人民元相場が軟調に推移している。9月8日のオフショア市場では一時、1ドル=7.3682元の安値をつけた。23日は、7.29元へと戻している。だが、懸念すべき材料として、中国経済そのものへの不安要因が膨らんでいることだ。
米国では、財務省や連邦準備制度理事会(FRB)などの金融規制当局で構成する金融安定監視評議会(FSOC)が、22日の会合で深刻な不動産不況に陥っている中国経済を巡って協議した。会合には、イエレン財務長官やパウエルFRB議長らが参加。財務省の声明によると、中国の経済や金融の動向が、米国の金融システムに波及する可能性に関して話し合われた。『時事通信』(9月23日付)が報じた。
『ロイター』(9月23日付)は、「中国当局が嫌う元安、米経済堅調持続なら市場と神経戦」と題するコラムを掲載した。筆者の植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフ為替ストラテジストである。
中国国内で不動産不況が深刻化して景気減速懸念が強まる中、中国人民銀行(PBOC)は今年6月20日と8月21日に主要政策金利である1年物最優遇貸出金利(LPR)を0.1%刻みで2度にわたり引き下げた。また、9月14日には大手銀行向けの預金準備率を10.75%から10.50%に引き下げるなど、矢継ぎ早の金融緩和を進めている。
(1)「人民元相場の「基本的な安定」に強くコミットしている中国当局は、過度の元安を阻止するための市場介入を最近、頻繁に実施している。中国の不動産大手が米国で連邦破産法15条の適用を申請する直前の8月17日には、一部の通信社が「中国当局は人民元の急激な変動を避けるため、国有銀行に対し為替介入の強化を指示した」との記事を配信した」
人民銀行は、人民元相場の動向に異常なまでに神経過敏である。それは、3兆ドルを超える外貨準備高でも安心できない事情があるからだ。1兆ドルもの借入金が含まれているとみられている。
(2)「その後、9月1日には人民銀行が市中銀行から強制的に預かる外貨の預金準備率を15日から6%から4%へ下げることを唐突に発表して思わぬ元高ショックを引き起こしたほか、9月11日にも人民銀行が指導する「全国外国為替市場自主機構」の議事内容が公表され「人民元相場には合理的かつ均衡の取れた水準で適切な安定状態を維持する強固な基盤がある」「一方的でプロシクリカルな動きの是正へ必要な措置を講じる備えがある」などの見解を示し、再び市場に元高ショックを与えるなど「元安忌避」の姿勢を鮮明にしている」
元安基調が定着すると、海外資金の流出のほかに国内資金が流出する。中国では、国内資金といえども政府への信頼性がないので「逃げ足」が早いという特性を持つ。
(3)「近年における人民銀行の通貨政策の運用履歴を振り返ると、2010年6月に現行の管理フロート制(管理型変動相場制)の弾力運用再開を宣言して以来、2018年頃まではドル/人民元相場の変動域を1ドル=6.0元~7.0元の範囲内に収める姿勢を示していた。だが、中国景気の悪化懸念が高まったり、中国政府の厳格なコロナ感染封じ込め政策で景気下振れ圧力が強まったりした時期には一時的に「1ドル=7.0元の壁」を突き抜ける元安が進むことを許容してきた。このため、中国国内で不動産不況への懸念が強まっている現下の局面においても、一時的に「米ドルの7分の1以下」の水準まで元安が進む状況を当局が容認しているようだ」
2018年頃までは、1ドル=6.0元~7.0元の範囲内に収めることで、人民元の安定化を図ってきた。一時的には、「米ドルの7分の1以下」の元安を容認している模様。
(4)「中国の通貨当局は、管理フロート制の弾力運用を再開してから現在に至るまでの十数年間、1ドル=7.4元台を超える領域までのドル高・元安を容認したことは一度もない。現行制度下における人民銀行による通貨政策の運用実績をみる限り、7.2元~7.3元台まで元安が進むと、上海市場で毎日公表する人民元の基準値の算式に詳細不明の「反循環的要素」を加えることを発表して元安をけん制したほか、様々な経路を通じた為替市場への介入可能性の示唆や、市中銀行に付加する外貨の預金準備率の調整など、諸々の施策を動員して元安の進行を食い止めてきた」
人民銀は過去、1ドル=7.4元台を超えるドル高・元安を容認したことがない。これは、デッドラインであろう。冒頭に挙げた米国の「金融安定監視評議会」が、中国経済を議題にして会議を開いる現状からみれば、7.4元という未踏領域の元安局面も想定されないではない。
(5)「現行の管理フロート制の採用を宣言してから現在に至るまで、中国の当局は具体的な通貨政策の運営ルールを国内外に公表しておらず、過去には何度も事前に何の予告も無いまま運用スタンス変更したこともあった。今後もこれまでと同じ水準を意識したドル人民元相場の安定運用をキープし続ける否かは不透明だ」
中国当局は、7.4元へ進ませない防衛ラインを引いているが、それは「図上作戦」の話だ。現実問題となれば、それは別問題となろう。
(6)「人民銀行は、今年8月に発行した「四半期金融政策報告」で、人民元相場に関するコラムを特別に掲載し「過去何年間に人民元の対ドル相場は3度も(1ドル=)7元の壁を破ったが、3回とも7元以内に戻っている」、「当局には為替相場を平穏に安定させるために必要な豊富な経験と十分な政策ツールを具備しており、その自信と条件と能力を保持している」などのメッセージを市場に送っていた。少なくとも現時点では1ドル=7.3元台付近に防御線を敷設して、それ以上の元安を許さぬ方針を変えるつもりは無さそうだ」
現時点の防衛ラインは、7.3元台にある。これが破られたときは、「中国経済危機」と読むべきであろう。