2018年は、明治維新(1868年)から150年に当る。中国の南開大学で「明治維新と近代世界」に関するシンポジュームが開かれた。中国メディアの『快資訊』(8月2日付)が、その内容を伝えた。東アジアの歴史を書き換え、世界の構造を変えるほどの影響を与えたとしている。注意すべきは、日本が明治維新で世界の強国になった事情を利用して、中国が軍拡の企みを正当化することだ。大きな軍隊を持てば、世界のリーダーになれる。そういう妄信に付きまとわれている。これが、現在の中国である。
南開大学と聞けば、周恩来首相を思い出す人も多いだろう。周氏にとって南開大学が、生涯の伴侶となる夫人との出会いの場でもあった。周氏は、毛沢東から言われなき嫌疑を受け、ガン手術を許可されず死期を早めた悲劇の政治家である。米中復交の立て役者であり、「冷静沈着」を絵で描いたような哲人政治家であった。周氏が存命であれば、現在の米中貿易戦争について、どのように語るだろうか。
『サーチナー』(8月6日付)は、「日本は明治維新で突如として世界の強国になり東アジアの歴史を書き換えた」と題する記事を掲載した。
(1)「記事はまず、日本が幕末の激動の中で明治維新を実現できたのは『幸運』だったと紹介した。ある専門家は、明治維新には問題もあったものの、方向性としては正しかったと分析している。では、東アジアをはじめ、世界にどのような影響を与えたのだろうか。専門家の1人は、『世界の構図を変えた』と指摘」。
日本が開国に踏み切ったのは、清国が列強の支配下に組み入れられて行く姿に危機感を持ったことにある。開国では西洋化を前面に立て、「日本が異質の国でない」ことを示す必要があった。これが不必要なまでに欧風化を実現させた理由である。ただ、鎖国中も長崎・出島を窓口に海外の情報を入手しており、これが開国促進の原動力になった。
明治維新が、「世界の構図を変えた」と中国で評価する裏には、日本が一気に欧風化を実現し、教育・法律・政治・経済など従来の「アジア」の停滞的なイメージを塗り替えたことにあると思う。浮世絵が、欧州の印象派に大きな影響を与えて、「島国日本」が一躍芸術面で脚光を浴びるという華々しい登場も「日本評価」に結びついたのであろう。
(2)「国際的にみて東アジアの今の立ち位置があるのは明治維新があったからだという。世界の構図の中心が欧州だけでなく、米国とアジアの日本が含まれるようになり、これは大きな変化だったとしている。また、日本は明治維新での富国強兵政策により、20世紀に入って『突如として世界の強国になった』と言えると別の専門家は論じた」
日本は開国以来、安全保障に最大の関心を持ってきた。清国・ロシアという大国が控えており、朝鮮半島がその勢力分野に入っていた。日本は、この朝鮮半島を緩衝地帯にして安全保障を図る基本方針であった。19世紀後半は、帝国主議の最盛期である。領土拡張のためには、他国を侵略することは日常茶飯事であった。その中で、日本の安全をいかに守るか。為政者にとっては日夜、頭を痛めた問題であったはずだ。
日本にとっては、軍備増強は不可欠であった。それは、弱肉強食という帝国主義の中に組み込まれた日本の悲劇でもある。ここで注意していただきたいのは、最近中国が「軍拡は国家発展に必要」というテーゼを打ち出していることだ。その例として、日本、米国を上げている。日本は軍拡をやり過ぎて自滅した悪例である。中国も、世界に同盟国を持たない点では過去の日本と同じ境遇である。
中国が、明治維新を高く評価する裏に、軍備拡張によって「強国」になったという表面だけを見ている。中国は日本の悪例を学んではならない。仮に、日本が「強国」になったとしても、軍備のバックアップがあったからではない。明治維新で、あらゆる改革を行なう制度的イノベーションに取り組んだことだ。現在の中国は、このイノベーションを怠り、専制主義による共産党員の利益増進を第一にしている。これは、近代化への逆行であり、衰退への道だ。
(3)「もっとも、明治維新には負の側面があるのも事実だ。記事は専門家たちの間で、この点も研究されるようになってきたと紹介。とりわけ、明治維新により日本が自衛のためではなく『必然性がないのに進んで戦争を始めた』ことは、アジアのみならず世界を震撼させているという。これは関係国だけでなく、国際関係や社会秩序にも負の遺産となったと専門家の1人は主張している」
中国は、自衛を理由に軍拡を進める意思を示している。南シナ海の窃取が、自衛とは真逆であって、これは「侵略」と呼ばれるもの。中国の振る舞いは、領土拡張が目的である帝国主義の再来である。





