米国と中国が、互いに関税措置を強化している。世界は、「新たな冷戦」を巡る議論をすでに飛び越え、リアルな貿易戦争の緒戦に入った。こういう警告が、元NATO司令官のジェームズ・スタブリディス氏が発している。ただ、中国経済は開戦できる状況にない。不動産バブル崩壊の後遺症に苦しんでおり、内需回復策もままならない状況だ。ここで、開戦に踏み切れば、中国経済は確実に破綻する。現実的には、中国の『瀬戸際政策』によって、中国の戦う意思を米国へ見せつけるのが精一杯であろう。
『ロイター』(4月18日付)は、「米中軍事衝突、5つの黄信号が点滅-NATO元司令官」と題する記事を掲載した。
私は海軍キャリアの大半を太平洋で過ごしたが、中国との実際の武力衝突にこれほど近づいたことはなかったと感じている。米中の武力衝突は本当に迫っているのだろうか。全面戦争を回避するため注目すべき最も重要な指標は何か。太平洋全体を眺めると、5つのシグナルが黄色に点滅している。赤に変わる可能性に備えて注視し続ける必要がある。
(1)「サイバー攻撃:中国は、強力かつ攻撃的なテクノロジー能力を利用して米国の重要インフラを標的とした攻撃を強化している。最もよく知られているプログラムは「ボルト・タイフーン」だ。このプログラムは、米国の国家安全保障当局によってオープンに議論され、昨年12月に米中当局の非公開会合でも取り上げられたと報道された。攻撃の標的は「港湾、水道施設、空港」などインフラ施設だと米紙『ウォールストリート・ジャーナル』WSJ)は伝えている。別の攻撃プログラム「ソルト・タイフーン」も中国発だ。米国の通信網を標的としていると報じられている。中国は高度なサイバー戦争を実施する能力だけでなく、その意思も示している。サイバー攻撃の規模と影響が拡大すれば、より広範な戦争のリスクも相応に高まる」
中国は、サイバー攻撃に力を入れている。だが、サイバー攻撃だけで戦争を勝利に導けるものでもない。総合力=国力が戦争に勝ち抜く力である。これには、同盟国も含む。この点で、中国は独力だ。米軍には、同盟国が支援する。この「プラス・アルファ」を無視してはならない。米中の1対1の戦いではない。
(2)「台湾ADIZへの侵入:中国人民解放軍の軍用機による台湾の防空識別圏(ADIZ)への侵入レベルを監視することは、中国が自国の「省」と見なす台湾の掌握をどの程度急いでいるのかを測る重要な指標となる。昨年は3000件を超えるこうした侵入があり、2023年のほぼ倍に増えた。ハワイを拠点とする米インド太平洋軍のパパロ司令官は、こうした中国軍の飛行について毎日報告を受けている。われわれも注意を払うべきだ」
台湾ADIZへの侵入は、台湾への嫌がらせと戦意喪失を狙ったデモンストレーションであろう。
(3)「南シナ海:中国は米本土の約半分に相当する南シナ海のほぼ全域について領有権を主張している。明代の武将で15世紀前半に活躍した鄭和の航海などをその根拠としている。だが、中国の主張はオランダのハーグにある常設仲裁裁判所で審理され、却下されている。それでも中国は自国の海軍基地として少なくとも7つの人工島の建設などを強行。これら人工島は「砂の万里の長城」と呼ばれ、沿岸国、特に米国の同盟国であるフィリピンに対する挑発行為に利用されている。フィリピンのマルコス大統領は、ドゥテルテ前大統領よりも米軍との協力を強化し、中国大陸に近いフィリピンの島々にある基地へのアクセスを米軍に認めている。従って、南シナ海中心部における中国の海軍と海警局の活動レベル、特に近隣諸国を脅かすような行動は潜在的な衝突を強く示す指標となる」
米軍が、フィリピンへ基地を設けたことが「軍事衝突」の理由になるとしている。軍隊が駐屯すれば、その危険性は高まる。だからと言って、撤収する訳にはいくまい。軍事的抑制という意味があるからだ。
(4)「中国軍艦の建造:中国は年20~30隻のペースで軍艦を建造し、現在の艦隊規模はすでに米国を上回っている。中国の360隻余りに対し米国は300隻程度だ。軍艦400隻超の保有を目指す中国は、米国との戦争は主に海上で行われると想定している。中国の本格的な戦闘意図を測る指標として、造船所の製造水準に注目すべきだ」
大量の艦船が、季節的に台湾海峡を乗切れる時期は、年間で2~3ヶ月しかないとされる。その限定された時期と偶発戦は結びつかない。米中双方が、軍事衝突を避ける緊急電話を引いている。
(5)「関税と貿易紛争:最も危険な指標は米中両国が課す関税のレベルと範囲で、すでに悪化している。日本への重要資源、特に石油と鉄鋼、ゴムの供給を断つ貿易制裁がきっかけで始まった太平洋戦争を思い出してほしい。歴史家の多くは1941年12月の真珠湾攻撃は、10年に及ぶ経済紛争と挑発的な措置がピークに達したためだと指摘している」
日米開戦は、米国が1912年以来、練り上げてきた日本攻撃のシナリオに基づいている。米国は、経済封鎖して日本の「暴発」を待っていた罠と言える。日本が、まんまとそれに嵌まり込んだのだ。日本の武士道精神という「メンツ」が、招いた悲劇である。敗戦覚悟の開戦であった。中国も同じことをするだろうか。
(6)「中国は今、レアアース(希土類)や戦略的に重要な鉱物の供給を遮断し始めている。これらの鉱物について、中国は採掘において世界的な支配権を事実上握っている。精製セクターを牛耳っていることは、さらに重要だ。米国の関税は中国経済に直ちに重大な打撃を与えるだろうが、真の懸念は中国の対応だ。これが、衝突が迫っているかを見極める5番目の重要指標となるだろう」
中国は、瀬戸際政策によって「強い中国」を演出するであろう。それが、中国開戦準備と読み違えるのは危険だ。中国経済は、戦争に耐えられない脆弱構造である。米国が、日本を罠にはめたのは勝利できる可能性があったからだ。今の中国に、その勢いはない。国内問題で精一杯だ。
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