かねてから、中国政府は台湾有事の際にパナマ運河を閉鎖して、米艦船の通行を妨害するのでないかと噂されてきた。米国トランプ政権は、こういうリスクを排除すべく、パナマ運河の港湾管理権を委託している香港企業と中国政府へ向け、米国がパナマ運河管理権を取り戻すと圧力をかけ、パナマ政府を揺さぶった。パナマ政府は、運河管理権守る一方で、中国の「一帯一路」から離脱する方針を発表。中国の思惑が潰された形だ。
『日本経済新聞 電子版』(2月5日付)は、「香港変質が招くパナマ、一帯一路『離脱』米中波高し」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙の編集員中沢克二氏だ。
米大統領のトランプが突如、言い出したパナマ運河をパナマから取り戻すという無理筋にみえた要求。それが思いもよらない結果を生みつつある。問題の核心は、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の急速な拡大であり、そこには香港の「高度の自治」「一国二制度」が有名無実化した激動まで関係していた。
(1)「パナマ大統領、ムリノは2月2日、中国と2017年に交わした一帯一路に関する協力覚書について、期限を迎えたなら「更新しない」と明言した。それはパナマがいずれ「一帯一路」から離脱するという驚きの決断を意味する。ムリノは「できるだけ早い終了」にまで言及している。これは、米国務長官のルビオと会談した後のムリノ発言だ。ルビオが、国務長官に就任した後、初めて訪れた外国がパナマである。トランプ政権にとってパナマ運河問題は、それほど優先度の高い案件だった」
パナマは、米国を怒らせないように「一帯一路」の延長をしないことと、期限前でも破棄する姿勢をみせた。ただ、パナマ運河管理権は米国へ渡さないという姿勢をみせている。莫大な収入があるからだ。
(2)「パナマ運河は米国が建設し、1914年に完成させた。77年に当時の米大統領、カーターが署名した条約によって99年にパナマに返還されている。トランプ政権が抱く安全保障上の強い懸念は、米中対立が激化すれば中国政府の意向によりパナマ運河が閉鎖される可能性である。ルビオは「疑いの余地はない」とまで言う。例えば、アジア太平洋地域で米軍と中国軍が交戦するような場合だ。台湾を巡る有事の際もそのひとつになりうる。その時、米国の「庭先」にあるパナマ運河が封鎖されれば、最大の利用者、米国の経済が成り立たなくなる」
パナマ運河は、もともと米国資金で建設してものだ。それを、米国がマナマへ譲ったという経緯がある。それにもかかわらず、米国の「仇敵」中国が影から差配する事態になれば「許せない」というのだろう。米国は、こういうリスクを事前に排除する姿勢だ。
(3)「パナマ運河の重要拠点である2つの港湾は、中国領内の香港の巨大企業が運営している。そして中国とパナマ、中国中央政府と香港及び香港企業の関係はここにきて一変しているのだ。2017年、パナマは台湾と断交し、中国と国交を樹立した。そして中国国家主席、習近平の肝煎りで13年から中国が進めてきた「一帯一路」に参画した。運河を持つパナマの参画は、中国の世界戦略上、エポックメーキングな出来事だ」
そもそも、パナマが米国の友好国台湾と断交したこと自体が、パナマに疑惑を持たせる要因になった。パナマは、米国外交を甘くみていたのであろう。これが、中米諸国を一挙に「反台湾」へ向わせる理由となった。ここでも、米国は鷹揚に構えていた。中国への警戒心が、薄かったのであろう。
(4)「香港を本拠とする巨大グループ、長江和記実業(CKハチソンホールディングス)の傘下にある企業は、既にパナマ運河の太平洋側のバルボア港と大西洋側のクリストバル港という2つの港の運営権を握っていた。1997年にパナマ政府から認可をうけ、長期契約を結んでいる。パナマのメディアによれば、自動更新条項などによって、この港湾運営企業は2047年まで運営権を維持できるうえ、パナマ政府側に支払う金額を決める契約条件もパナマ側に不利になっているという。現在のムリノ政権は、かつてのパナマ政権による契約更新過程が不透明だとして、既に監査機関による徹底的な調査を指示している」
香港企業が、なぜパナマ運河の港湾運営権を握ったのか。米国は、この時点で疑ってみるべきであったろう。それを怠ったのだ。米国の失策である。
(5)「1997年時点で米政府がビジネスライクな香港企業のパナマ運河への参画をとりわけ問題視する雰囲気はなかった。ところが2019年になると、中国との関係などを巡って香港で大規模な抗議行動が起きた。そして、20年には中国中央政府の主導で突然、香港国家安全維持法が制定・施行された。「一国二制度」の下、保障されていた「高度な自治」は事実上、機能しなくなった」
米国外交は、「お人好し」の側面がある。香港が、中国の「手先」になっていることを疑わなかったのだ。警戒心の欠如である。
(6)「万一、パナマ運河の閉鎖が、中国が考える「国家安全」という概念上、不可欠という情勢になった場合、どうなるのか。理論的には、香港企業といえども中国中央政府の意向を完全に無視することなどできない。それがルビオの指摘した「疑いの余地はない」という意味である。トランプは、まずパナマを舞台に「一帯一路」遮断を目指す先制攻撃に踏み切った。一見、とっぴに見えるトランプの行動の裏には中国、香港を巡る情勢激変がある。それを忘れてはならない」
中国は、100年先の世界覇権を夢見て行動している。世界中を「中国の支配権」へ組み入れる構想だ。自分の足下をみない突飛な行動に、国運を賭けている国である。米国は、これを阻止する決意をみせている。
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