中国人は、昔から「大言壮語」を好む民族とされている。有り体に言えば、「大法螺」を好む習性を持っている。これを的確に表わす調査結果が出てきた。
英誌『エコノミスト』の調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」が最近発表した世界50カ国の住民調査リポートによると、中国人の91.4%が自国の未来に対して極めて楽観的な態度を示したという。彼らは、中国は今後10年間も進歩を続け、さらに素晴らしい社会に向け前進していくとの見方を示した。
このような夢と希望に満ちた将来展望を持てる国民は、何と幸せなことかと思う。反面、これからの10年、この夢が叶えられなかった場合、その反動がどれだけ大きいかを想像すると、ゾッとする気持ちに襲われる。
すでに、労働者が抗議ストを始めている。これに中国のエリート大学の卒業生や現役学生が加わって加担している。中国には、前記の世論調査が示す庶民感覚と100%異なる現実が発生している。そのことに大衆が気付き、労働者や学生の抗議の隊列に参加したとき、中国はどうなるのか。「今後10年間は破竹の成長が不可能」という現実とその矛楯を知って愕然とするに違いない。
『レコードチャイナ』(11月13日付)は、「中国人の国家の未来に対する楽観は何に由来するのか」と題する記事を掲載した。この記事は、CRI論説員・苑聴雷氏の執筆である。
(1)「今年はちょうど、中国が改革開放を実行してから40周年だ。改革開放は、中国の指導者である習近平国家主席が『中国を深く改変した。世界をも深く改変した』と称した事業であり、中国の『第二革命』だ。英誌エコノミストの調査部門『エコノミスト・インテリジェンス・ユニット』(EIU)の調査結果はひとつの面を反映している。それは、今日の絶対多数の中国人が国家の将来の発展に対して極めて楽観していることの源泉は、過去40年間の改革開放が中国人に獲得感をもたらしたことであり、彼らは中国が将来も改革開放をたゆまず推進し続けることを期待し、信じているということだ」
今年が、改革開放40周年である。この間に、中国は物的には豊かになった。それは、誰も否定できない事実である。同時に、来年が天安門事件から30年経つことも忘れてはならない。精神的な自由を求めた学生たちの純粋な願いは、同胞である人民解放軍の戦車と銃剣によって踏み潰された。この現実は、当局によって闇に葬られ、歴史として記述されることさえ拒まれている。これもまた、否定しがたい中国の姿なのだ。
中国は、物的な豊かさと精神的自由の束縛というコントラストの上に存在する。これほど不安的な国家があるだろうか。物的な豊かさは、精神的自由を解放させる原動力になるはずだ。マズローの人間欲求五段階説でも、それを明確に示している。人間が持つ「自己実現の原則」がここにある。中国の「80後」(1980年代生まれ)、「90後」(1990年代生まれ)は、すでに、マズローの指摘した通りの「自己実現」を人生第一の価値基準にして行動している。この事実を知るべきである。
中国は、物的豊かさが精神的自由を束縛する巨大な矛楯の壁に取り囲まれている。そのことに気付かなければ危険である。来年の天安門事件30周年は、国民の不満が噴き出す絶妙な時期に遭遇する。
(2)「中国が社会を発展させつつある中で、依然として多くの困難と問題があることは否定できない。例えば中国の指導者は、現代中国社会の主要な矛盾とは、日増しに高まるすばらしい生活に対する人民の求めと、不均衡で不十分な発展の間の矛盾と位置づけている。そして、3年の時間の間に重大なリスクに対する防備と無力化・ピンポイント貧困脱出・汚染の防除という三大戦役を攻略して打ち勝つことを決意した。この三大戦役も、中国がさらに高い質の発展に邁進することを後押しすると予想してよい」。
中国の指導者は、現代中国社会の主要な矛盾とは、日増しに高まるすばらしい生活に対する人民の求めと、不均衡で不十分な発展の間の矛盾と位置づけている、という。唯物論者の本質的な欠陥を示す認識が、ここに現れている。人間は、「考える葦である」。人間は、葦のように弱い存在だが、考える力を持っている。毛沢東が、軍事革命を思い付いたのもこれである。人間が「矛楯」に気付いたときどのように行動するか。中国共産党はそれを知り尽くしているはずである。自らもそれを実践したからだ。その共産党が今、支配階級として永遠に君臨しようと考え始めた。その邪悪な欲望が、中国危機の発火点である。「人はパンのみに生きるにあらず」なのだ。





