ロシアのプーチン大統領が、2014年にウクライナからクリミア半島を奪取した際、その併合はロシア国内で帝国の「王冠の宝石(最も貴重なもの)」の帰還として広く称賛された。しかし今や、クリミア半島は歴史的な偉業どころか、プーチン氏の首に巻き付いた重荷と化し、戦争を継続する同氏の能力を脅かしかねない急所となりつつある。
英誌『エコノミスト』(6月27日号)は、「クリミア混乱、陰るロシアの威信」と題する記事を掲載した。
クリミアはここ数カ月、絶え間なく攻撃されてきた。軍部隊、鉄道駅、発電所が標的となり、住宅が被害を受けることもある。例外は保養地ヤルタだ。緑豊かな山々に守られ、軍事目標も見当たらない。子どもたちが桟橋から海へ飛び込み、浜辺のデッキチェアは保養客で埋まる。だが、クリミアのそれ以外の地域は戦場と化している。6月20日夜、ウクライナのドローンは送電線を攻撃し、半島東端ケルチの石油ターミナルを爆破、貨物フェリーに損害を与えた。相次ぐ攻撃でフェリー航路は停止され、半島の主要な補給路の一つが断たれた。
(1)「半島では停電が頻発している。6月21日、クリミアの首長は全ガソリンスタンドで一般向け燃料販売を一時停止すると発表した。ロシア側の行政区分で別扱いのセバストポリも販売停止に踏み切った(編集注、ロシア側当局は26日、クリミアとセバストポリに非常事態を宣言した)。一方、ウクライナのドローンはロシア本土の奥深くにも及んでいる。ここ数日にはシベリアの製油所を攻撃し、モスクワにも大きな衝撃を与えた。6月16日と18日のモスクワ攻撃では、煙の柱が住宅地の上に立ち上った。石油タンクの蓋が爆発で吹き飛ぶ動画はネットで拡散した。ロシアの半数を超える地域でガソリン販売が制限されている」
ウクライナのドローン攻撃で、ロシアの製油所が炎上している。ロシアの半数を超える地域で、ガソリン販売が制限されているほどだ。原油産出国でガソリンの販売制限である。
(2)「クリミアへの攻撃は大きな意味を持つ。同半島はロシアの橋頭堡(ほ)であり、軍の補給拠点でもある。とはいえ、ドローン攻撃で、黒海艦隊の残る艦艇はより遠くの港へ追いやられている。クリミアは、ロシアにとって精神的・象徴的な意味も大きい。ロシアが2014年にこの地をほぼ無血で制圧し、一方的に併合したことは、プーチン大統領の帝国的野心の勝利であり、同氏の人気を押し上げた。ロシア帝国とソ連の宝石とみなされてきたクリミアを手にしたことは、ロシア復活を象徴するものだった。当時、プーチン氏はクリミアを「多面的でありながら一体であるロシア民族の形成における精神的な源泉」と呼んだ。同氏はウクライナによる最近の攻撃について、ほとんど沈黙している。国営メディアも同様だ」
クリミアは、ロシアの「宝石」にも当たる場所だ。ロシア復活を象徴している。その象徴が今、大きく揺れている。
(3)「ウクライナの攻撃で、ロシア軍の防衛力に対する住民の信頼は揺らいでいる。だが、ロシアへの忠誠心まで揺らいだ兆しはない。ウクライナ統治への復帰を悪夢と見る人もいる。ウクライナ当局者が報復を示唆してきたためだ。住民たちはまた、周囲からロシアへの忠誠を疑われ、告発されることも恐れている。ベルゴロド州やクルスク州など他の前線地域に比べ、クリミアでは、ウクライナへの協力者をあぶり出すロシア側の防諜(ぼうちょう)キャンペーンがいっそう露骨だ。「敵のために働いているのか。祖国を売り渡すつもりか。ウクライナ側の指示役からの命令を待っているのか。それなら、こちらが行くぞ」――。クリミアのラジオ番組「同志少佐、捜査をお願いします!」では、こんな文句が流れる」
クリミア住民は、ウクライナへの寝返りを極度に警戒されている。また、周囲からロシアへの忠誠を疑われ、告発されることも恐れている。「宝石の住民」は、地獄絵に晒されているのだ。
(4)「戦争への不満はクリミア以外にも広がっている。ロシア支配層の間では、この戦争を袋小路と見る向きが強まっている。ウクライナ東部ドンバスで消耗を伴うほぼ膠着状態が続くなか、26年春にはロシア軍が急速な前進に転じるという政府の約束は、過去数年と同じく実現しなかった。サンクトペテルブルクやモスクワの製油所を狙ったウクライナの攻撃は、一般のロシア人にも戦争の影響を身近に感じさせている。治安機関によるネット遮断で、市民生活にも支障が出ている。ここ数カ月、国営世論調査機関の調査では、プーチン氏の人気低下が繰り返し示されている。支持率の水準はあてにならなくても、低下傾向は示唆的だ。与党・統一ロシアが5月下旬に秘密裏に実施した調査でも、参加者の大半は勝敗にかかわらず戦闘終結を望んでいた」
国民の間では広く「戦闘終結」を臨んでいる。すでに、開戦後4年4ヶ月も経っている。国民生活へは、戦争の影が強く及んでいるのだ。
(5)「大統領にとって最大の問題は、死傷者数の増加でも、ロシア経済への打撃でも、弾圧の悪化でもない。この戦争の成果として示せるものが何もないことだ。失敗し、弱さを見せているとの印象は、プーチン氏の正統性を揺るがす。ロシアの歴史が示すように、弱いと見なされた指導者が許されることはめったにない。いま、クリミアにもロシア全体にも広がるのは、戦争への疲弊感だ。ロシアを支持する人々でさえ、戦争の目的を見いだせない」
プーチン氏は、開戦1週間でウクライナ侵攻が終わるものと想定していた。それが何と、4年以上経っても戦線は膠着状態である。この戦争は、どのように終わるのか。プーチン氏は、自らの汚名を避けるために「核」を持ち出すのでは、と秘かに恐れられてる。


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