勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ:経済ニュース時評 > 日本経済ニュース時評

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    日米関税交渉は、7月20日の参院選後の10日間で精力的に行なう見通しが出てきた。米国が通告してきた自動車関税25%が、鉛のように重く日本経済へのし掛っている。こうした事態に、米国で余裕設備を持つ日産自動車が、ホンダ車の肩代わり生産する案が浮上している。日産とホンダにとって、双方がプラスの話である。

     

    『日本経済新聞 電子版』(7月11日付)は、「日産、米国でホンダ車生産へ協議 工場の稼働率上げ関税影響を緩和」と題する記事を掲載した。

     

    日産自動車は、米国でホンダに自動車を供給する協議を始めた。稼働率が落ち込む日産の米国工場を活用し、ホンダ向けの大型車を生産する方向で検討している。自動車関税を巡っては日米の政府間交渉の溝が深い。日本車メーカーが連携して米国生産を増やし、関税影響を抑える。

     

    (1)「両社は、世界3位の自動車連合を目指して経営統合の協議に入ったが、条件で折り合いがつかず破談した。中国勢の台頭や自動車関税など経営環境の厳しさが増す。協業を進めて関係を再構築する。日産は、米国に2カ所ある完成車工場のうち、ミシシッピ州のキャントン工場でホンダ向けのピックアップトラックを生産する方向で協議している。同工場では、商用向けの中型ピックアップトラック「フロンティア」などを生産している。日産が、ピックアップトラックにホンダのブランドロゴを取り付けて生産し、ホンダが自社ブランドとして米国で販売する」

     

    日産が、ピックアップトラックにホンダのブランドロゴを取り付けて生産するもの。ホンダは、販売の穴を埋められる。

     

    (2)「ピックアップトラックは、運転席後方に開放型の荷台を備える小型貨物車。実用性の高さから米新車販売の2割を占める。ホンダは、米国で日常生活で使いやすいピックアップトラックしか手掛けていない。日産工場から車両を供給してもらうことで、本格的なトラック性能を求める消費者の需要を開拓できる」

     

    ホンダはこれまで、米国の日常生活で使いやすいピックアップトラックしか手掛けていなかった。今回の関税問題で急遽、この分野で販売の落込みをカバーする。

     

    (3)「米国での協業は、両社にメリットが大きい。米国の自動車関税を受けて、ホンダは2026年3月期に6500億円、日産も最大4500億円の営業利益の下押し要因になる。米国で販売する、日本車の米国輸入比率は高い。日産は米国販売車の47%、ホンダも32%を米国外から輸入している。4月から発動した25%の自動車関税の影響を回避するために現地生産が重要になっている」

     

    米国での協業は両社にメリットになる。日産は、操業度引上げ。ホンダは、新分野開拓である。こうし「相互支援」が、協業への足がかりになるかどうかだ。

     

    (4)「ホンダは、米国に5カ所の工場を持つが、新たな車種を現地生産するには時間がかかる。日産から車両を供与してもらうことにより、関税影響や開発費を抑えながら短期間で米国生産車を増やせる。一方、日産は販売不振を受けて世界で工場の稼働率が低迷している。調査会社のマークラインズによると、キャントン工場の24年の稼働率は57%にとどまり、一般的に80%前後とされる損益分岐点を大きく下回る。日産はホンダ向けを生産することにより、稼働率が高まり収益力の改善につながる」

     

    日産キャントン工場は、24年稼働率が57%程度だ。これを、ホンダ向けのピックアップトラック生産によって、稼働率を引上げられる。広大な米国市場では、両社の製品がバッティングすることもないのだろう。

     

    (5)「トランプ政権は、関税政策で強気の姿勢をみせている。日本などに対して、4月に公表した相互関税とほぼ同じ税率を81日から課すと表明した。自動車関税を巡っては日米両政府の溝は深い。自動車メーカーが連携して米国生産の増産を表明すれば、交渉材料の一つになりうる。日産とホンダは、24年末から経営統合の協議を進めてきた。ホンダは日産が大規模なリストラ案の策定に踏み込まないことに不満を抱き、日産に子会社案を突きつけた。日産からも「ホンダとは統合できない」と不信感が高まり、統合協議は破談した。話し合いは振り出しに戻り、協業は検討を継続することになった」

