琉球館とは、15世紀に当時の明朝が琉球からの朝貢使節を受け入れるためにつくった施設だ。「私は福州で仕事をしていた際、そこに琉球館、琉球墓があり、琉球との交流の淵源が非常に深いことを知った」。中国共産党の機関紙、人民日報が2023年6月に1面で報じた習氏の発言である」 

習氏は、「中華の夢」実現に情熱を傾ける懐古主義者だ。その流れのなかで、琉球の朝貢問題を懐かしんでいるのだろう。琉球王朝は、薩摩藩の支配下にあったので課税されていた。この事実を中国に伝えず隠していたほど。琉球王朝は、中国使者を迎える玄関と、薩摩藩役人を迎える玄関を別々にしていた。

 

(5)「習氏が福州時代の1994年1月、次のように語ったとの記録も残る。「1879年、日本は琉球を併合した」。明治政府が琉球を日本領とし、沖縄県を設置した「琉球処分」のことである。明朝と清朝に朝貢していた琉球はもともと中国の影響下にあったのに、日本が一方的に自国領に編入した――。習氏の発言からは、そんな歴史観がうかがえる。建国の父である毛沢東でさえ、沖縄は日本領であると認めていた。ここにきて、中国が沖縄の帰属に疑問を投げかける「法律戦」の準備に入ったのは、習氏の指示があったからとしか思えない」 

習氏は、1879年に日本が琉球を併合したとみている。歴史的には1609年、既に薩摩藩の支配下に繰り入れられていた。この事実を知らないのだ。習氏が、どのように騒ごうとも、日本統治という不動の事実が存在する。朝貢という貿易をしたことで、琉球が中国領というのは「お笑い種」である。