習近平氏は、12年前の国家主席就任前に、「米国経済への挑戦」を宣言した。これが、米国へ漏れ伝わり以後、米中関係は悪化の一途を辿っている。現在の米中対立の「火種」は、習近平氏の発言そのものにある。この裏には現在、共産党序列4位にまで駆け上った王滬寧(ワン・フーニン)氏の存在があろう。復旦大学教授出身で、根っからの反米主義者だ。米国留学中も米国について学ばず、欠点だけを拾い上げてきた異色の学者である。この彼が、習氏へ「米国挑戦」を進言したに違いない。今にしてみれば、罪作りなことをしたもの。王氏は、中国経済破滅への引導役になってしまったからだ。
『日本経済新聞 電子版』(11月13日付)は、「絶頂・習氏こそ米中分断の源『またトラ』でも初志貫徹」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙の中沢克二編集委員である。
世界の多くの人々は、中国台頭を恐れたトランプの対中政策で「米中デカップリング(分断)」が始まり、中国経済に大きく響いたと感じているかもしれない。中国でも多くが、トランプ側に米中分断の根本原因があったと思い込んでいる。それは一面的な見方で、大きな誤解を含んでいる。米中分断の起点はもっと昔にある。しかも、習自身が深く関わっている。トランプ登場以降の派手な動きは、分断を顕在化し、加速させたにすぎない。
(1)「ここに証拠がある。習の本心がわかる今から12年前の発言だ。12年11月の第18回中国共産党大会で党トップに選ばれる直前だった当時の国家副主席、習は大会中の分科会で重大な発言をした。「中国経済が米国に乗っ取られている」。過去の失策で米国に乗っ取られてしまった中国を、自分が解放したい。それが習発言の真の意味であると党内では受け止められた。もちろん、世界に多大な影響を与えることになる習の驚くべき抱負が公表されることはなかった」
習氏の「中国経済が米国に乗っ取られている」という発言は、明らかに鄧小平の改革開放路線を否定するものだった。当時、このことに気付いた者はいなかった。
(2)「習は、12年段階で明かした抱負通り走り始める。めざしたのは、中国経済に対する米国の強い影響力を徐々に排除することだ。最後には世界ナンバーワンの強国・中国を実現する。それが「中国の夢」である。大前提は、中国経済の奇跡的な成長が中長期的に続くことだ。習時代に入ってからの自主独立、自力更生、技術覇権という志向は、当初の予想以上に明確だった。前回のトランプ政権発足後、後付けで米側や西側世界で一気に流行した表現を借りれば、デカップリングとなる」
世界ナンバーワンの強国・中国を実現するのが「中国の夢」である。このアイデアの裏には、王滬寧氏がサポートしているとみて間違いない。
(3)「16年米大統領選でのトランプ当選直前に「核心」になった習は、17年秋の共産党大会で、軍事・経済の両面で米国に追い付き、追い越す目標を掲げる。「2035」という数字がカギを握っていた。目標年限は35年。従来、新中国建国100年となる49〜50年とされていた年限を15年近くも前倒しする野心的な計画だ。習は「中国経済が米国に乗っ取られている」という状態を解消する目標年限を明確にした。米国はトランプ時代まっただ中。野心的な計画を察知したトランプ政権中枢は、反撃に動き出す。貿易戦争がその象徴だ」
習氏が掲げた「2035」は、中国経済が米国を抜いて世界一になる暗号でもあった。米国はこれに気付いて反撃を始めた。米国は、自国の地位を脅かす相手には容赦しないという「カーボーイ精神」が宿っている。かつての日米貿易摩擦は、日本潰しの戦いであった。今度は、その相手が中国に代わったのだ。米国が、独立運動で英国へみせた容赦ない戦いを思い出せば良いであろう。
(4)「ここで問題となるのは、習が掲げた暗号である「2035」の政治的な意味だ。35年に軍事・経済両面で米国に追い付き、追い越す「中国の夢」の実現と、30年代まで習をトップとする政治体制を維持することは暗黙裏に連動していた。そして習は、「2035」を打ち出した17年党大会からわずか数カ月後、国家主席の任期制限をいきなり撤廃する憲法改正に踏み切った。「終身制」さえ可能にする驚きの措置である」
「2035」は、習氏が35年まで国家主席を務める前提だという。82歳が、引退予定時期である。
(5)「17年党大会では、デカップリングに関係する別の重大な動きもあった。党規約に「総合的国家安全観」を書き込んだのだ。「経済よりも国家安全」という方針が明確になり、国家安全法制も大幅に強化される。「安全」の範囲は幅広い。米国など外国勢力による平和的な中国共産党政権の転覆、「カラー革命」への警戒も強い。それを防ぐには、習が中心に座る現政権を長期間、守るしかない、という強い意思も感じる。いわゆる「政権の安全」である」
習氏が、82歳まで国家主席を務めるには、「経済よりも国家安全」を重視して、習氏の身分安泰を図ることが必要になる。これは、中国が放っておいても米国経済を抜けるという傲慢な仮定の上で成り立つ話だ。それほど、中国経済が絶対的に有利と踏んでいたのであろう。不思議な感覚である。
(6)「米中経済のデカップリングは、予想よりはるかに速いスピードで進んだ。これに連動するように、米国をはじめとする自由世界からの対中直接投資も減少傾向をたどっている。米中デカップリングの急先鋒は、習その人だった。そして権力集中で絶頂期を迎えつつあった17年、ちょうどトランプが米大統領に就いたことが、米中分断に象徴される歴史の動きを顕在化、加速させて現在に至る」
習氏とトランプ氏との「邂逅」は、歴史の皮肉であろう。互いに、自信満々同士の組み合わせである。ただ、両者の経済的バックグランドが全く異なる。泥船と鋼船の違いだ。習氏は、自分が危うい船を操船していることに気付いていないのだ。
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