     

    米国で、両社が相互支援することにより理解が進むというメリットも期待できる。不信感を取り除くことは良いことだ。

     

    (6)「4月に日産が、経営陣を刷新したのを機に、両社は幹部による協議の場を定期的に開いてきた。両首脳ともすぐの経営統合協議の再開は否定している。まずは、メリットがある分野で協業し、関係を再構築していく」

     

    それにしても、いったんは協業を決意した両社が、感情のもつれで分かれてしまった。資本の論理の前に、感情が先行したもの。冷却期間をおいて、再び協業へのムードが出るか。

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    日本では、トラン関税25%に対して悲観論が流れている。だが、米国は英国モデルを参考にして日本へ妥協するように示唆していた。英国モデルでは、自動車は24年の対米輸出台数までは10%関税だ。日本は、24年対米輸出台数が133万台である。日本はかつて半導体で、米国の要求する輸出数量制限に応じて苦杯を喫した経験がある。それだけに、「輸出数量制限」を簡単に受入れられないトラウマを抱えている。慎重に対応しなければならないが、絶対拒否すべき内容でもなさそうだ。

     

    『フィナンシャル・タイムズ』(7月8日付)は、「経済同友会の新浪氏、日本の対米関税交渉『間違いあった』」と題する記事を掲載した。

     

    トランプ米大統領がアジアで最も緊密な同盟国に25%の関税を課すと発表したことを受け、日本の有力経済団体である経済同友会のトップは、政府の対米通商交渉戦略に「間違い」があったと述べた。

     

    (1)「経済同友会の代表幹事を務める新浪剛史・サントリーホールディングス会長は、日本側が関税の完全免除を求め続けたことでトランプ氏は「裏切られた」と感じたのかもしれないと指摘した。交渉チームがもっと柔軟な姿勢を示していれば一律10%の関税で決着できていた可能性があるとした。「彼らはトランプ氏の決意を過小評価していた」と新浪氏は8日、フィナンシャル・タイムズ(FT)に語った。「彼らは時間が日本の味方になると思っていた。それは大間違いだった」と指摘。

     

    米国は、英国案を日本へ適用する腹積もりであった。妥結は、今からでも遅くない。ただ、自由貿易論を唱える立場から言えば問題がある。英国も、この線で妥協したことを考えると、やむを得ないかも知れない。

     

    (2)「ここに至って日本の立場は弱くなり、取引をまとめるために大きな譲歩に追い込まれる可能性があると新浪氏は指摘し、石破茂首相率いる与党・自民党が支配力を失う恐れがある7月の参議院選挙までに交渉をまとめる時間的余裕はわずかだと付け加えた。「もう手遅れかもしれない」と新浪氏は語った。

     

    日本の立場が悪くなったことはない。米国経済に日本の存在が不可欠である以上、言うべきことはしっかりと強調すべきである。

     

    (3)「日本は2025年、迅速な取引でトランプ氏の関税を免れることに期待をかけ、素早く交渉に取りかかった。しかし、トランプ氏は7日、交渉の行き詰まりを受けて日本に25%の関税を課すとした。4月に発表した当初税率から1ポイント上がった。英金融大手HSBCは8日、日本はさらなる譲歩の提示が最も難しいかもしれないとの見方を示した。「石破氏の連立政権は混戦の7月20日の参院選を前に、輸出自動車メーカーやコメ農家など重要な支持基盤の非常に大きな圧力にさらされている」とHSBCは指摘している」

     

    英国式の線で妥協するなら合意できる。24年の対米輸出台数まで10%関税であれば、コストダウンで切り抜けられるからだ。

     

    (4)「関税発表前、日米は数週間にわたって協議を重ね、双方とも進展しているとしていたが、成果は得られなかったようだ。トランプ氏は6月末、米国産のコメの買い増しや米国製の自動車の輸入増を拒む日本は「甘やかされている」と述べた。新浪氏は、石破氏が自動車産業を守るためにコメ農家を犠牲にしようとしないことなど、日本側の頑固さが1期目のトランプ氏と親密な関係を築いた故安倍晋三元首相の遺産を無駄にしたと語った」

     

    政治的配慮から言えば、米国米輸入増加は農家の反発があって決断できないであろう。農政転換効果が、ハッキリ出てくれば農家を説得できる。現状では、青写真もないのに「口約束」だけで解決できる問題ではない。

