あじさいのたまご
   

中国軍機が、自衛隊機にレーダーを2度にわたって照射した6日の事案で、日中防衛当局の専用回線「ホットライン」を日本側が使おうとした。中国側は応じなかった。中国軍が、沖縄周辺に空母を展開して軍事的緊張を高めるなか、有事の際の連絡手段が機能しないことが浮き彫りになった。中国軍が、意図的にレーダー照射している以上、電話を取らぬのは自らの「犯意」を立証している。

 

『日本経済新聞 電子版』(12月10日付)は、「ホットライン取れぬ中国 汚職摘発で揺れる軍幹部、対話の余裕なく」と題する記事を掲載した。

 

中国軍との不測の事態を避けるためのホットラインは日本だけでなく米国も設置しているが、これまで本来の役割を果たしたとの報告はない。背景には有事の電話を取れない中国側の内情があり、今後も同様の事態が起きる可能性が高い。

 

(1)「自衛隊幹部は、ホットラインの通信に中国側が応じなかったことを知ると、「予想通りだ。驚きはない」と漏らした。ホットラインは、日中の防衛当局が偶発的な衝突を避ける「海空連絡メカニズム」の一環で2023年に設けられた。この年に開設された際、当時の浜田靖一防衛相と李尚福国務委員兼国防相が通話したことがある。ただ、日本側には中国とのホットラインの有用性への期待はほとんどなかった。どんな枠組みを設けても、有事の際に中国軍と連絡がとれなくなるというのは日米の安全保障当局者の共通認識だったためだ」

 

権限がトップへ集中している中国では、権限のない「中間管理職」が緊急電話を受けても応答できるはずがない。中国とのホットラインは、無駄ということを立証した。

 

(2)「先立って米軍は08年、中国軍との間でホットラインを開設した。導入当初の同年5月に発生した四川大地震の際には、米国から現地に送る救援物資の調整のために使われた。ただ、その後は偶発的な衝突の恐れがあった際にもほとんど利用されてこなかった。日中間では12年に設置の検討に入り、18年に合意に至った。それでも日米外交筋によると、その過程で米国防当局者が「中国軍はいつも大事な時にホットラインの電話を取らない。設置しても期待はできない」と日本側に伝えていた」

 

米中間でも、ホットラインは機能していないという。中国の「独裁状況」が、そうさせているもの。諦めるほかない。

 

(3)「有事の際の通信手段が使えなくなるのは、中国側に世界的な危機を回避するための責任感や、各国への信頼が欠如していることが背景にある。ホットラインは核戦争の瀬戸際まで至った1962年のキューバ危機の教訓に立ち、米国とソ連が63年に設置した。首脳間を結んだ直通回線による文字通信で、緊急時に素早く連絡を取り合い、意図しない戦争を防ぐ狙いがあった。67年の第3次中東戦争や73年の第4次中東戦争などでも実際に使われ、緊張緩和に一定の役割を果たした。当時の米ソは東西両陣営の盟主として、それぞれが核戦争への危機感や責任感を共有しており、ホットラインを無視する選択肢はなかった」

 

中国に、GDP世界2位という責任感はない。あるのは,相手を出し抜くという「奇策」を用いることだ。国際的な信頼度は極めて低いのだ。

 

(4)「中国は当事者として、こうした危機感を日米と共有していない。中国側に軍事的な挑発で緊張を高める政治的な意志があるとき、緊張緩和に向けたチャンネルが機能しなくなるのも当然といえる。ホットラインが冷戦期の米ソのような首脳間でなく、防衛当局者間であることも機能しない一因になっている。今回のような台湾情勢や日米に関連する軍事行動は、中国共産党の最高指導部が判断する事項となる。それだけに安易に日米とのホットラインに応じたら、それ自体が指導部の了承がない独断だと責任を問われ、失脚する恐れがある。ただでさえ最近、中国軍では幹部の大規模な粛清が進んでおり、軍人は保身のためにいかなる失点も許されない緊張した状態に置かれている」

 

ゲリラ戦が本流であった人民解放軍に、正規軍としての自覚を求めるのは無理であろう。

 

(5)「中国共産党が10月に開いた重要会議では、参加資格を持つ人民解放軍幹部らのうち6割超が欠席した。多くが汚職の疑いで拘束中とみられる。日本の外務省幹部は「こんな状況でホットラインの電話を取る度胸がある軍人はいない」と分析する。中国との有事の際の衝突を防ぐ体制が乏しいことは世界にとってもリスクとなる。軍当局者間だけでなく、首脳間など様々なレベルで連絡手段が必要になるが、開設の機運は乏しい。最近のホットラインの運用状況は、冷戦時よりも誤解や無理解がはびこりやすい大国間の危険な状況を映している」

 

汚職に汚染されている人民解放軍は、互いに監視し合うシステムであろう。そういう中で、ホットラインの受話器を手にする「勇者」はいない。後で、どういう評価を受けるか分らない恐ろしい雰囲気なのだろう。