あじさいのたまご
   

中国人民解放軍は、国家の軍隊ではない。中国共産党に所属する軍隊である。いわゆる「国軍」でなく、「党軍」である。となると、兵士は誰のために戦うのか。言わずと知れた中国共産党を守るためだ。これは、非共産党員である兵士でも、共産党に命を捧げるという不思議な構造になっている。

 

『日本経済新聞 電子版』(7月5日付)は、「『習近平氏の軍隊』に潜む死角 兵士は誰のために戦うか」と題する記事を掲載した。

 

国を守るとは何か。それを考えさせられる話を聞いた。米国の海軍兵学校は、キャンパスがある東海岸のメリーランド州の地名にちなんで「アナポリス」の愛称で知られる。米海軍と海兵隊の幹部候補生を育てる全米屈指のエリート校である。カーター元大統領やアーミテージ元国務副長官ら、多くの政治家も輩出した。

 

(1)「かつてここで学んだ日本人がいる。海上自衛官として31年間の勤務をへて、この春から慶大教授に転じた北川敬三さんだ。北川氏が、アナポリスの門をくぐったのは1989年の夏である。入学した日の儀式が忘れられない。米国籍の新入生は星条旗の下で「合衆国憲法を守る」と誓う。それが終わると、外国人だけが校内の別の場所に連れて行かれた。そこには日の丸を含む、おのおのの国旗が掲げられていた。「君たちは、自分の国家に忠誠を誓いなさい」。教官はそう指示した」

 

近代国家の軍隊は、国家と憲法に忠誠を尽くす存在だ。

 

(2)「米軍や自衛隊の最高司令官はそれぞれ大統領であり、首相である。だが、アナポリスで学ぶ若者たちは、国家元首より上に憲法があることを徹底的にたたき込まれるという。「守るべきは家族であり、仲間や社会であり、それらすべてを包み込む国家と憲法である。そんな考えがアナポリスの卒業生には染みついているんです」。北川さんはそう話す。北川さんの話を聞いて、5年ほど前に北京市内の軍施設に近い場所で見た巨大な看板を思い出した」

 

中国は、「国軍」ではない。「党軍」である。共産党へ忠誠を誓う軍隊である。

 

(3)「中国の正装である中山服を身にまとった習近平国家主席の写真に、次のスローガンが添えられていた。「党の指揮に従え、戦いに勝て、良き規律を示せ」。「党」とは言うまでもなく、中国共産党をさす。中国の軍隊である人民解放軍は、中華人民共和国という国家でなく党に属する。だから、まず守るべきは党となる。習氏は党のトップと軍の最高指揮官を兼ねる。党が国家を「指導」する中国で軍の忠誠が向かう先は、突きつめれば習氏という個人に行き着く」

 

習氏は、中国人民解放軍に対して、「党の指揮に従え、戦いに勝て、良き規律を示せ」と指示する。中国共産党へ忠誠を誓えという意味だ。

 

(4)「その傾向がここ数年、強まっているように思えてならない。解放軍を長く研究してきた青山学院大学の林載桓教授は「軍を統制するしくみの『個人化』が進んでいる」と指摘する。習氏に忠誠を尽くし、習氏のために戦う。そんな教育が兵士に浸透し「習氏の軍隊」化が顕著になっているというのだ。その結果、何が起きるのか。党という組織の軍に対する統制力の低下だ。習氏に権限が集中し、あらゆる判断が委ねられる。だれも習氏にものを申せなくなり、正しい情報が上がらなくなる。習氏への不満もくすぶる。だとしたら、危うい。習氏が台湾問題などで、まちがった判断をするリスクが高まるからだ」

 

中国軍は、中国共産党トップの習近平氏へ忠誠を求めている。これが、個人崇拝へと繋がっている。危険この上ない話だ。

 

(5)「トランプ米大統領は自身の誕生日である6月14日に、米陸軍の創設250周年を記念する軍事パレードを実施した。「王」のように振る舞うトランプ氏だが、軍は決して彼のために戦うわけではないはずだ。民主主義の国には最高権力者の上に憲法があり、国家がある。中国にはそれがない。個人のために戦う軍隊は、どんなに優れた装備を持っていても、どれほど統制が利くかは疑問だ」

 

米国の軍隊は、憲法への忠誠を求める。中国は、個人崇拝の危険性がある。米国ではトランプ氏へ忠誠を求めない。中国人民解放軍は、軍務の4分の1が政治教育である。出世は、共産党への忠誠心の度合いだ。純粋な軍務ではない。