     

    (5)「新浪氏は、「安倍氏との関係や日本は手本になりうる(と踏んでいた)ことから、トランプ氏は日本に高い期待を寄せていた」と語った。「その期待度の分析が必要だった」。日本は同盟国としての「特別な関係」を理由に挙げ、一貫してトランプ氏の関税の免除を求めた。日米双方の関係者らによると、電話や対面で対米協議を重ねた赤沢亮正経済財政・再生相は、譲歩する権限を与えられていなかったという」

     

    日本は、米国の製造業改革の中長期「パッケージ案」を提出した。この方が本流である。トランプ氏が、短期効果を狙って「バーター」を持ち出した。この両国で目算が狂ったのだ。日本の交渉を卑下することはない。結果論だ。

     

    (6)「米調査会社ユーラシア・グループの日本アジア貿易ディレクターで、米通商代表部(USTR)代表補代理として20年に発効した対日貿易協定の交渉にあたったデビッド・ボーリング氏も新浪氏と同じ見解だ。「米国は、関税を全てなくさなければならないという最大限の要求をするポジションを取った日本が、ひどい計算間違いをした。その戦略は幻想だった」とボーリング氏は言う。「日本が8月1日までに合意に至りたいのだとすれば、もっと現実的になる必要がある」と指摘」

     

    米国製造業は保護主義でなく、構造改革すべき段階である。日本の方式を取り入れれば、米国製造業は再生可能である。輸出数量制限などは、姑息な手段だ。米国は、この手法で弱体化してきたのだ。

     

    (7)「日本の複数の企業で社外取締役を務める小柴満信氏は、円安を背景に日本企業は関税を吸収できる力があると指摘する。「関税も(1ドル=)145円と引き換えなら、私は喜んで受け入れる」と小柴氏は言う。トランプ政権の1期目は1ドル=110円ほどだった」

     

    円相場が140円台にある以上、かつての110円からみれば円安である。自動車の数量規制と10%関税で妥結できれば、日本経済に大きな波乱要因とはなるまい。悲観論に陥ってはなるまい。日本は、さらなる技術開発に磨きをかけることだ。 

     

    あじさいのたまご
       

    韓国の李政権は、表面的には日韓友好を唱えているが、ユネスコ世界遺産委員会の場では、日本へ反対する姿勢を明確にした。

     

    韓国は、ユネスコ世界遺産委員会で長崎市の端島(通称・軍艦島)を巡り、負の歴史に関する日本の取り組みを委員会で改めて点検すべきだと訴えたが退けられた。「軍艦島」は、2015年に世界遺産に登録された。韓国は、朝鮮半島出身者の強制労働があったと主張。韓国は、歴史を説明するとした日本の履行状況の点検を求めた。これに対して日本は、世界遺産委ではなく日韓で議論すべきだとの立場を示し、投票で日本側主張への支持が「7対3の多数」を占めた。

     

    『中央日報』(7月9日付)は、「『3対7』で負けた軍艦島の表決…国際社会の考えは韓国と違った」と題する記事を掲載した。

     

    軍艦島など近代産業施設問題を国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会の正式議題にしようとしていた韓日間の票対決での敗北は、両国間の“戦力格差”をそのまま露呈することになった。ただし、このような過程で強制徴用の歴史を知らせるという当初の約束を破った日本の素顔を表わす成果もあった。

     

    (1)「7日(現地時間)、フランス・パリで開かれた第47回国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会会議では、軍艦島問題を正式議題として扱うのをやめることを提案した日本の案件が過半得票で採択された。韓日を含む全体委員国21カ国のうち合計15カ国(賛成7カ国、棄権8カ国)が軍艦島の正式議題化に手をあげなかった。これを正式議題として扱おうという国は韓国を含めて3カ国だけだった。無効票は3カ国だった」

     

    韓国の民族感情が、最も先鋭に出されるのが歴史問題である。軍艦島や佐渡島金山の世界遺産登録は、韓国にとって絶対に阻止したい対象である。李政権は、日韓融和を唱えながらこの問題では譲らないという姿勢が鮮明になった。将来にわたって、この問題が日韓両国のトゲになろう。

     

