先の米中首脳会談では、米中双方が「第二次世界大戦」を引き合いに出して、当時は「同盟国」であったと懐旧の談を演じた。習氏の訪米は、国賓待遇である。米中両国は、挨拶文の協議もしているはずだ。中国が、敢えてこの古証文を持出し、米国がこれに乗ったものであろう。中国の狙いは何だったのか。これは「中華民国の歴史を中華人民共和国が継承する」という中国の主張を米国に認めさせるためであったという見方もある。その目的は、台湾統一の論理的布石であるというのだ。
中国の「レトリックで台湾統一できる」という「誤解」は、中国共産党序列4位の王滬寧(ワン・フーニン)思想の副産物であろう。王氏は一貫して、「政治は軍事や経済ではなく、ナラティブ(物語)で支配できる」という立場を取っている。
王氏は、台湾社会を「中国文化圏の一部」として扱い、政治的主体としての台湾人をほとんど認めていない偏った思想だ。そのため、経済的利益を提示すれば台湾は動く、歴史的正義を語れば台湾は納得する、中華民族の物語を共有すれば台湾は帰属するという、という「文化決定論」に陥っている。これは、台湾の民主主義・市民社会・政治的アイデンティティを完全に過小評価する誤認である。王氏の偏見が、習氏の「歴史戦」に凝縮されているのだ。
『日本経済新聞 電子版』(9月30日付)は、「『歴史戦』の標的は日本より米国、台湾狙う習氏が仕掛ける巧妙なワナ」と題する記事を掲載した。筆者は同紙の編集委員である。
「両首脳は第2次世界大戦で米国と中国が同盟国であり、共に戦って勝利を収めたことを思い起こした」。中国国家主席の習近平(シー・ジンピン)が国賓としての米国訪問で勝ち取った最大の成果はこの「同盟国」という文言に尽きる。中国はほくそ笑んでいる。経済・貿易面の成果が中途半端なものであったとしてもだ。
(1)「冒頭で挙げたのは、米ホワイトハウスが25日、大統領のトランプと習の会談などについて発表した成果文書(ファクトシート)の公式な表現である。だが、第2次世界大戦当時、中国大陸に中国共産党が1949年に打ち立てた中華人民共和国は存在せず、国民党の蔣介石が率いる中華民国の時代だった。しかも、その後の朝鮮戦争(1950〜53年)では、中華人民共和国の志願軍が朝鮮半島で米軍と直接、激しく戦い、双方とも多大な犠牲者を出した。日中戦争、日米を含む第2次世界大戦より今に近いリアルな現代史だ」
中国は、自国に都合の良い部分だけを抜き出している。朝鮮戦争で戦った米中の歴史を棚上げしているのだ。習近平氏は、トランプ氏を「騙せても」米議会という難物を騙せるはずがない。習氏の策略は、「大甘」である。米国が、こういう中国の子供じみた屁理屈に「乗せること」は絶対にあり得ない。米国には、国内法の「台湾関係法」(1979年)が存在する。米議会は、これを拠り所にしてトランプ氏が「変節」すれば、超党派で責め立てらる準備をしている。
(2)「事象だけ追うと、いつもの「日本たたき」という印象が強まる。だが、それは本質を見誤っている。まさに「木を見て森を見ず」である。慣れっこになっている「日本たたき」の裏には、もっと大きなシナリオが隠されている。核心は台湾統一という問題にある。「中国は一つしかなく、台湾は中国の一部」という中国の主張の根拠は何か。それは「新しい国家である中華人民共和国が第2次世界大戦を含むそれ以前の中国(中華民国)の歴史をまるごと引き継いだ」と信じているからだ」
中国の台湾統一は本来、中国の世界覇権論の一環である。台湾を統一して米国へ攻め上がるというものである。この総合戦略を認識している米国が、台湾を切り離して「統一承認」することは、米国の「無血開城」に等しい愚策になる。中国の野望を知り抜いている米国が、そういう中国の手にまんまと乗せられることは、自らの世界覇権の座を差し出すようなものだ。
(3)「今回、中国は「トランプの米国に第2次世界大戦を含むかつての中国の歴史を習が仕切る共産党の中国が全て引き継いでいると明確に認めさせた」と解釈。台湾統一に向けた論理的な布石にもなると考えている。日本の高市早苗政権と対峙する中国にとって「過去の日本軍国主義との戦い」「新型軍国主義けん制」は、今後もゲームを有利に運ぶために必要な要素だ。だが、いわば台湾統一という刺し身本体に付いているツマにすぎない。中国が「歴史戦」の巧妙なワナを仕掛けた真の相手は日本ではない。それは米国だ」
これは、王氏の戦略である。米国が、それにひっかかることなど「万に一つもない」であろう。余りにも、見え透いた戦術であるからだ。
(4)「さらに中国はこう考える。トランプが歴史的に継続する「一つの中国」を改めて認めたのだから、次は中国の一部である台湾の独立に反対するのが当然だ。そう畳みかけやすくなる。この論理でトランプ政権による台湾への武器売却も強くけん制できる。米国の歴代政権は台湾海峡の平和と安定のため「現状維持」を求める現実的な外交姿勢をとってきた。「台湾独立を支持しない」という米政権による言質はこの方針を意味する。習はこれを打破して一歩前に進めたい。それが「台湾独立に反対する」という新たな言質の獲得だ。台湾問題について「交渉カード」と言ってはばからないトランプからなら、引き出せるかもしれない。その第一歩にしたいのが、今回の「米中は同盟国だった」というトランプの言葉だった」
トランプ氏の任期は、あと2年余である。中間選挙の結果によれば、レームダック化する。下手をすれば「弾劾リスク」も抱える。そういう政治情勢で、トランプ氏が大胆な決定をすれば、それこそ弾劾対象だ。台湾関係法の重みがぐっと高まるであろう。
中国は、歴史戦で米国を動かせば、台湾統一の正当性が得られると考えている。これは、 覇権国家の基盤能力を持たない国が、物語で覇権を補おうとする「文明的錯覚」である。中国は、自力で世界覇権を挑むことができないからこそ、簡単な「歴史戦」に乗換えようとしている。世界覇権を諦めた中国が、歴史戦ではさらに敗北濃厚である。こういう「道理」も分からないほど混迷しているのだろう。