    (2)「日本は、「遺産委ではなく韓日間の二国間協議で問題を解決していく」としたが、相当数が軍艦島問題の本質とは別個でこのような方式に共感したとみられる。韓日間の葛藤が絡む遺産に対して、遺産委が一方の肩を持ちたがらないのも現実だ。毎年、ユネスコに韓国の3倍規模の分担金を出している日本のロビー力も影響を及ぼしたとみられる。日本はユネスコの手続き方法も巧妙に活用した。修正案をいつでも出すことができるという点を利用して「軍艦島問題を正式議題として扱おう」という韓国の修正案に反対する逆修正案を会議の途中に提出して韓国の不意を突いた。

     

    韓国外務省は、「日本が約束を誠実に履行するよう要求していく」とした上で「相互信頼の下、未来志向的な協力を続ける」とも表明。韓国聯合ニュースによると、李政権の外交政策は日韓の歴史問題と日韓協力を分離し進めると指摘した。韓国によると、世界遺産登録に際し、日本は朝鮮半島犠牲者を記憶にとどめる「適切な措置」を約束したが、韓国では日本の履行が不十分だとしている。これは、水掛け論に終る危険性もある。「犠牲者の記憶」をどのように形にするのか。議論は永遠に平行線に終る恐れもあろう。

     

    (3)「韓国政府が、過去にない韓日間票対決を辞さない場合には、水面下で世論を綿密に把握し、支持確保の努力をもっとしておくべきだと指摘される理由だ。ただし、韓国政府は世界遺産を巡る日本の手口をこれ以上座視できないと判断したものと分析される。日本は、コンセンサスを重視するユネスコの慣行を恣意的に利用し、韓国が問題を提起すると「ユネスコで表決まで進もうということか」といった態度を見せた。表決まで進む過程で韓国政府が日本の歴史歪曲形態を公開的に批判して記録として残したという意味もある。韓国大統領室関係者はこの日「近代産業施設関連の議題が正式案件に採択されず残念」としながら「今後もこの問題を提起し続けていく」と明らかにした」

     

    韓国は、この問題に強いこだわりをみせている。日韓問題が、決して解決していない証拠であろう。韓国は、日本へ過去を突きつけて「譲歩」を目指している。これで、真の友好が成り立つだろうか。韓国は、「土下座」が普通の認識として受入れられている社会だ。日本ではあり得ない慣習である。こういう慣習の違いも、日韓の歴史問題を解決不能にしているのであろう。韓国が、儒教を背景にして日本へ謝罪を求めるならば、日本の武士道精神は、そういう作法を受入れないのだ。韓国は、自らの「謝罪作法」を日本へ押しつけてはならないのだ。

     

     

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    米国は製造業空洞化

    保護主義で体力消耗

    TPP脱退が大失策

    英国モデル日本適用

     

    米国トランプ大統領が7月7日(現地時間)、一方的に日本へ25%関税を通告してきた。実施は、8月1日。日本が、米国へ報復関税を課せば、その分を上乗せするという高圧姿勢である。日本は、米国の数ある同盟国の中で、最も信頼しなければならない国である。中国に対す防衛拠点としてだけでない。日本は、米国製造業の基盤維持に協力する不可欠の国である。その日本に対して、トランプ氏は近視眼的視点で、日米貿易収支の均衡化を要求している。

     

    米国は2024年、対日貿易で694億ドル(約10兆円)の赤字である。主たる品目は自動車である。米国は、自動車貿易赤字を解消させるために、日本へ対策を要求している。日本の立場は、個別品目で対応するのではなく、中長期的視点で米国製造業全体の底上げ策に協力するという「パッケージ案」であった。トランプ氏は、米国世論に向けて「戦果」を上げなければならない立場から、こういう構造論的視点に関心を持たずに即効性を求めている。日米には、基本的な姿勢でこういう大きな隔たりがある。

     

    日本は、米国に対して「正論」を展開しても、当面の問題解決に資することがないので、7月一杯に対応策を示して妥協するほかない。この点については後で取り上げる。ただ、米国がこれまで示唆してきた「案」は、5月に妥結した英国モデルの日本適用である。これが、トランプ氏の真意とすれば、日本を英国並みに「優遇」しているのであろう。それは、今後の交渉過程で明らかになる。

     

    米国の貿易政策は、「その場限り」という短兵急が特色である。米国の産業構造をどのように発展させるか。経済安全保障面ではどうあるべきか、という視点の欠如だ。これまで唯一の動きは、TPP(環太平洋経済連携協定)とりまとめに動いたオバマ大統領時代だけである。このTPPも、トランプ氏の近視眼政策で脱退し、現在の「関税一本槍」という迷路へ紛れ込んでいる。後述のように、米国がTPPに踏み止まっていれば、今のような騒ぎもなく、中国がEVなど「新種の神器」で世界市場を荒らし回ることもなかった。

     

    米国は製造業空洞化

    日本は、これまでトランプ氏の激高する発言に対して冷静に対応してきた。それは、米国経済の構造的弱点を把握しているからだ。米国は、一時の感情で日本を批判しても、最後は日本との協力なしに、世界覇権を維持できないところまで脆弱化している。

     

    米国は、これまで資本の論理を100%生かして、国内産業が高付加価値のIT関連へ特化した。特に1990年以降は、ソ連崩壊後のグローバル主義の下で製造業が一斉に賃金の安い海外へ進出した。だが、中国経済の勃興によって、米国製造業の弱体化が明白になった。特に、習近平氏が中国国家主席に就任した2012年以降、米国への対抗を旗印に掲げ、「中華再興」=「世界覇権狙い」を隠そうとしなくなってきたのだ。

     

    こうした世界情勢の変化を受けて、米国は国内製造業の衰退に危機感を覚えることになった。トランプ氏の高関税政策は、製造業危機感がピークに達したことを示している。トランプ政策の特色は、「米国単独主義」である。米国製造業が、高関税によって復活できるという、大きな誤解に陥っている。高関税は、米国製造業をさらに弱体化させるという事実に目をつぶっている。米国製造業衰退が、保護主義強化の結果という歴史を忘れているのだ。これは、大きな判断ミスである。

     

    日本は、トランプ氏の「誤診」に付き合わされている。日米貿易不均衡に対して、「パッケージ案」を用意して、米国製造業の総合的立直しに協力する中で、日本の対米貿易黒字の中期的な調整を実現する案だ。トランプ氏は、この案を拒否しており、日本の自動車輸出に伴う貿易黒字を減らせという「バーター取引」で迫っている。なんとも短兵急な要求である。こういう調子では、米国製造業が強くなるはずがない。

     

    トランプ氏の場当たり的政策は、米国経済へ大きな禍根を残すであろう。日鉄のUSスチール子会社化を承認する一方で、鉄鋼関税率を50%へ引上げるというメチャクチャな保護政策を行っている。高関税によって、米国鉄鋼需要が減少することを見落としており、これからその負の影響懸念が強まるのだ。USスチールは、日鉄支援で早急な設備投資更新に着手しなければ、米国製造業の危機をさらに深めかねない状況へ立ち至っている。

     

    保護主義で体力消耗

    米国製造業の衰退は、自動車産業に始まった。GM(ジェネラル・モーターズ)の経営不振が引き金を引いた。当時、破竹の勢いで躍進の始まったトヨタ自動車は、かつての「師匠格」のGMに対して、トヨタ生産方式導入を呼掛けた。GMはこれを理解できず、生産コストの切り下げに失敗した。2008年のリーマンショックで、米国経済は大打撃を受け、GMはこのショックに飲み込まれたのだ。GMは、事実上の国有化によって命脈を維持したが、もはやかつての栄光を取り戻せず、これが米鉄鋼業衰退へ直結した。

     

    もう少し歴史をさか上ると、レーガン政権は1980年代にさまざまな方法を用いて鉄鋼と自動車の輸入を制限した。この狙いは、外国勢の輸入増にさらされていた国内メーカーに経営改革するに必要な時間を与えることだった。だが、鉄鋼や自動車の輸入制限は、米国産業を立て直すテコにはならなかった。国内価格の上昇は、賃上げファンドとして食われてしまい、設備投資増へ結びつかなかった。この苦い経験を抱えながら、鉄鋼や自動車は「自力本願」でなく、輸入制限という「他力本願」に頼ったのである。(つづく)

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    米国の2024年の対日貿易赤字は、694億ドル(約10兆円)である。トランプ政権は、早急にこの赤字減少を日本へ要求している。日本が提案した「パッケージ案」には目もくれず、目先の貿易赤字減を最大に「政治功績」へ上げる腹積もりだ。当初掲げた、米国製造業の抜本的立直し構想から大きく後退している。

     

    日本では、米国が自動車の輸出数量制限を求めているのでないかという見方が出始めている。過去にも、こうした動きがあったからだ。日本にとって、自動車は基幹産業である。それだけに、対米輸出で数量制限になると大きな影響が出る。ただ、この案が実現して10%関税に引下げられれば、日本経済に余裕が生まれるとの観測もある。

     

    『ロイター』(7月9日付)は、「対米自動車輸出の上限案、実施なら景気後退も 政府『事実でない』」と題する記事を掲載した。

     

    暗礁に乗り上げている日米関税協議では、日本経済全体への影響という観点からは自動車の取り扱いが焦点だ。日本の基幹産業だけに仮に一部で報じられているように輸出台数に数量規制がかかるようだと、国内工場での生産減少により景気後退のリスクが高まることが想定される。数量規制を巡る報道に関して、日本側は「事実ではない」(経産省幹部)と否定する声が多く、赤沢亮正経済再生相は8日の会見で「報道は承知しているが、逐一コメントしない」と述べるにとどめた。

     

    (1)「2日付の米『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、5月下旬に赤沢大臣が訪米した際に、ラトニック商務長官とグリア通商代表部(USTR)代表が両国が早期に合意に至らなければ、トランプ政権は追加の懲罰的措置へと移行する可能性があると警告した、と報道。そのうえで両氏は、日本が米国に輸出できる自動車の台数に上限を設けるよう日本側に要求する可能性があると述べ、日本側はこの要求を突っぱねて引き続き自動車関税の撤廃を求めた、と伝えた」

     

    米国は、5月時点で日本の対米自動車輸出台数について制限論に言及していた。これが、米国の対日基本線のようである。

     

    (2)「米国のグラス駐日大使は、5月10日付の読売新聞インタビューで米国が英国と合意した自動車の低関税枠で日米も合意する余地があると指摘し、米政権内に事実上の自動車数量規制案があることを示唆している。実際、複数の政府・与党関係者によると、第一次トランプ政権では当時のハガティ駐日大使が当時の菅義偉官房長官など政府要人に対米自動車輸出の数量規制を打診した経緯があるようだ。菅氏側近の阿達雅志参議院議員は2018年、ロイター主催講演会で、米国から日本の対米自動車輸出台数を100万台削減すべきとの要求もあったと明らかにした」

     

    米英の関税交渉では、自動車の低関税枠で合意している。米国は、日本に対してもこの方針を堅持している様子である。第一次トランプ政権では、日本へ対米自動車輸出の数量規制を打診した経緯がある。

     

    (3)「現在も与党内では、「対米自動車交渉で米国が呑めるのは数量規制に近いもの。参院選前にそのような合意をされては困る」(自民党幹部)との声が聞かれる。石破茂政権としては、「自動車分野で合意できなければ全体合意はない」(赤沢再生相、8日)との立場で、25%の自動車関税撤廃を引き続き求める方針。政権内には、「10%程度の関税ならば日本経済として吸収可能として応じる考えも一部にはある」(経済官庁)ものの、基本は撤回を求め続ける考えだ」

     

    石破政権は、自動車輸出台数制限論を否定している。ただ、仮にこれを受入れ10%関税になれば、日本経済全体の打撃は少なくなるという見方もある。

     

    (4)「日本自動車工業会によると、2024年の日本の対米自動車輸出は133万台。ここに数量規制が設定されるようだと、その規模にもよるが影響が甚大になる可能性がある。農林中金総合研究所の南武志・理事研究員は「自動車産業は日本唯一の輸出基幹産業ですそ野は広い。25%関税も数量規制も、日本経済を大きく下押しし、景気後退の引き金となりうるリスクがある」と懸念を示す」

     

    日本の対米自動車輸出は、2024年で133万台である。日本は半導体で、米国の要求する輸出数量制限に応じて苦杯を喫した経験がある。それだけに、「輸出数量制限」を簡単に受入れられないトラウマを抱えている。慎重に対応すべき問題だ。

     

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